魔女が為の魔女裁判

松神

変わらぬ結末

第1話 魔女の証明

「こんにちは。こちらに勝呂斗真警部補がいらっしゃると聞いて伺ったのですが」 


 すぐそばに立ち恭しく会釈をする女を目にして勝呂斗真すぐろ とうまはたじろいだ。黒い髪と白い肌……そして闇より深く黒い、光を反射しない黒々としたその目は日本人離れした容姿でありながら日本における大和撫子を連想させる。カラスを肩に乗せ黒い衣服を身にまとう彼女は死を運ぶ死神と言われてもその言葉を疑うことは無いだろう。


「あっ……ええと、私がその勝呂です。聞いているとは思いますが件の事件の担当を務めております。それで、貴女が例の……?」


 多少言葉を濁しながら勝呂はその大きな体を縮こまらせながらおずおずとその異様な雰囲気の女に話しかける。彼としては今日この場に現れる女性こそが彼にとって救いの女神になるはずであったのだが、どうにもそれがそんな風体の相手なのでどうも尻込みをしてしまっていた。


 そんな彼に女性は一瞥くれると、勝呂の方へ向くように大袈裟に身体を動かす。同時に揺れる髪と服がしゃなりと音を立てるようで、勝呂は思わずそれに目を奪われた。


「ええ、私が”魔女裁まじょさい”としてここに呼ばれた魔女の真島唱子まじま しょうこです。今日はどうぞよろしくお願いしますね、勝呂警部補」


 にこりとも笑わない女の代わりと言わんばかりに、彼女の肩にとまっていたカラスが「かっかっか」と鳴き声を上げた。



―――――――――――――――――――――――


 通報があったのは勝呂斗真と真島唱子の二人が出会ってから約3日と4時間前、15時程の頃のことだった。被害者は鈴木十四郎氏、高級住宅街の一軒家に住む偏屈な資産家で、多くの人に金を貸したり回収したりするのを趣味にしていたらしい。

 取り調べの時彼の知り合いは彼のことを必ず良く言うが、彼の長所を言い終えた後必ず口を揃えて「でも彼はきっと多くの人に恨まれていたでしょうね」と言っていたのを勝呂は苦い顔で聞いていたのを覚えている。

 事件当日の鈴木邸には来客が多かったこともありその中から動機で容疑者を絞るのは非常に難しく、アリバイや死亡推定時刻から容疑者を絞ることも、事件現場の状態がそれを困難にしていた。

 第一発見者は彼の妻で、現場は彼の書斎。彼の妻が夫の返事の無いのを不審に思い鍵穴を覗いた時に大量の血とうつぶせで机に倒れる被害者の姿が見えたため通報。死因は胸の刺し傷による出血死で、死亡推定時刻は正午付近。

 事件現場は扉も窓も鍵がかかっている状態、そして扉を外側から開けるために必要な鍵は被害者の手元に置いてある……有体に言えば密室状態となっていて、通報を受け駆けつけた巡査長が許可を取り扉を蹴破って入った。

 

 資産家が被害者ということもあって警察は事件解決を急いだのだが、担当である勝呂もその上司も完全に手掛かりが無いお手上げ状態となったことで上からのお叱りと同時にが行使される運びとなった。


 それこそが真島 唱子……”魔女裁”の招集だった。


 魔女裁とは、全世界の魔女を取りまとめる”世界魔女協会”の法執行機関に所属する魔女のことで、これらの魔女は特別に魔法に関する犯罪を行った魔女を規定に従って裁く権限を持っているのだ。

 それらに協力を仰ぐということは、それ即ち警察の解決できない事件を魔法の力で解決してもらうか……事件自体が魔法の関係するものだと認めるということだ。


「なるほど、事情は聞いてはいましたが……思ったより単純そうで良かったです」


 鈴木邸の駐車場に停めた車から静かに降りながら、今日は早く帰れそうですねなどと続ける魔女のセリフに勝呂はやれやれ、といった表情で報告を続けた。


「そうは言いますがね”魔女裁”様。事件はシンプルで手掛かりが少ない程解決は困難を極めるものなのです。だから私の上司も私に全て丸投げして貴女への報告役に徹しろとだけ言ってきたんですよ」


 彼らは被害者の気持ちなんて少しも考えていない、と勝呂は毒吐く。事件が解決できなかったら上層部は自分と魔女にその責任を擦り付ける算段であることが明け透けだ。しかしそれを勝呂はわざわざ魔女に皆まで伝えることはしなかった。それを伝えたらきっとこの奇怪な魔女と勝呂の認識は互いに『一蓮托生』になるのだ、勝呂としてはそれはあまり気持ちの良いことではなかった。何より不甲斐ない自分たちの責を自分より更に一回り程下の年齢に見える彼女に背負わせる気はしなかった。


「ええ、理解しています。けれど貴方こそ理解していますか? 私は魔女なんですよ。もう既にこの事件の謎なんて解かれたも同然なんです」


 説明を聞きながら長い廊下を歩き終え、現場の扉の前まで辿り着いたところで魔女はそのようなセリフを発する。今度は疑わし気な目で勝呂は魔女の方を見る。

 魔女はそれを見てニヤリと笑い、どこか得意げに手をドアノブへと伸ばす。


「貴方には分からないかもしれませんがドアノブ……いえ、正確にはドアノブの鍵穴周辺に魔法の使われた痕跡が視えるんですよ」

 

「魔法の痕跡……?いえ、決して疑っているわけではありませんが」


 いくら魔女がいることを知識として知っていて、魔法の存在もTVで見聞きしたとはいえ、やはりそれは勝呂にとって現実のものとは違う。いきなり魔法がどうたらと言われておいそれと「そうですか」とはならなかった。


「……やれやれ、一応これも仕事の内なのでこれはとして材料費は請求しますが」


 そう言いながら彼女が取り出したのは銀色に輝く小さな棒状の何か。彼女が持っている部分には平べったい円形の持ち手のようなものがあり、そこには小さな赤い宝石がはめ込んであるのが見える。


「これは所謂魔法の鍵というやつです。ですが、本来の鍵とは違ってこの鍵に凹凸はありませんね? 凹凸がない故にこの鍵はあらゆる鍵穴に対応することが……」


 実演販売のキャストのように滑らかに喋る彼女を見て勝呂はああ、この人は自分の得意分野だと結構話せるタイプの人なんだな、と思った。会ってから一時間足らずにも関わらず勝呂がそう思ったのは最初に彼女に抱いた印象が大和撫子……ということもあってあまり喋るのが似合わないという偏見もあってのことだが、その感想は概ね間違っていないことを勝呂はこの後の1,2分で思い知ることになった。


「……というわけでこの鍵は魔力を持つ者、現状確認されているのはやはり魔女だけなのですが、その魔女が使ったときだけただの棒でありながらどんな鍵穴にも対応し変化する魔法の鍵という性質を持つんです」


 魔女はその鍵について10分ほどの説明を早口で行った後、うんざりした表情の勝呂を無視して意気揚々とその鍵をドアノブの鍵の差込口から差し込む。すると、ガチャリという音と共に扉の開閉を邪魔するためのが引っ込む。


「お、おお……こりゃあ凄いですね」


 鍵の説明を聞き流し思考を止めていた勝呂の頭は、それを見てまたすぐに動き出した。


「約200年前のロンドンで活躍した魔女の傑作魔道具です。当然ですね!」


 勝呂の反応に気を良くしたのか、若干テンションが上がった状態で魔女は何度も鍵を差したり回したりを繰り返し、その度につっかえが出たり入ったりするのを暫く二人で楽しく眺めた後、そしてすぐに彼女は無表情に戻り声のトーンを落として話を続けた。


「まあ、これ一回鍵に変形したらもう元の棒状には戻せないんですけどね……」


「……。そう、ですか……」


 なんとも言えない空気が流れ勝呂は察する。なるほど経費というのは魔道具がそういう消耗品だからこその発言か、と。だからと言って特殊な宝石をはめ込んだであろう魔道具の値段をおいそれと聞くのは怖くて出来なかった。そして、その経費の請求先がどこであるのかも。

 こんなことなら初めから信じておけば……いやそれはただの仮定だ、と勝呂は頭を振った。


「で、ですがまあ。これで事件の解決には近づいたということで良いんですよね?」


「ええ、魔道具を使った痕跡があるということは犯人は魔女、それはほぼ確定で良いと思います。ただ……」


 魔女は扉を開け室内へと入る。事件現場は3日も経てば死体の面影は無く……死体があった場所に貼られた輪郭を示すテープと、無暗に現場を荒らすことが無いようにと全体がビニールで覆われていること以外は事件の面影も消えかけていて、それらを剥がせばもう既にそこは事件現場と呼ばれることは無さそうなものだった。


「ただ一つ問題があるとすれば、時間が経過しすぎて魔法の痕跡もほとんど消えかけていることくらいですねぇ。せめて死体でも残っていれば調査も簡単なのですが」


 彼女は困り果てた、といった顔で頭を傾け頬に掌を当て、勝呂は申し訳なさそうに眉間に指を当て。

 カラスが「かっかっか」と笑うように鳴き声を上げた。

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