11:田舎
「さあや!」
「……っ!」
肩を揺すられて、目を開く。
カイトがわたしを心配そうに覗き込んでいた。背中は汗でびしょびしょで気持ち悪い。
嫌な夢だった気がするけど思い出せなくて、飛び起きたわたしを見て眉間に皺を寄せているカイトに「大丈夫」とだけ答えた。
「もう昼過ぎたから、飯でも食おうぜ」
「わかった」
車から降りると、空の広さに忌ま忌ましさを覚えた。
高いビルもなくて、娯楽も、文化もなにもない人のしがらみと悪意だけがあるクソ田舎の光景。
店の三倍はあるだろう大きいだけの駐車場をカイトと一緒に歩く。こんなクソ田舎にはおしゃれなレストランもないから仕方ないけど、カイトとの外食が寂れたチェーン店なんて。最悪。
塗装が剥げた部分が寂びているうどん屋に二人で入ると、やる気の無い店員の「いらっしゃゃいませ」が聞こえてくる。
空いている席に勝手に座っていると、ブスで田舎臭い女が注文を聞きに来た。
じろじろとカイトを眺めていてムカつくけど、こんな田舎だときれいでオシャレな男を見る機会がないもんね。仕方ないから我慢してあげよう。
カイトが適当に頼んでくれたメニューを食べている間、わたしたちは無言だった。
左手がないと食べにくい。それに、なんだか味がしない。手抜きしやがって。クレームを入れたいけどカイトは料理に文句を言う様子はない。だから、わたしだけ騒ぐと迷惑をかけちゃうかな。争うよりも二度と来なければいいだけだし……。でもやっぱりムカつくから、カイトがいないときにネットで文句でも言おうかな。
ラーメンを半分くらい残したけど、カイトは完食したみたいだった。顔はすごくいいけど、舌がバカなのかもしれない。でも、その方がわたしが料理を失敗しても気にしないでくれるからいいかも。
そんなことを思いながら、お金を払ってくれたカイトの背中を見る。
「やっぱり調子が悪い? お前が好きなチャーシュー麺だったのに全然食べてねえじゃん。俺がせっかく奢ったのに」
車に戻ったカイトは、扉を閉めるなりわたしの顔を覗き込んできて、そんなことを聞いてきた。
「カイトはなにも思わなかった? 全然あじがしなくてめちゃくちゃ不味かったよ。田舎のチェーン店だからこんなもんかもしれないけど」
「俺のは普通にうまかったけど……」
首を捻りながら、カイトが小さくそう呟いた。
いつもなら俺が奢ったものに文句言うのかよって”躾”してきそうなのに、今日のカイトはなんだか優しい気がする。
だから、カイトが舌がバカの可能性をわたしは飲み込んで、笑って誤魔化した。
「まあ、お前は腕がそんななっちまったし、色々あったからストレスで味覚が鈍ってるとかあるのかもな」
わたしが何を考えているかも知らないで、彼は酷い目にあったわたしをすごく気遣ってくれている。その事実がうれしくて、わたしはカイトの肩にそっと頭を預けた。
少しだけ緊張してるのか、カイトの体に力が入るのがわかる。わかってる。流石のわたしでも、こんな車の中でそういうことをしようなんて思わないよ。
遊びじゃないから、体の関係はちゃんと籍を入れてからって言ってたもんね。
ふふってわらってから、わたしは窓の外を見た。
結構変わっているけれど、ここから地元までは車で20分くらいってところだっていうのはわかる。
このまま帰ったら、おごさまを返さなきゃいけないかもしれない。どうにかカイトが話を聞いてくれてきたら助かるんだけど。
……そうだ。彼がわたしを心配してくれているなら、もう少しだけがんばってもらっちゃおうっと。
「あのね……やっぱり左腕がすごく痛くて……」
仮病を使うことにした。
眉尻を下げて、声量を抑えながらそういうとカイトはわたしの頭にそっと手を当ててくれる。
こんなこと、前はしてくれなかった。リナってバカが調子に乗ってカイトが大変なときにたくさん電話なんてしてくるからだ。それにハヤトさんっていうカイトにとっての重りもなくなったから、カイトはわたしの大切さをようやくわかってくれたのかもしれない。
「あのね、家の場所は教えるから、カイトが話を聞いてくれるかな? わたしの腕がこうなってるのは内緒にして……えっと……婚約者で、子供が生まれそうだからおごさまについて聞きたいって、そう聞けばいいと思う」
「あ?」
「わたし、お母さんと仲良くなくて……だけど、心配はかけたくないから」
カイトは一瞬だけ不機嫌な声を出した。でも、大きな溜め息をついてから首を縦に振ってくれた。
「まあ、片腕がない女を連れ歩いてたら目立っちまうしな」
車を発進させながら、カイトが小さな声でそう言ったのが聞こえる。照れ隠しかな? ふふ。まだ結婚は先のことだもんね。
「適当なビジホに入るから」
車に揺られているとまぶたがどんどん重くなってくる。
目を閉じると、おごさまの姿が頭の中に浮かんできて、また赤ちゃんみたいな声が聞こえてきた。
夢なのかな。そうじゃないのかな。
――さやちゃん、大丈夫だよ
安心する声だった。わたしが繭の中にいるみたい。
温かくて、それで、甘い匂いが体を内側から満たしていくみたい。
おごさま。大丈夫。わたしは全部あげます。カイトとわたしを幸せにしてください。
だから、ちょっと待っててね。
車が止まったのがわかるけど、体が重くて動きたくない。
ふわりと体が浮いて、運ばれている気がする。
誰かとカイトがやりとりする声が聞こえて、それから体がもう一度どこかに降ろされるのがわかる。
起きたいのに、体が動かなくて、目も開かないのにカイトがわたしの鞄をあけたのだけはなんでかわかる。
「……ったく。クソ。兄ちゃん……ちゃんと……らな」
おごさまが入った箱を忌々しそうに見つめたカイトが何か呟いたのが部分的に聞こえた。
それだけ見えて、わたしの視界は再び真っ暗になる。
お義兄さんの仇をちゃんと討とうね……ハヤトさんが悪いんだから。心の中でそう思いながら、さっきからわたしを呼んでいる温かな赤い塊へ意識を向けた。
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