第23話 これからのことを話したいんだ

 中村優斗なかむら/ゆうとは昨日のことを振り返っていた。


 今は翌日の昼休み。


 今日は誰もいない校舎の裏側にて、一人で昼食をとっている。


 色々なことがありすぎて、孤独になりたい。

 そういった思いがあって、誰とも会話することなく昼のひと時を過ごしていた。


 芽瑠から思いを告げられた日から環境が大きく変わったと思う。

 この前のことだが、物凄く懐かしく感じる。






 なぜ、重大な過去のことを忘れていたのだろうか?


 昔、田舎に行き、そこで芽瑠と南奈と関わっていたこと。

 その上、大きな事件に巻き込まれていたことに。


 やはり、あの屋敷で生じた出来事に強いショックを受けてしまい、それから記憶を失ってしまったかもしれない。


 母親も以前言っていたことだが、あまり深入りしない方がいいと。

 過去を振り返ると、心がグッと苦しくなるような気がする。


 知らない方が幸せな時だってあるのだろう。

 これ以上は考えない方が身の為かもしれない。


 昔の事なんて、考えるのはもう止そう。

 今が大事なのだと自分の中で結論付けたのだ。


 母親も過去を振り返ってほしくなかったからこそ、強い口調で忠告したのかもしれない。

 過去を考えたとして、何かが起きるわけじゃないのだ。


 自分にとって嫌なことを振り返るなんて絶対に悪手になる。


 気分を切り替え、次に考えるべきことがあった。

 それは、芽瑠の事だ。


 芽瑠には、部室で南奈のおっぱいを揉んでいるところを見られてしまった。


 どうにかして和解したいのだが、なかなか、芽瑠と関わる機会を取れずにいたのだ。




 芽瑠とはたまたま、そうなっているだけなのだろうか?


 それとも彼女の方から、わざと距離を置いているのだろうか?


 色々な憶測が自分の中で回っている。


「何とかしないと……」


 直接会話しようにも、芽瑠のことを考えると、心が震え始めてくる。


 あんな場面を見られたのだ。

 彼女だって、変態行為を直視し、どうしようもなかったのだろう。

 変な誤解を与えてしまったのは明白だった。


 直接会話するのもありだが、さすがに気まずくて足が進まないのだ。


 芽瑠がいる教室に向かうにしても、人がいる前で彼女と面と向き合って会話する勇気も出せないと思う。


 やっぱり、なんであんなことをしてしまったんだろうという思いが、一人になっている今も湧き上がってくる。


 後悔しても遅いけど、起きてしまったことを改善する方法はない。


 しかし、このままの関係性で学校生活を送るのも嫌だしな……。


 何とかして改善したい。

 方法があるとすれば、誰かに協力してもらう事だ。

 やはり、詩織に協力を仰いだ方がいいのかもしれない。


 一人でベンチに座って思考していると、ふと、誰かの気配を感じた。

 視線の別の方へと向けると、そこには見知った姿をした子がいたのだ。




「……結城さん」


 優斗の口から、小さく零れる。


「ごめんね。私、どこかに行くから」


 芽瑠は遠慮してなのか、空気を読んでの行動なのかは不明だったが、彼女は逃げるようにして、どこかに向かって行こうとする。


「ちょっと待って」


 優斗はベンチから立ち上がり、その場で彼女を引き留めようとする。


「な、なに?」

「ちょっと待って」

「でも……私」

「……俺、芽瑠には伝えたいことがあって」


 優斗は勢い任に彼女の下の名前を言った。


 けど、今が絶好のチャンスなのだ。

 緊張していたとしても、関係なく話を続ける方がいいに決まっている。


「少しだけでもいいから、少し話しておきたいことがあるんだ」

「でも、あの子と付き合ってるんだよね?」

「そうじゃないから」


 優斗はこの前の出来事を脳内再生して、小さく呟いた。


 あのことは思い出したくない。

 でも、彼女に誤解されたままだというのも苦しかった。


 優斗は彼女の腕を少し強引に引っ張ってしまう。


 彼女に逃げられたくなかったからだ。


「ごめん……こんな強引なやり方をしてしまって」

「……」


 芽瑠はどこか悲し気な顔を見せている。


「でも、芽瑠さんには伝えておきたいことがあって。だから、少しでもいいから聞いてほしいんだ」


 優斗の声に少しだけ、彼女は反応を返してくれる。

 緊張した表情を見せつつも視線を向けてくれた。




「この前のことはごめん。まずは言っておくから……それと、あれはわざとじゃないんだ。あれは部活の一環で」


 優斗は芽瑠の腕から手を離すと、色々なことを無差別に話しながら、最終的に大きく頭を下げた。


 迷うことのない態度に、芽瑠は目を丸くしていたのだ。


 そこまでして謝られるとは思っていなかったのだろう。


 芽瑠からの反応は……。


「……本当なの? あの子とは何もないの?」

「うん」

「触っていても?」

「……本当にあれは性癖的な言動じゃなくて。しょうがなくというか。部活だったから……」

「よくわからない部活してるんだね」

「俺自身もよくわからない感じの部活だからね。芽瑠さんも理解するのに苦労すると思うよ」


 優斗は苦笑いを浮かべていた。


「夏理とあんなことしておいて何もないって言い方も変だけど……あれは本当に部活の一環で、しょうがなく。でも、本当は芽瑠の事の方がいいから」

「⁉」


 直接、優斗の口から言われたことで、芽瑠も驚いていた。


「優斗君の方から、そういうことを言われると、何か恥ずかしいというか……」


 芽瑠は気まずそうに視線を逸らす。

 少々頬を紅潮させていた。


「本当に、優斗君は私のことが好きなの?」

「うん。やっぱり、一緒にいて楽しいし」


 おっぱいがデカいというのもあるが、やはり、付き合うなら対等な関係の方がいい。


 脅し染みた発言をする子よりも断然いいのだ。




「うん……わかったわ。優斗君の考えは大体わかったわ……けど、優斗君が所属している部活は理解しがたいわね」


 芽瑠は一応、許してくれたようだ。

 しかしながら、おっぱいを揉むという意味不明な部活については、やはり、理解するのが困難らしい。

 それは当然だと思う。


「優斗君。これからも付き合うなら、あの部活を辞めてよね」

「うん、そのつもり。さすがに、あの部活に居続けるのは、色々とね」


 南奈から何かされることになっても、しょうがない。

 いつまでも彼女の言いなりになっては意味がないからだ。


 優斗は真剣に、芽瑠との今後のことを考えようと思う。


「これからは絶対に、裏切るようなことはしないから」


 優斗は堂々と言った。

 これは彼女との約束であり、絶対に守っていく予定だ。


「えっとさ、今日の放課後とかって時間ある?」


 今まで散々迷惑や誤解を与えてきたのだ。

 今日は、彼女と恋人らしいことをしたい。


「うん。あるよ」

「だったら、あそこに行かない?」


 優斗は自分から話題を振り始めるのだった。

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