9:嘘と本当

「とにかく乗れって。走りながら話聞くから。家にはいないほうがいい」


 扉を乱暴にノックしたカイトは顔色が悪かった。

 無地の暗い色のカットソーにシンプルな黒いジーンズって適当なの格好なのに相変わらずかっこよくて、髪の毛も寝癖が残ってるのがちょっと気を抜いたコーデって感じで逆にオシャレ。

 ぼーっとしていると、カイトがわたしの左腕を掴もうと手を伸ばす。それから、袖の中にあるはずの左腕がないことに気が付いて小さく「え」と漏らしたのが聞こえた。


「スマホとか取ってくる」


 わたしがそういうと、すんなり服を掴んでいた手を離してくれた。

 もしかして、わたしの腕がほんとうになくなるって思ってなかったのかな? それとも知っててもびっくりしたってこと?

 まあいっか。


「早くしろよ」


 カイトの言葉に頷いて、わたしはおごさまが入っている箱を丁寧に閉じ、スマホと鞄を持って玄関に向かう。

 蓋を閉めるときにおごさまが何か言っていた気がするけど、一人で放っておくわけじゃないから許してねって小さな声で言い聞かせながら、わたしはカイトと一緒に車に乗った。

 車のことは詳しくないからわからないけど、不細工なボーイが乗ってるようなワゴン車じゃなくてなんかかっこよくて高そうな車なのでちょっと気分がいい。


「マジでお前は何も知らないんだよな?」


「う、うん」


 車が静かに発信する。助手席の椅子はふかふかでもないけど、心地よい硬さで、少しだけ革の匂いがして、どきどき胸が高鳴る。

 しばらく走ってから、ドリンクホルダーに腕を伸ばし、水をゆっくり飲んだカイトがようやく口を開いた。


「店がさ、血まみれでぐちゃぐちゃの肉片が散らばってたらしくて。最初は嫌がらせだと思ったんだよ。で、警察を呼んでさ。ハヤトさんに連絡が取れないからって俺も呼ばれて……それで店内を見て」


 気分が悪いのか口元を抑えながら、カイトはそこまで話すと大きく溜め息を吐いた。


「お前とも連絡が取れないしさ。マジでわけわかんねーよ」


 わたしは、昨日の夜、ハヤトさんと交わしたやりとりを思い出す。斉藤を痛い目に遭わせてくれって。殺すなって。

 でも、わたしはそこまでしか覚えてない。


「カウンターの裏に斉藤の頭が落ちてたらしくてさ、店中に散らばってた肉塊は斉藤のものだろうって警察が言ってた」


「ハヤトさんは?」


 カイトが首を横に振りながら、車をコンビニの駐車場に停めた。

 外に出でもなく、シートベルトを着けたままカイトはわたしをじっと見つめて、それからわたしの右手をそっと握る。


「ハヤトさんはさ、どうしようもない俺のことを拾ってくれて、店で雇ってくれて世話をしてくれた恩人だし、斉藤は……あいつは……腹違いの俺の兄ちゃんなんだよ」


 予想をしてなかった彼の言葉に、わたしは気まずくなった。

 だって、顔が全然ちがう。カイトくんなすごくきれいでかっこよくて……それに育ちも良さそうで……あの不細工は貧乏そうだし汚いし臭そうだし。

 ずっと天然だと思ってたし、インターネットでカイトは整形って言われてもブスとぶさいくの妬みだと思ってた。だけど、整形なの? わたしのことを騙してたの?

 口には出せないけど、わたしはいざとなったらおごさまにカイトに罰をあててもらおうとお願いしようかなと考えて、彼が握っている手に力を込めた。


「ハヤトさんからは、整形を疑われたくないなら肉親ってのは黙っとけって言われてたからそうしてたんだけどさ」


 でも、わたしが問い詰める前に、カイトは自分の事情を話してくれた。

 目にいっぱい涙を溜めて、鼻を啜りながらそう言葉を漏らすカイトは嘘を吐いているようには見えなかった。

 それなら……もっとあの不細工に……いえ、リクお義兄さんにもっと優しくしてあげればよかった。腹違いってことは、きっとリクお義兄さんの母親がブスだったんだろうなって。

 泣きだしそうなカイトにハンカチを渡すと、それで目元を拭いながら彼は話を続けてくれた。


「ハヤトさん、どこにもいなくて……兄ちゃんは死んで……。お前も知ってるだろ? 俺、施設育ちだから」


 そこまで話したところで、カイトのスマホがけたたましい音で鳴り響いた。

 ポケットからスマホを取りだしたときにリナと名前が出て、イラッとする。客でしかないケバいブスでも金払いがいいから、カイトはないがしろにできない。

 また猫なで声であのブスに媚びを売るカイトを見なきゃいけないのが嫌だけど、でも、カイトの良き理解者としてはこういうときこそ広い心を見せてあげた方がいいのかもしれない。


「出ていいよ」


 でも、カイトはわたしの言葉を無視してスマホの電源を切った。今すぐに笑いながらケバいブスを罵りたいけれど、女の裏の顔を男の人は嫌うから、我慢して、眉尻をさげながら悲しそうな表情を浮かべながら彼が放り投げて後部座席に落としたスマホを目で追う。


「リナもリナで店が大変っていってるのに何度も連絡してくるし、別の店に入ればとかいってくるしさ。なんなんだよ。俺の気持ちはどうでもいいのかよ」


「カイトもつらいよね。大変だね」


 大きな声を出したカイトの頭に手を伸ばす。

 いつもより艶がなくてぱさついている髪だけど、なんだかそれがありのままのカイトだって気がして愛おしくなる。

 やっぱり、どんなに怒ったり、殴っても、結局、わたしがカイトの特別なんだって実感できて、彼には悪いけどうれしくなった。


「昨日の夜、お前が店で話してたのは知ってるから何か知ってたら教えてほしい」


 わたしの手をとって、一度離したカイトは真面目な表情でこっちをじぃっと見つめてきた。

 さっきまでうれしかっただけだったのに、よく考えたら彼の兄を殺したのはわたしかもしれなくて、じわじわと不安な気持ちがわきあがってくる。

 でも、記憶は無いし……わたしがやったって決まったわけじゃない。だって、あいつを懲らしめてっていったのは、ハヤトさんだから……。


「ねえ、あの、ね」


 なるべく嘘にならないように、バレないように、わたしはなにがあったのかをカイトに話すことにした。


「おごさまにお願いしたの。そこまでは、わたし、おぼえてる」


 ここまでは本当。ただ、ハヤトさんに頼まれて、わたしがあの不細工の不幸を願ったのがバレたら、多分カイトはわたしをとっても怒る気がする。

 どうすればいいのかな。

 カイトの薄い灰色っぽい目は、よく見ると少し青みがかっていてとてもきれい。この目が……わたしだけを見てくれるにはどうしたらいいんだろう。

 たくさん考えて、ハヤトさんが今いないということを利用しちゃおうと思った。


「ハヤトさんのお願いを代わりに叶えてって……そうお願いして……」


 そう。ハヤトさんはいない。おごさまに巻き込まれて死んじゃったのかもしれない。もし、生きていたとしたら、あとでおごさまに頼んで消せばいい。だっておごさまに体を捧げることは痛くて怖いと思ったけど、とても幸せで温かいことだったから。

 両腕がなくなっても、足が片方なくなっても、きっとカイトが支えてくれる。それに今は義手とかも発達してるらしいから、なんとかなるかもしれない。


「だから、その……カイト、ごめん。わたしのせいだよ」


 わたしは頑張って痛いことやかなしいことを思い浮かべて、目にたくさん涙を溜めた。


「ハヤトさんがそんな……でも……ハヤトさんはリク兄ちゃんのこと、良く思ってなかったから……」


 カイトは、全部信じてくれたわけじゃないかもしれない。だけど、彼は今、この場にいないハヤトさんをうまく疑ってくれているみたいだった。


「わたしも、そんなこと、ハヤトさんが願うなら……殴られてでも、カイトに会えなくなってでも断ればよかった」


「いや、さあやは……その、断れなかっただろ?」


「あのね、おごさまは、まだ願いを叶えられるかもしれないの。それで……ハヤトさんに復讐すればいいんじゃない?」


 わたしの提案を聞いて、カイトの顔に似つかわしくない大きな喉仏が大きく上下するのが見えた。


「わたしだって、腕を取られて悔しいし、それに……まだおごさまは完全じゃないの。それに、もう一回くらいなら、お願いを叶えてくれるかもしれない」


 そうだ。ハヤトさんが死んでいたら別にそれでいいし、もし生きていたら復讐してもらおう。だって、わたしがあの不細工を殺したんじゃなくて、ハヤトさんがやれっていったから。わたしはそんなことしたくなかったのに。

 鞄の中からおごさまの箱を取りだして、カイトに見せた。

 蓋を開いて、割れ目から赤い光を放つ神秘的な白い繭は、やっぱりすごくきれい。これなら、彼も信じてくれる気になったはずだ。


「地元に戻れば、おごさまをちゃんと使えるかもしれないの。わたしはちゃんとした使い方を知らなくて……こうなっちゃったから」


「わかった。一緒に行こう」


 カイトは、おごさまから目を逸らさないまま、首を縦に振ってくれた。

 本当は、あんな汚くてなにもない田舎には帰るつもりなかったけど……仕方ない。おごさまが何を食べるのかとかも調べたいし、それに……おごさまに願いを叶えて貰ったら返すつもりはちゃんとある。

 ただ、わたしは自分の願いをきいてもらってないから、ちゃんとおごさまに願いを叶えて貰いたいだけだし。それに……カイトとの子供が生まれたときに、子供にもおごさまをあげたいなって思うから。

 使わなくても、やっぱり、守ってくれる存在がいるっていうのは心の支えになる。

 だから、おごさまの作り方も聞いておきたい。


「道案内、頼むな」


 カイトはそういって車を発進させる。

 いつもより真面目な彼が頼もしいなって思いながら、わたしはおごさまを撫でながら「わかった」と元気に聞こえないように気をつけて返事をした。

 おごさまはわたしの指に糸を巻き付けて、うれしそうに光をゆっくりと明滅させている。

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