10:かや

「かやちゃん」


 古い映画みたい。

 視界がざらついて、ざーざーと雨の日みたいな音が少し遠くから聞こえてくる。

 かやちゃん、と呼んだのはまぎれもない自分の声だった。でも、うまく体が動かせない。

 振り向いた子は、田舎にいそうにないすっごくきれいな顔をしていた。くっきりとした二重、スッと通った鼻筋に主張の少ない小鼻。桜の花みたいな厚みはあるけど下品にならない血色の良い唇……。真っ白ではなくて、少し健康的に日に焼けた肌とすらりと伸びた手足。

 わたしと全然違う。というか、真逆の見た目すぎて苛立ちや嫉妬をしてもいいと思うけど不思議とそんな感情は湧き出てこない。

 名前を呼んだのはいいけどこんな子、村にいたっけ? 村? 職場? よくわからないけど、どうでもいっか。

 振り向いたやわらかそうな黒い髪がさらさらと肩に落ちて、ふわりとかやちゃんが笑う。


「どうしたの、さやちゃん」


 手を伸ばしてきて、つやつやとした手がわたしのを包んだ。

 わたしはすごく安心して、かやちゃんの胸に顔を埋めて大声で泣きだしてしまう。自分が自分じゃないみたい。

 悲しい気持ちがあふれ出してきて、わあわあと涙も鼻水も勝手に出てきて、かやちゃんが差し出してくれた絹のハンカチを汚してしまう。


「あいつらがわたしをいじめるんだもん! わたし、なにもわるくないのに」


「そうだよね。さやちゃんはなにもわるくないよ。だから、大丈夫。私が全部なんとかしてあげる」


 おばあちゃんがよくしてくれたみたいに、かやちゃんはわたしの髪の毛をやさしく撫でつけて、甘い甘い声で諭すようにそう囁いてくれた。


「だって私たち■■でしょう」


 よく聞こえなくて、顔を上げる。

 そこには、熟した桑の実どどめ色に染まった不細工なボーイの顔があった。

 本来、目玉があるはずの場所にはなにもなく、ただ穴がぽっかりあいているだけだった。


 声が出ないまま、わたしは不細工を突き飛ばそうとするけれど、両腕がなくなっていてそれも出来ない。


「たすけてかやちゃん」


「さやちゃん」


 かやちゃんの声が、幸せな気持ちが遠ざかっていく。こわい。きもい。わたしは悪くないのになんで。

 体が痛くて、寒くて、熱い。叫ぼうとするけれど喉に穴が空いてるみたいに悲鳴が空気になって漏れていく。


「ぁや……さあや」


 必死に体を捩っていると、聞き覚えのある声がわたしの名前を呼んで、重かった体が急に軽くなった気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る