第5話 母さんだけでも


ダンは頭の中がごちゃごちゃになりながらも自転車で急いで病院に向かった。自分がどれくらいの速度で走っているのか忘れるほどに無我夢中でペダルを漕ぎ続けた。

「せめて母さんだけでも無事でいてくれ…」

整理しきれていないダンの頭の中で唯一はっきりとしていたのはその想いだけであった。

病院付近に着くと周りは必死に消火活動をしている消防士と火事を見に来た野次馬で溢れていた。野次馬をかき分けながら母を助けに燃えさかる病院内へ行こうとするダンだったが、当然のごとく消防士の1人にがっしりと止められ、下がるようにときつく怒鳴られてしまった。事情を言いたかったダンであったがここは気持ちを堪え、母が無事であることを祈るしかなかった。

そんな時だった…消防士が1人の女性を抱えて炎の中から出てきたのだ。

「母さん…!」

その女性はダンの母であった。気を失っているが命に別状はなさそうだ。

「ありがとうございます!僕の母なんです!この人…あなたは命の恩人です!なんとお礼を言ったらいいのやら」

涙ながらにその消防士に駆け寄って礼を言うダン。

「あ、ああ…」

しかしその消防士の対応はそっけなく、どこか陰鬱な様子であった。

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