第40話 悪役令嬢の誇り

「…待って!」

生かしておいてはダメな人間だと思う

…けど、それは正解じゃない


「美遊様!…美遊様の世界の倫理観では許されないことかもしれません!

 ですがどうか、どうかこいつは…こいつだけは……殺らせてください!」

「…ダメだよ!」

「そ、そうだ!

 俺のような薄汚い奴の血で、折角生まれ変わった手を赤く染めずとも…」


「…こいつはすでに、転生術を再び自分にかけている!」


「…………あ?」

言い当てられた事が意外だったのか、ナースは怒気を含んだ声を上げてしまう


「な…!そ、そんな…!

 こいつは生き残りたいと必死で懇願して…!」

「それも本音だよ。だって次、上手く転生できるかどうかわからないもんね」

命の危機を感じる前に、一発で死ぬ可能性は充分にある


「…ナース、『転生術をまた自分に使っていますの?』」

「あ、ああ、そうだ…『使っている』」

やっぱり…!


「で、では、先ほどの大魔法で殺さなかったのは

 倫理観とか、話を聞くためではなく…」

「死に逃げを防ぐためだよ」

RPGの主人公のように、何度でも復活されたらたまらん


「く…くそっ!くそっ!

 なぜだ…!なぜ見抜かれる!」

そうやって、今まであらゆる手を使って、罪から逃れてきたのだろう

けれど…


「言ったでしょ…『絶対に逃がさない』って」

「あ、あああああ……」

絶望の顔を見せるナース

よし、これでもう手札は尽き…

…いや、でもまだ何か隠している可能性はあるな…

転生術を応用してドラゴンを召喚するなんて、予想もしてなかったし…

それを知ってたら、もう少し楽に攻略する方法を考えれたかも

…だったら…


「あたしたちに隠してる事はもう無い?」

「『わたくしたちに隠してる事はもう無いですの?』」

「な、ない…もう、すべて……」

「ああ、なるほど…はじめから、こう聞いておけばよかったんですのね」

「あたしも今気づいた…」

催眠魔法は一度かけてしまえば万能…に見えるが

まだ命令の仕方には工夫の余地があるな…

いやまあ…そもそも、こんな極悪人以外には

あまり使って欲しくないスキルだけど


「けど…ならどうしましょう

 現世の我が家には牢は無いし…幽閉する場所などありませんわ…」

前世にはあったのか…

向こうのお城なら、そういうの一つや二つありそうだけど


「麗ちゃん、催眠魔法あるでしょ?」

「?」

「いや、不思議だったんだよね

 麗ちゃんは催眠魔法を駆使して、九歳の身でありつつ

 強引にうちの学校に転校してきた」

突然、昔話を始めるわたしに、疑問を感じる麗ちゃん


「でも、あたしが一旦指輪外したから、催眠魔法は解けてるはずなんだよね」

「はい」

「…手続きをした誰でもいいけど、何で正気に戻った後に

 『手違いでした』って言いに来なかったんだろう、って」

「催眠魔法は、かかった相手に命令して、一部の記憶を消すこともできるのですわ

 わたくしに会って手続きをした記憶だけ、消させてもら…い……」

途中まで喋ったところで、あたしが何でこの話題をしたか、麗ちゃんも気づいた


「…ああ!そ、そういう事ですの?!」

そう、つまり


「前世の記憶、全部消してしまおう

 それこそがナースに、真の死を与えられる方法だよ」

一番大事な部分…前世の記憶を消されてしまえば、それはもう転生術じゃない


「そ…そんな……!や、やめ…やめろ!やめろぉ!!」

最後のセーフティが解除され、顔面蒼白で悲鳴を上げるナース


「俺が積み重ねてきたものを…全部消すなど…!」

奪うための努力、支配するための努力

こいつが積み重ねたと主張するもの


「あなたのは、積み重ねてきたものなんかじゃないですわ…!

 全部、わたくしたちから奪ったもの…!」

人から奪えば、積み重ねは10倍、20倍と大きくなるだろう

けれどそれは、多くの恨みを買う事となる


「い、いやだ…!俺はもっと強くなるんだ…!

 あらゆるものを支配する存在に…!」

誰かの恨みに焼かれようとも

それでも、もう奪うという考えを捨てることができない

その悪に染まった魂を…今、消し去る


「『前世の記憶と、前世を思い出してからの記憶、全て忘れなさい』」


「いやだあああああああああああああああああああああああああ!」

悪の宮廷魔導士が、断末魔の叫びをあげた








しばらく待ってみるが、ナースは全く動かない

…成功したなら、もう記憶は残ってないはずだが…


「……『前世の事を何でもいいから話しなさい』」

「…前世って、何のお話?」

「よし!」

完全に覚えてない!

嘘をついてる可能性は…シャドウを憑りつかせてる以上、無いだろう


「…大丈夫かしら…また悪人に育つかも…?」

「大丈夫だよ。前世の記憶がよみがえる前の尊士くんは

 会長の想いのいい子だったらしいから」

イケメンがショタコンになるくらい


「ユグドラシル世界で、ナースを劇的に変える何かが、あったんだと思う

 …ま、同情の余地なんてゼロだけどね」

流石にやってることが悪すぎる


「麗ちゃん……お疲れ様」

あたしは麗ちゃんの頭を撫でる

復讐に生きた人生が、今、ようやく報われたのだ


「わたくしは、ずっと後悔していましたわ…

 もっと正しいやり方で、父の仇を討てたのではないかと」

「…でも、麗ちゃんが努力したからこそ

 これからこの悪に苦しめられる人間はいなくなった」

彼女には失敗もあった、間違いもあった

けど、今、この瞬間は誇っていいと…あたしはそう思う

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