この教室にはアンドロイドが1人います

@MezameNew

はじまりとおわり

 僕の教室には1人アンドロイドの女の子がいる。

 機種名はMIRAI(ミライ)で、一応この小学校では「サキ」と呼ばれている。

 未来だから先、安直だけど、それを決めたのは担任教師の飯田で、僕らじゃない。

 小学校5年ともなれば、僕らも分別のつく年頃だ。

 だから彼女が僕の目の前でいじめられているのは当然だった。

 なにせ分別のつく年頃だ。アンドロイドなんて人間以外の異物が教室の中にいれば、注目を浴びないわけがなく、まして人権がないとなれば暴力的な行為を助長しても仕方がない。

 高性能なサキはいつも苦しげで悲しい顔を見せて泣いている。

 その高性能さが仇となり、クラスメイトたちはより激しく彼女をいじめるようになっていく。

 獣性とでも言うのだろうか。

 去年までは子供らしく無邪気だったクラスメイトたちは今や悪意をむき出しにして嬉々としてサキを追い回している。

 僕はそれを傍観するだけだ。

 なにせ分別がつく。

 サキは所詮アンドロイドで人間ではないし、それにこの「いじめ」という行為は小学生にとって避けようのない儀式だ。

 少しでも注意しようものなら、その矛先が僕に向かう可能性は高い。

 だから僕は何も言わずにそっと教室を後にする。

 廊下の窓から見える夕焼けは僕を罰するように赤く燃えている。

 それともサキの怒りの色だろうか。

 でも、それは間違っているのだった。


 ▼▽▼


「これはアンドロイドだ。役割は『いじめの代替』だ。お前たちにも分かるように簡単に言うなら『いじめから守るための道具』だな。この教室でいじめが起きたら大変だろう? だから、政府は今年から5年生以上の教室に1台アンドロイドを支給するようになったんだ。最初は慣れないだろうが、なあにすぐに慣れるさ。好きに扱っていいが壊すのだけはやめろよ? 修理費用は学校持ちだからな。それに先生の責任にもなる。ほどほどに乱暴に扱ってくれ。去年の5年生はいじめがひどかったからな……今年はいじめが起きないことを願うよ。ああ、そうそう。これの名前はサキだ。機種名がMIRAIだから……安直だって? 覚えやすいだろう。さ、ホームルームはこれで終わりだ」


 ▼▽▼


 教師という絶対的な権力者が言うには、サキは道具であり、いじめの代わりという尊い役割があり、壊さない限りは何をしてもいいのだった。

 教師の言うことには従うべし。

 ある意味、親よりも厄介で懲罰的な存在だ。

 僕らはしかたがなく、そう仕方がなくサキをいじめるのだった。

 悪趣味なことだな、とは思う。

 けれど、去年の5年生は本当にひどいクラスだったらしい。

 いじめにあった女の子はすぐに学校に来なくなったが、その子の家までいじめっ子グループは押しかけて勝手に家に上がり込んで、親が共働きで不在がちなのをいい事にやりたい放題したらしい。

 担任の飯田が言うには女の子は転校したらしいが、僕らの中では「ジサツ」っていう噂が巡っている。

 それが事実かはわからないし、興味もない。

 去年のクラスのことだし、今年はサキもいることだし。

 サキは本当に高性能なアンドロイドだった。

 クラスの女子の誰よりも可愛い見た目で、話し声もアニメのキャラクターみたいに透き通って心地良い声だった。

 勉強も運動も、絵だって歌声だって、なんでもできる。

 完全完璧。それがサキにふさわしい言葉。

 でもそれって彼女がアンドロイドだから持ってる才能……っていうか機能で。

 僕らはサキを見るとすごく劣等感を刺激された。

 僕らは不完全でボロボロで未熟。

 こんなに完璧な人間みたいなモノが側にいるなら、僕らってなんで生きてるの?

 みんながそう思っているかは分からないけど、僕はうっすらと感じていた。

 だから、今日もいじめられるサキを傍観して教室を後にする。


「たすけて……」


 そんな言葉が聞こえた気がする。

 でも、すぐに笑い声にかき消される。

 きっと空耳だ。

 くそっ、心がざわざわするじゃないか。

 ホント、よくできてるアンドロイドだよ。


 ▼▽▼


 帰宅してテレビのバラエティを見ながら夕飯を食べている時、僕は宿題のノートを学校に忘れたことを思い出した。

 最悪だ。

 飯田は宿題を忘れると1週間はネチネチと小言と嫌がらせをしてくる。

 授業中にわざと難しい問題を出してきて、指名してくる。

 何より明日は席替えの日だ。

 もしかしたら1番前の席に勝手に決められてしまうかもしれない。

 それじゃ、授業中にこっそり漫画を読んだりラクガキすることが出来ない。

 さすがに小説じゃあるまいし、夜中にこっそり家を抜け出すのは非現実的。

 明日はいつもより早く家を出て、教室で宿題をやってしまおう。

 そう決意すると僕はさっさと夕飯を食べ終え、風呂に入ったあとはベッドに飛び込んだのだった。


 ▼▽▼


 翌朝、朝ごはんもそこそこにダッシュで学校に向かう。

 さすがに教師たちは学校に来ていたが、この時間なら教室には誰もいないはず。

 ――いた。

 サキが1人で窓際に立ち、外を見ていた。

 窓の外には校庭が見えるはずだった。

 まだ誰もいない校庭を見て、何が面白いのか。

 教室の中でアンドロイドと2人きり。

 なんとなく怖くなって、僕は無言で自分の席に向かった。

 椅子を引いたとき、椅子の足が床をぎぃとこする音が響いた。

 サキは今更気がついたように振り返ってこちらを見る。

 まったく完璧だな。

 僕はそう思わずにはいられなかった。

 絵になるとでも言えばいいのか、ただ突っ立ってこちらを見ているだけなのに、まるで物語が始まるかのように劇的に見える。

 サキがアンドロイドじゃなければよかったのに。

 唐突な考えに、僕はとまどった。

 なんだそれ、きもちわる。

 サキはアンドロイドで道具じゃないか、それが……もしも……人間だったら?

 初めて沸き起こった謎の感情に、気恥ずかしさと恐怖を覚えて僕はサキから目を逸らして宿題のノートを机から取り出した。

 集中しろよ……!

 ならったばかりの「迷」という漢字をノートに何度も書いていく。

 迷迷迷迷迷迷迷迷……。

 書けば書くほど集中力が失われていく。

 なんだってんだ、サキが気がつくだろうが。

 なにを?


「今日は早いんだね」


 すぐそばで可憐な声が聞こえた。

 顔をあげると、すぐ近くにサキの顔があった。


「うわ」


 思わずのけぞってしまう。

 その拍子にバランスを崩して椅子が倒れそうになる。


「あぶ、ない!」


 サキがとっさに手をのばす。

 僕もとっさに手をのばす。

 僕はサキの、サキは僕の、手を掴んだ。

 椅子が倒れる音がする。

 僕はサキと手をつないでいた。

 サキがこちらを見る。

 サキの顔を正面から見るのは初めてだった。

 少し青みを帯びた目……まるで静かな湖のようにきれいだった。


「あの……!」


 僕はつばを飲み込む。

 何を言おうとした?

 サキに何を?

 相手はアンドロイド、ただの道具だって言うのに。

 サキはきょとんとした顔で僕の言葉の続きを待っている。

 なんて言えばいい?

 本当の気持ちを?

 本当の気持ちってなんだよ。

 とにかく何か言わないと!


「あ、ありがと」


 とっさにでた言葉はそれだけだった。

 すごく普通の言葉。

 ありきたりで、そこらへんに転がってる言葉。

 でも、


「どういたしまして」


 サキはすごく嬉しそうな顔で笑ってくれたんだ。


 ▼▽▼


 だからといって、僕とサキの関係が変わるわけでもない。

 サキはアンドロイドで道具なんだから。

 あの日の次の日、担任の飯田は怒っていた。

 なぜって?

 サキが壊れたからだ。

 いじめがエスカレートして、誰かがサキを窓から落としたのだ。

 自分たちがしたことが怖くなったいじめっ子たちは、サキをそのまま放置して家に帰ってしまった。

 だから、サキが発見されたのは次の日の朝、登校した飯田自身だった。

 飯田はいじめっ子たちを怒鳴っていた。

 どうやらサキの修理費用は飯田の給料から引かれるらしい。

 僕は飯田の声を聞きながらぼんやりと考えていた。

 サキは高性能だったから。

 きっと痛みもリアルだっただろう。

 それに悲しみも。


 ▼▽▼


 しばらくしてサキは修理されて戻ってきた。

 でも、もう誰もいじめようとはしなかった。

 飯田は満足そうだった。

「これこそがMIRAIの役割だからな。道徳の授業だよ」

 なるほど、僕らはサキの死を通していじめの不毛さ、不快感を知った。

 完全完璧なサキに対して、僕らのなんと未熟で不出来なことか。

 戻ってきたサキは見た目こそ同じだったが、中身は初期化されていた。

 僕の顔を見てもクラスメイトの1人としか認識してくれない。

 最初からそうだったんだけどね。

 あの日だけは……あの時だけはサキとつながった気がしたんだ。


 ▼▽▼


 大人になった今でもサキの事を思い出す。

 アンドロイドは更に発展して、人間の社会に溶け込んでいる。

 今じゃ家族の一員として迎えられているくらいだ。

 だけど僕は1人だった。

 誰とも付き合えず、もちろんアンドロイドを迎え入れることもない。

 僕は確かにサキを見捨てて、永遠に失ってしまったのだ。

 あの時感じたサキの魂は、二度と戻ってこない。

 僕はもっとサキとその先の未来を見たかった。

 でも、それは失われてしまった。

 僕の孤独な魂が燃え尽きる時、また彼女と出会えるのだろうか。

 馬鹿げた考えだ。

 そうして僕は心の虚無を見つめながら、彼女との思い出に耽るのだった。

 

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