21 「なんで、私なんて、待ってたかな」
ベルフェはどうやら帰る気がなさそうなので、ついでに状況を聞かせてもらおう。処刑の話も気になるが……。
「レナルドも大人しくしてる?」
「見た目上はとても大人しくしているし、冷静だ」
何だその答え方は。言ってきたのに勘弁してよと思いつつ、シェノンは「つまり?」と詳細の説明を要求する。
「ああ、何か約束したのかもしれないが、それはきっと守られているよ。問題行動をしたとかではなく──シェノンが投獄された日、夜帰ってきて自分の部屋で一言だけ吠えていただけだ」
「なんて?」
「『俺は何一つ守れない』って」
「いや今回邪竜を倒したのはレナルドだし、どれだけの竜をさばいたと思ってるの。少なくとも竜による怪我人は直接討伐に出てた魔術師くらいでしょ。……魔犬と魔狼については私も察知出来なかったから悪かったけど……」
「違う」
柔らかく、言葉を遮られた。
「シェノンのことだ」
「私?」
「大怪我をし、投獄された。シェノンのことを何一つ、守れなかったと思っているんだ」
そういえば、怪我をしたことをとても責められた。同時に心配された。レナルドは、シェノンが死ぬのではないかと本気で焦っていたようだった。
血がついたままの衣服を見下ろし、シェノンはぽつりと思う。
こんな罪人を。
「…………こんな、
思った言葉は、そのまま口に出ていた。
「冤罪なんだから、罪人ではないだろう」
ベルフェが憤った口調で言ったので、シェノンははっとして「そうだね」とだけ言った。
「魔王の心臓はちゃんとあったの?」
「あったとも。本物だとレナルドが言っていた」
レナルドの感覚で本物だと言うのならそうなのだろう。
「そう。で、処刑ってどういう経緯で話が出てるわけ?」
ようやく処刑について言及すると、ベルフェにため息をつかれた。
「何のため息?」
「自分の生死に関わる話を最初に聞いてくれないか?」
そういうことであるらしい。そんなことを言われても仕方ないので、無言で回答を要求すれば、ベルフェは少し言いにくそうにする。
「……魔王の心臓が呪物と言うのなら、『魔王の魔術師』もそうだろうと言われている。排除できるものは排除するべきで、怪しいのならこれを機に殺してしまえと」
「まったく、契約の意味がないよね。怪しい云々を争わないために魔術契約してるっていうのに」
シェノンは深くため息をついた。いつかそうなってもおかしくはないと思っていたし、主張自体は聖教会やここでも一部され続けていたことだ。
「……出ていくか、大人しく殺されるか、か」
神官が何人がかりでやっていたなら別だっただろうが、枷も、魔術封じも、鉄格子も壊せる。逃げられる。
レナルドの件で冗談半分に言っていた国外逃亡が最悪の形で現実味を帯びてくるとは。
「どちらにもならない。レナルドがさせないだろう。もちろん正攻法でね」
「正攻法だとしても、私のためになんてレナルドにさせないで」
「させるさせないじゃない。するよ。あの子にとって、シェノンは何物にも代えがたいものだから」
ベルフェの迷いない断言に、シェノンは一呼吸だけ、息がし難くなった。
なぜ。どうして。
そんなことを、また思う。何度も思う。レナルドと八年の時を経て再会してからずっとだ。
「なぜ、どうして。そんなことを思っているんだろう」
心の内を読まれたようで、シェノンは驚く。
対してベルフェは苦笑を滲ませた。
「私にとって、シェノンは得難い友人だ。過去に私を魔物から救ってくれた恩人にして、周囲が何と言おうと誰より心優しく、信用できる、気のおけない友人だ」
「……褒めても何も出ないよ」
「単なる事実だからね」
ベルフェはけろりと言う。
「そして、レナルドにとってシェノンは光のようなものなのかもしれない」
「光? 魔王の祝福の受け手に冗談よして」
光と言うなら、聖王の祝福の受け手であるレナルドこそ世の中に光扱いされているだろう。
けれど、ベルフェは微笑んで首を横に振る。
「あの子はね、シェノンと出会ってから伸び伸びと生きるようになったんだよ」
「嘘つかないでよ。私の前の家庭教師を辞職させるくらい生意気してたんでしょ」
そうだね、とベルフェは昔を懐かしむ目付きになった。
「生意気ではあったけどね、あの子は自分の将来に前向きではなかった。私たち親も親でレナルドを学院に任せられない理由もあったけれど、レナルドもレナルドで外に出たがらなかった。知らない人間に関わることを厭っていた。決して人見知りだったわけではない」
ただ、生まれたときから聖王の祝福の受け手として誰もがレナルドにそう接した。
聖王の祝福という、自分についている証を見て喋る人間を、レナルドが幼いながらに気味悪がり、嫌気が差すのにそう時間はかからなかったという。
「レナルドは自分の聖王の祝福に言及する人を嫌っていた。面倒でもあったんだろうけど」
「それなら私だって触れた」
「シェノンの言及は特殊だったんじゃないか? 実際家庭教師を頼んだものの、親としても子どもが望まないならシェノンにも謝って家庭教師はなかったことにしようとしていたけど、知らなかっただろう?」
「ええ、だって結局六年家庭教師してたし、終わりも私の眠る時期が近づいてきたからと、レナルドもそろそろ外と関わるべきだったからだったよね?」
「うん。レナルドが言ったから。聞くまでもなく、初日にね『あの人ならいい』だって。ソフィーととても喜んだから覚えている」
あの人なら、なんて生意気な子どもだったレナルドらしい言い方だ。
「……だからって、光、なんて」
三日前の竜襲撃時のことを思い出した。
聖剣を手に、聖王の力を帯びたレナルドの姿は清廉で、光そのものだった。
彼を聖者と称え、四百年前の再現だと賛美する声を聞いた。
シェノンは自分からレナルドに手を伸ばすこと、近づくことが躊躇われた。
「……私は、いずれ私が眠る期間が来て、レナルドとの関わりが切れるタイミングが来ることは分かってた。その間に、レナルドが色んなことを見聞きして、多くの他人と関わって、私との関わりがなくても良くて、避けるべきものだと感じて、疎遠になれればと思ってた」
ベルフェはベルフェ、レナルドはレナルドで関係作りは別だ。
「残念ながらこの八年、レナルドはシェノン一筋だ。あの子は、ずっと君を待っていたよ。ずっと。五年目に、起きるだろうと思われていた時期に君が起きなかったときは、見ていられなかったけれど。だからこそなおさら、今になって失うなんてことは考えられないだろう」
待っていたと言い、思いもよらなかった思いを言葉と態度で示し続ける男の父親が、そう言う。
シェノンは心臓を締め付けられたような苦しみを覚え、震える息を吐いた。
──よりにもよって、こんな存在を。
「……なんで、私を気に入っちゃったかなぁ」
呟きが溢れた。
「なんで、私なんて、待ってたかな」
眠りに落ちる魔術について、何も話していなかった。何も言われていなかったことに怒っていたくせに、それならさっさと忘れて他人と関わればいいだろう。
「私は、今回起きて、レナルドがレインズ家以外の人間と喋ってるところをたくさん見たけど、安心っていうかなんか嬉しいんだよね」
シェノンは、レインズ家にいるレナルドか、自分といるときのレナルドしか知らなかったから。
「──なんで、レナルドは私なんかを好きになっちゃったかな」
自分が眠っていた八年のレナルドのことを聞く度、現在のレナルドを知る度に思う。
ベルフェは、ぽつりぽつりとシェノンから溢れる呟きを黙って聞いていた。
「私は、八年いなかったのに。何年待っても起きない人を勝手に待って、見ていられない様子になるくらいなら──私じゃなかったら、心に隙間が出来たとき埋めるように抱き締めてくれたりするでしょうに。レナルドのことを好きになったかもしれないでしょうに……レナルドが誰かに危害を加えさせるような真似なんてしなくて済んだでしょうに。彼の人生に陰をもたらすような存在を、よりにもよって」
よりにもよって、自分のような存在にあれほどの感情を向けるなんて。
シェノンの口元に浮かんだのは苦笑だったが、同時にそう口にすることが苦しかった。
「私がレナルドに、望むものを返す日は来ない」
断言に、ずっと静かに耳を傾けていたベルフェは「そうか」と言った。
「ただ生半可なやり方じゃあうちの息子は振れないと思うぞ」
「方法はいくつか考えてる。最終手段もある」
「国外逃亡は私も会えなくなるから嫌だよ」
「それは本当の最終手段ね」
「ああ、そうならない最終手段があるのか。じゃあいいか」
「息子が振られるっていうのに薄情な親だこと」
あれだけレナルドの行動を静観して味方をしていたくせに。シェノンが白い目を向けると、ベルフェは穏やかに微笑む。
「友人がそれだけ息子のことを考えてくれているんだから、私にはもう悔いはない。あとはレナルドとシェノンの話だ」
そんなことを言って、ベルフェは牢を去っていった。
レナルドは、自分といるべきではない。好きになるべきではない。
今までレナルドが聞く耳をもたないとずるずると来てしまったが、ここでけじめをつけよう。
そう決めると、暇な時間に何だか昔のことを思い出すので不思議なものだ。
そもそもシェノンがレナルドの家庭教師を頼まれたのは、当時目覚めたばかりのときだった。
それより前に起きていたときにすでにレナルドは誕生していたが、避けていた。子どもの性質ゆえに避けていた部分もある。
けれど再会したベルフェに懇願され、半ば強引に連れていかれたのだ。
レインズ家にて出会った友人の息子は、聖王の祝福の力を抜きにしても天才だった。
歴史や語学、計算などの紙に記載してある一般知識はするすると吸収し、本を読ませておけばいいような状態だったので、魔術関連のことばかり教えていた気がする。
魔術の知識の第一線に立っているのがシェノンのようなものだったから。
出会ったとき、どう自己紹介したのだったか。
随分警戒した目をされていた気がするが、それ以外はろくに覚えていない。いつの間にか警戒は解け、そこにはただくそ生意気な子どもがいたのだ。
そう、出会ったときから生意気で、しかし嫌悪も軽蔑も向けてきたことなんてなく、思えばいつも真っ直ぐだった。
いつしか遠慮のない悪友のようにでも、他愛もないことを話し、笑い、過ごした。
時に反発されたり、魔術勝負で賭けをして家庭教師後半には稀に負けると、町に遊びに連れ出され遊んだ。
嫌いではなかった。嫌いになるはずなんてないのだ。
だから、知られるのが、嫌だ。
「……いっそ、処刑されて、消えてしまった方がましかもね」
シェノンの掠れた声は、誰に聞かれることもなく消えていった。
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一週間更新ストップ。再開は10/14です。
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