第24話 これは自分が決めたことだから…

 結城芽瑠ゆうき/めると会話した日の放課後。


 中村優斗なかむら/ゆうとはいつも通りの部室にいた。


 今、室内で対面しているのは、夏理南奈なつり/ななである。


 今日は、あのことを言わないといけない。

 だから、今ここですべてを曝け出すように、臆することなく伝える予定だ。


「なに、改まって」


 南奈は何かに感づいたのか、優斗の表情をジッと見つめてくる。


 彼女からじろじろと見られると気まずい。


 でも、言わないと何も始まらないのだ。


 たった一言を伝えるだけの事。


 しかし、その一言を口にするだけでも勇気がいる。


 それを言って、南奈はすんなりと了承してくれるのだろうか?


 そんな不安が脳裏をよぎって、少々奥手になっているところがあった。


 優斗は深呼吸をしたのち、言葉を切り出す。


 言うなら、いっその事、結論から入った方がいい。


 勇気を持とうと思う。


「俺、今日さ……」

「なに?」


 彼女は距離を詰めてくる。

 優斗は声を出しづらくなった。


「だからなんていうか、今日で……今日限りで、この部活を辞めることにしたから」


 優斗は最後まで声をすべて伝えるように、言い切ったのだ。

 結構、今も緊張していて、手が少々震えていた。

 どんな返事が返ってくるだろうか。


「……え? 辞める? どうして?」


 南奈からは驚きの反応があった。

 彼女は確認するかのように、何度も聞き返してくる。


 まさか、急にそんなことを言われるとは思ってもみなかったのだろう。


「……」


 けど、すぐには良いか悪いかの返答はない。


 ただ、無言の時間が、この空間を包み込むようだった。




「……それでいいの?」

「ああ。もう決めたことだから」

「へえぇ」


 南奈は溜息交じりの話し方をする。


「本気なんだね」


 彼女はジッと、優斗の方を睨んできた。


「じゃあ、秘密をバラされても問題ないってことよね? そういう覚悟があるってことよね?」

「そういうのはよくないと思うけど」

「でも、急に辞めるなんて」


 南奈もどうにかして、優斗を引き留めようと必死になっている。


 でも、優斗の心はすでに決まっているのだ。


 もうこの場所から逃れると。部活を辞めるという決心が揺るぐことはないだろう。


「辞めるってことは、あの女の元に行くってこと?」

「ごめん。でも、そういう風に、強引に引き留めるのはよくないと思うけど」

「けど……なんか、私の中で納得できないっていうか」


 南奈は悲しい顔をする。

 それほど本当に好きだという事なのだろう。


「どうせ、おっぱい目当てなんでしょ?」

「え? いや、そうじゃないから……」

「でも、そうじゃない。そう、顔に書いてるし」

「い、嫌、それは違う。誤解だ」


 優斗は咄嗟に緩んだ表情を整える。


 こんな時こそ、真面目に彼女と向き合わないといけない。


 南奈に対し、一度たりとも、変な場面を見せることは出来ないのだ。


 少しでも彼女の方が優勢になってしまったら後々困る。


「そう? でも、おっぱい好きそうな顔してるよね?」


 別れるという事になった途端。

 南奈の口が悪くなってきている。

 内心、やけくそになっているのかもしれない。


「それは……男だからしょうがないだろ」

「……」


 彼女からまた睨まれる。


「でも、あんたって……」


 南奈は何かボソッと呟き始める。


「だから私は、大きくしたかったのよ。あのおっぱいに負けそうだったから」


 彼女は胸元を抑えながら言う。


「なんか、何もできないまま終わるじゃない」

「でも、いつまでも、ずるずると関係性を続けるべきじゃないと思うから」

「でも、私はどうすればいいのよ」

「どうって、それはごめん……」

「ごめんだけで……長年、私が思ってきた時間が無駄になるじゃん」


 南奈からまた睨まれることになった。


「けど、俺は彼女のことは裏切れないし。でも、恋人じゃなかったとしても、普通の関係でなら大丈夫だから」

「そんなの、私が期待している事じゃないから」


 彼女は不服そうだった。


 でも、この方法しかない。

 多少は強引だったかもしれないけど、今の自分には、それしかできそうもなかった。


 優斗は南奈の存在を感じつつも背を向ける。

 本当は申し訳ないとは思っていた。

 でも、これが、自分が出した答えだったのだ。






「失礼します」

「入ってもいいわ」


 部室を後に、本校舎の三階の廊下側にいると、中から彼女の声が聞こえ、扉を開け、優斗は入る。


「というか、何か久しぶりな気がするけど」

「まあ、そうだな」


 優斗は室内に入るなり、その子と、そんなやり取りをする。


 今いるところは、生徒会室。

 退部届の処理を行うために、この場所に来たのだ。


「他の人は?」

「もう帰ったわ」


 その子というのは、山村詩織やまむら/しおりである。

 彼女はソファに座って自分の作業をしていたが、優斗が近づいてくるなり、資料を手短に片付けていたのだ。


「そうなの?」

「ええ。今日は会議もないから」

「そうか」

「まあ、一応、そこに座って、それからよ、話しは」


 優斗は彼女と向き合うようにソファに座った。


 テーブルを挟み、これから色々な手続きを行う。

 しっかりと辞める形跡を示すためだ。


「それで、本当に終わりでいいのね」

「迷いはないさ。ただ、入部するように強要されていただけだったし」


 優斗は溜息交じりの口調で話す。


「でも、そういえば、優斗が在籍しているオカルト部って、実際どんな部活だったの?」

「それは……言えないですけど」


 優斗はふと脳内に浮かぶものがあった。


 おっぱいを揉むとか、そんな話を持ち出したくなかったことで、それ以上深入りした話はしないことにしたのだ。


「まあ、私の方でも後で色々と調べておくわ」

「でも、あまり知らない方がいいと思うけど」

「私は生徒会役員なの、一応、後で確認するから。それで部長は?」

「夏理さんです」

「そう……まあ、わかったわ」


 詩織は何かを察したように頷き、無言のまま、とある用紙を見せてきた。


「これに書いて」


 テーブルに置かれたのは、退部届の用紙。


 優斗はボールペンを使って書き始めるのだった。




「これでいい?」

「確認するわね」


 詩織は書き終わった書類に目を通していた。


「まあ、いいわ。これくらいで。在籍していたのは数日だけね」

「そうだな。そこまで長い期間じゃないさ」

「だったら、これ以上書く事はないから」

「ありがと」

「別に、当たり前のことをしただけだから」


 彼女はつれない感じの口調で返答してきた。


「それで、今度の休みとかって時間ある? できれば、今週中の平日でもいいけど」

「それなんだけど、芽瑠とそのまま付き合うことになったから」

「……え?」

「正式に付き合うというか、だから、その件もあって、退部の手続きをしに来たわけでさ」

「……」


 刹那、詩織の様子がおかしくなった。


「ねえ、それ、私聞いてないんだけど」

「え? 言った方がよかったの?」

「……もういいから。手続きが終わったら、帰って」


 詩織から強気の口調で言われた。

 けど、優斗は彼女の心境が掴めず、首を傾げ、生徒会室を後にすることになったのだ。

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