14:御児
「私たちがどういうものなのか、教えてあげる」
空を飛ぶと、髪の毛が風に靡いて気持ちがいい。
楽しく笑っていると、かやちゃんがそういって一人で話し始めた。
「増山家には、必ず双子が生まれる。斑紋が背中にある
「それが、わたしとかやちゃん?」
「お父さんも、おばあちゃんもそうだったんだよ」
かやちゃんは、何も知らないわたしに優しい声で教えてくれた。
「
かやちゃんの声が少しだけ低くなる。何かに対して、静かに怒ってるみたいな声。
ハヤトさんに似ていて、ちょっとだけ苦手かもしれない。でもかやちゃんはわたしを殴ったりしないから、あまり怖くはないけど。
「村のために勝手に殺され、捧げられて、両親以外には知られることなく死んでいく。そんなモノが私たちだった。おごさまがこの地を呪ったのだって、元々は欲深い村人達が悪いんだよ」
「かやちゃんは……おごさまではないの?」
難しい話で、ばかなわたしはよくわからない。お母さんが「かやなら頭もよかったし、あんたみたいに出来損ないじゃなかった」ってよく怒鳴ってたけど、それだけは本当なんだろうなって、こうしてかやちゃんと話してると思う。
「私はおごさまでもあるけど、その一部でしかないの」
「……? どういうこと?」
かやちゃんの姿は見えない。けど左目が少しだけ震えた気がした。
視界の半分は赤いままだけど、怖くない。さっきから空を飛んでいても、わたしたちを気にする人なんていないみたい。
そもそも田舎では人は滅多に歩いていないから……気が付いてないだけなのかもしれない。
わたしたちは、実家に向かってなにもない空を飛びながら色々なことを話す。
「
「うん。おごさまは、わたしが困ったときに助けてくれるし、守ってくれるからって」
「
「みんな……嘘を付いてたってこと? おばあちゃんも!」
「おばあちゃんも知らなかったんだよ。だから、腕を捧げて……こんなくだらない村のために願いを使っちゃった」
「なんで知ってるの?」
「私は、今までの
ずきんと左目の奥が一瞬痛くなった。でもそれはすぐに温かくて甘い感覚に置き換わる。
じわじわと優しい気持ちがわたしの体の内側を満たしていくのと同時に、村を見下ろした時に激しい怒りも湧いてきた。
どうっと湿った風が吹いてきて、足下に広がっている桑の木々がさやさやとわたしたちを迎えるみたいに音を立てる。
もうすぐわたしたちの家だ。村人達が邪魔するのかと思ったけど、家には誰もいない。
「可哀想な
かやちゃんが悲しそうな声でそういった。Vの字に突き立てられている大きな木の杭をわたしは引き抜いて放り投げる。
少しだけわたしにもわかってきた。このずっとずっと下に、おごさまがいるんだって。
杭が刺さっていて抉れた土から、じわじわと
しゃがみこんで、黒焦げになった繭たちを両手で掬った。
役目を果たせずに粗末にされて、恨みを閉じ込めたままの可哀想なご先祖様たち。
「おごさまの元に返してあげるからね」
湧き出てきた
何も聞こえないはずなのに、なんだかそれが悲しくて、こんな風に繭を放置したご先祖様たちも、お父さんも、繭を馬鹿にしていたお母さんも憎くなってくる。
それに、繭を燃やして、おごさまの眠っている場所に杭を打つような真似をした村の人たちにも。
「羽化しちまったか」
背後から声が聞こえて、わたしたちは立ち上がって振り向く。
真っ白な絹織りの着物で立っているのは、男だか女だかわからない妙な人間だった。
手に扇子を持って気取った姿勢で立っているそいつからは、イライラするような気に入らない匂いをまとっている。
「松の木で燃やしてやったから、そいつらは成仏したはずだ」
「先生……! こんな化物と話してる場合じゃ」
「返し損ねたおごさまを、天にお返しするんだろう? 形だけとはいえ対話は必要だ」
村人たちの声が聞こえるけれど、姿は見えない。
かやちゃんが舌打ちをして、思いきりうさんくさい人間を睨み付けている。
「……あいつら、拝み屋に私たちの成敗でも依頼したか」
それは、わたしが聞いたことの無いくらい低いかやちゃんの声だった。
よくわからないけれど、こいつはわたしたちの邪魔をする殺さないといけないゴミだっていうことはわかる。
早く村人達に復讐をして、カイトを迎えに行かなきゃいけないのに。
「なあ、ええと……増山の娘。今ならまだ死なずに済む。その血の色に染まった繭をこちらによこせ」
「嫌だ! かやちゃんと離ればなれになんてもうならない!」
「……交渉決裂、か」
そんなに離れていないはずなのに、うさんくらい人間の表情はぼやけて見える。だけど、それでも、そいつの口元がニヤリといやらしく歪んだことがわかった。
かやちゃんが、大きく左手を動かす。束になった糸が人間の方へ飛んで行く。これで、さっきはおじさんたちがすぐに細切れになった。
でも、着物の人間は手に持っていた畳んだままの扇子一本で、かやちゃんの糸を不正で、そのまま断ち切った。
「羽化したてのうちなら、まだ分があるってもんだ」
焦った様子のない声がして、目の前からそいつの影が消えた。
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