13:羽化

「チッ……。デカい音立てすぎたか」


「ダメ! 開けないで」


 足にすがりつこうとして、ベッドから床に転がり落ちたわたしのお腹をカイトは思い切り蹴ると、ドアの方へ向かっていく。

 村のヤツらだ。きっとカイトの車を見て、ここにいるって判断したんだろう。田舎にプライバシーなんてない。

 下手したらホテルのひとたちも協力してるのかもしれない。

 おごさまを取り上げられちゃうかもしれない。

 わたしはカイトを止めるのを諦めて、転んだ拍子に少し遠くに転がったおごさまが入っている箱を手に取った。


「は?」


 ドアを開いたカイトが戸惑いの声をあげた。予想したとおり、村の人たちだ。太って汚いおじさんがカイトの肩を思いきりつきとばしたところだった。顔を殴られて無くてよかった。

 あんなダサい脂ぎったおじさんに負けるくらいカイトはひ弱じゃない。でも、不意を突かれて少しよろけた彼を押しのけて数人の村人が部屋にどかどかと入って来る。


「お前! やっぱりおごさまを使ったんか」


 わたしの左手を見た瞬間、知らないおじさんが大声で怒鳴った。反射で身が竦む。残った右手で、おごさまの入っている箱をぎゅっと握り込んだ。


「わたしのものをどうつかおうが勝手でしょ」


「はやくお返ししねえと」


 デブのおじさんの後ろにいた別のおじさんたちがおごさまを返さないとみたいな話をしてる。

 どんどんこっちに近寄ってくるおじさんを放置して、カイトはただ呆然とこっちを見ているだけだった。

 有象無象とちがってカイトの綺麗さだけが浮いて見える。だから、区別がつきやすくていい。区別ってなに?

 お腹が空いた。甘くて美味しい味がするんだろうな。許せない。

 目の前に迫ってくるおじさんはどうみても気持ち悪くて汚くて仕事じゃなければ触られるのも嫌なはずなのに、頭の中にそんな気持ちが勝手に流れ込んでくる。

 おじさんの手がわたしの髪を掴んでひっぱる。怒鳴りながら何か言ってるけれどよく聞こえない。

 おごさまだけは取られたくなくて、体を丸めた。大きな声で「ふざけるな」って叫んだ。でも、同じくらいの声量で怒鳴り返されるだけだった。


「助けて!」


 顔を上げて、カイトがいそうな場所を見た。でも、カイトはさっきの場所にいない。部屋をさっと見回してみる。でも、部屋にいるのはおじさんたちだけだった。

 カイトは助けを呼ぼうと外に行ったのかな大勢のおじさんたちにはきっと勝てないって判断したんだと思う。こいつらは肉体労働とか農作業をしてるだろうし力も無駄にあるに決まってる。だから、カイトは間違ってない。


「痛い! ふざけんな! 触るなら金払えよ」


 わたしの髪を掴んで引っ張ってるおじさんは、顔を赤くしながらわたしの右腕に手を伸ばしてくる。

 他のおじさんたちはわたしが逃げないようになのか、横並びになってこっちを睨み付けている。

 これだけ騒いでもホテルのひとたちや警察は来る気配がない。ああ、そっか。ぐるだから、きっとカイトが説明してもなかなか聞いてくれないんだね。

 この村のヤツらは野蛮で無慈悲でクソ野郎ばっかりだから、たぶんカイトも殺されちゃうかもしれない。だって小さな赤ちゃんたちを使われずに寝ていただけのおごさまたちを潰して燃やしたのもこいつらだから。

 おごさまの考えていることが流れ込んでくる。おじさんたちの言葉がどんどん遠くなって、体の内側で響いていたおごさまの声がどんどん大きくなっていく。

 には力がある。

 大丈夫痛くないから。幸せだったでしょう?

 はい。幸せでした。おごさまに左腕を捧げたとき、とても温かくて幸せでした。

 でも、右腕も無くなったら困るし歩けなくなったら困る。ああ、目。目なら、いいです。片目だけ。

 おじさんがわたしの頬を殴ったみたいで鈍い音がした。髪の毛がぶちぶちと抜ける音が聞こえてきて、わたしはそのままベッドに背中を打ち付ける。


「おごさま! 片目をあげます! お願いします! こいつらを殺……」


 わたしを殴ったおじさんが慌ててわたしの口を塞ごうと手を伸ばした。でも、もう遅い。別に口に出さなくたって、おごさまにわたしのお願いは届くんだから。

 待っててねカイト。助けを呼びに行ってくれてありがとう。わたしが助けてあげるからね。

 おじさんに取られないように、お腹に抱え込むようにして持っていたおごさまの箱が熱くなるのがわかる。

 箱の蓋は勝手に開いていた。気が付いたら、こっちに数束の赤い糸が伸びてきて、わたしの視界の半分が真っ赤になった。


 わたしの口に甘いものが広がった。生クリームみたいな甘さっていうよりは、熟して甘くなった果実みたいな……そう、昔食べたくわの実みたいな味。

 おじさんが後ろに飛び退いて叫んでいる。口の中に入った何かおいしいものが、そのおじさんの指なんだと少し遅れて理解した。

 汚いおじさんの肉なんてキモくて吐き出したくなりそうなのに、おいしくて、甘くて、口の中に広がる濃厚な甘さにあらがえなくなる。

 半分赤い視界のまま、わたしは出口に向かおうとしているおじさんたちに腕を伸ばした。


「あははははははは」


 勝手に笑い声が出る。なんだろう。楽しい。それに、温かい。

 わたしに乱暴をした一番ムカつくおじさんに手を伸ばして、それから首をねじってあげると簡単に頭が取れた。それを思いきり壁にぶつけると鈍い音が聞こえて、壁に赤い花が咲く。

 カイトに会いたいな。どこだろう。

 力が湧いてくる。手で触らなくてもドアは勝手に閉じて、逃げようとドアに向かっていたおじさんたちが、こちらを振り向いた。


「化物!」


 罵られても、関係ない。圧倒的な上位者に対して、そう思ってしまうのは仕方の無いことだから。ね、おごさま……ううん、かやちゃん。

 かやちゃんがわたしの中に入ってきたのを感じる。温かくて優しい気持ち。ずっと一緒だったのに気付かなくてごめんね。

 腰を抜かしているおじさんも、土下座をしてあやまるおじさんもこっちに殴りかかってきたおじさんも、右手で撫でただけで真っ赤なお花になってしまった。

 もったいないから、体を食べて、それから、せっかくだし、汚くて嫌だけど、不便なままなのは困る。だから、左腕を貰ってしまおう。

 一番マシそうな細いおじさんの腕をちぎって自分の左腕にあてがってみた。かやちゃんが入っている左目から糸が伸びてきて、わたしの体と繋がる。


「ありがと」


「だって、私が取っちゃったから」


「気にしないでいいのに。そうしないと、かやちゃんはわたしと話せなかったんでしょ?」


「うん……そうだけど、でも、さやちゃんは大切な双子のお姉ちゃんだもん。体の一部を奪いたくなかったよ」


「そう作った村のやつらが悪いよ。かやちゃんは悪くない」


 元々わたしとはひとつだったこともわかった。そして、が……わたしたちがどう作られてきたのかも。

 かやちゃん、一緒に行こう。わたしたちから好き勝手搾取をして、殺そうとしたあいつらに復讐をしよう。それから、カイトくんと幸せになるんだ。

 わたしはもうなにも捧げなくていい。全部半分こしよう。だってわたしたちは元々一つなんだから。

 お腹がいっぱいになったわたしとかやちゃんは、窓を開いた。

 夕暮れ前の青とオレンジが混ざった空はすごくきれい。息を吸うと、部屋に漂っている甘くていい匂いが体を満たしていく。外の空気が混じって少し薄れちゃったのは少し残念ってかやちゃんは少し残念そうに呟いた。


「まずは家に帰ろっか。あの子達、可哀想だから」


 わたしたちは窓の縁を勢い良く蹴る。背中から何かが生える感覚がして一瞬だけぞわっとするけど、怖くはない。

 桑畑がところどころ広がるクソ田舎も、こうやって空から眺めると少しだけきれいだなって思う。

 早く燃やされて殺されたあの子たちを埋めてあげよう。それから、あいつらに復讐をしよう。

 かやちゃんと一緒なら、もう何も怖くないよ。

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