16:宴
「誰だこいつを蚕の
かやちゃんが腕を前へ差し伸べる。顔を出してきた月に照らされる肌は仄かに金色に光っている。
地面に落とされた紺色の影がぞわぞわと蠢いて、逃げようとしているムカつくやつらに向かっていく。
「黒い毛虫だ」
「いやだ! 痛い! 悪かった!」
「あああたすけてたすけてたすげ」
悲鳴が心地いい。あれだけわたしを罵倒していたおじさんも、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃに濡らしながら命乞いの言葉を口にする。
助けてやるもんか。わたしを見下して馬鹿にしていじめてきたやつらのことなんて。
「あはははは」
かやちゃんが楽しそうに笑う。
くるくると両腕を広げて回ると、靡いた長い髪の毛が視界に入る。わたしの髪は、月の光に照らされているからか銀色に薄らと輝く生糸みたいにみえた。
「……金色の肌、鬼灯の眼、生糸の頭髪と月色をした蚕の翅。お前は……いや貴女様は」
「それ以上何か話せば、お前の口を縫い付けてやるぞ」
かやちゃん、そいつを殺してよ! そう思って怒るけど、かやちゃんは拝み屋の男を見つめて目を細めるだけだ。
「……やり合ってもいいが、無傷で済むとは思っていない。退くというのなら追いはしない」
拝み屋の男は、わたしを少しの間見つめていたけれど、すぐに深々と頭を下げ、地面に溶けるように消えた。
殺してよ! って思うけど体は動こうとしない。
かやちゃんはカイトの顔をよく見てないから、こんなやつ程度の顔でも絆されちゃうのかもしれない。ダメだよ。こいつはわたしたちの足を傷付けたんだから殺そう!
――さやちゃん、この体はもう私たちのものじゃないの。
そう聞こえて、隣を見たらさやちゃんがにっこり笑ってた。
――さやちゃんは、全部捧げたんだよ。
ちがう。そうだけど、そうじゃない。お願いはしたけど、こんなはずじゃなかった。
――先祖供養を終わらせて、カイトって人に会いに行くのがあなたの願い。おごさまは全部叶えてくれるよ。
おごさまは、かやちゃんでしょ? だってそういってたじゃん。
――私は
だからなに? かやちゃんは、わたしの味方なんでしょ? わたしにムカつくことをしたんだよ? あいつに身の程をわからせてあげなきゃ。
「愛しい繭の子、ゆっくりお休み。最後の
偉そうな口調。痛いオタクの女がよくこうやって話してたのを思い出す。わたしとかやちゃんの問題なんだから勝手に入ってこないでって思うけど、かやちゃんはへらへらと笑ってるだけだった。
――さやちゃんも願いが叶ったら一緒に一つになろうね。
そう言って、ぐちゃりという音を立てながら、かやちゃんはわたしの足下で赤黒い液体になって溶けた。
人殺し! ふざけんな! って叫んでもわたしの口は動かない。大暴れしたくても体が動かなくて「わたしが体をあげてもいいって思ったのはかやちゃんなのに」ってムカついて仕方ない。
「契約は契約だ。お前の願いは叶えてやる。先祖供養を終わらせ、カイトとやらに会いに行くとしよう」
わたしの言ってることも、気持ちも無視して、おごさまは偉そうにそういった。わたしをいじめてきたスクールカースト上位ぶってる田舎臭いビッチ共みたい。勝手に見下してきやがって。
それに契約なんてした覚えない! 犯罪者! 人殺し! クーリングオフさせろ。
「生殖のために子袋だけは残してあるが、それ以外の全てをお前は捧げたのだ」
は? ふざけんな! かやちゃんのために! わたしは!
「
カカカ……と首を反らしてわたしの体が笑う。わたしの意思に反して。
虫に身体中を食い散らかされ、絶命している人間の肉をわたしの体が勝手に掴んで、口に含んだ。
肉を噛めばじゅわりと甘い汁が口の中に広がって、それからムカつくやつがこんなことになっているうれしさが体を満たしていく……。
ムカついてるのに体が別のことをして、勝手にものを口から流されて、美味しいと思う気持ちにはあらがえない。おかしくなりそう。
「肉を喰らえば甘いと感じ、足を切られれば血ではなく穀物を流す。それはもう人では無いと思わないか?」
うるさいうるさいうるさい。ババアだかオタク女だか知らないけど知ったようなことを言いやがって!
関係ない。わたしは知らない。わたしはただハヤトさんに頼まれて腕を失ったから、ちゃんと自分のお願いをしただけだもん。ハヤトさんはわたしを騙すし、かやちゃんも勝手に消えちゃってお前みたいにムカつくやつが勝手に体を奪うし、最低。最低。わたしはなにもしてないのに1
「ふふふ……ははははは。
急に体が思い通りに動くようになるとは思わなくて、勢い良く両腕を振り回す。ぼろぼろだった実家の壁がごりっと抉れて、服の袖から出てきた小さな旋風が散らばっていた死体を空に打ち上げていく。
かろうじて人間の形を保っていたおじさんや、
今度は、わたしがわたしの意思で笑う。
腕を振るだけで、ブロック塀も人の家もウエハースみたいに崩れて、慌てて家から這いだしてきた人間を蟻みたいに踏み潰す。
体を半分だけ潰すと、命乞いが聞けて更に楽しい。
「化物! なにす……ごあ」
「が……たすけぎゅが」
わたしにいじわるしたあの子も、ビッチぶってた田舎臭いギャルたちもキモいくせにわたしに優しくするふりをしてぐちぐち陰口を言ってたオタク女共もみんなみんなわたしに気が付きもしない。ムカつく。ムカつく。ムカつく。
ああ、そうだ。わたしにひどいことをしたみんなに復讐をしてあげよう。
「
あいつが実家に住んでいること、インスタで見てたから知ってるんだ。子供も三人いて、しあわせなんだって。許せなくて「こいつ小学生の頃、増山って可哀想な子をいじめてただろ」ってコメントしてあげたら誹謗中傷だとか自演するなって怒って削除してた。
アレでわたしのインスタ垢は凍結されたんだけど、その復讐を今できる。
「……っひ」
警戒してるのか、玄関を少しだけ開いた
顔を歪めて小さく悲鳴をあげた
「おかーさんどーしたの?」
「来ちゃダメ」
背中を見せて逃げようとする
わたしが大きくなったからか、天井が低い。仕方なく腰を曲げながら家の中に入った。
「あははははははは」
わたしは床に転がっている
「ぷぇあ」
指先でガキの頭を摘まんでゆっくりと回すと、変な音を出してガキの首が転がった。
「ねえ
せっかく話しかけてあげているのに、
「無視すんなよ」
ムカついて、
頭の中でおごさまが楽しそうに笑ってる。また出てきたかやちゃんもわたしを応援してくれている。
やった方は覚えて無くて、やられた方は覚えているって本当なんだなってイライラしながら
「カイト」
田舎では多分カイト以外にこの車に乗ってる人なんていない!
やっと迎えに来てくれたんだね。少し遅いけど、でも大丈夫。
来てくれただけで、わたしの王子様として五兆点だから。
わたしは、ヘッドライトをつけたままの車に向かって走り出した。
「……さあやちゃん、久し振りだね」
赤みを帯びた薄い茶髪と、明るい褐色の瞳。スラッとしたシルエットの田舎には似つかわしくないスーツ。
車の運転席から出てきて微笑んでいるのは、ハヤトさんだった。
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