また今夜、レイトショーで。 ふたつめ
「ん、おいしい!」
麺を啜った彼女は、ぱちりとその赤い瞳を瞬かせると、大袈裟に喜んで見せる。色素の薄い茶髪が目元に掛かって、すこし重たげに見える。なんとなくそれに目を引かれながら、私も一口を啜る。もちもちとした麺に甘い出汁が絡んで口内に広がる。シンプルな鰹節の香りが鼻から抜けて、ぽかぽかとした心地で腹が満ちていく。―暫く二人とも無言でうどんを食ていた。如何せん、腹が減っていたものだから。
「―いやあ、泣くと体力使っちゃうよね」
一息ついて、ちょっと照れたように彼女へ笑いかけた。彼女はうどんをずるずると拙く啜りながら、こくこくと何度か頷いた。それをどうにか水で飲み干した後、彼女は堰を切ったように話し始める。
「昭和―初期の作品、でしたっけ。白黒なのにあんなに当時の情景が活き活きと映って見えて、最初から凄い引き込まれちゃいましたよね」
「わかる。だからこそ、その中で葛藤しながら生活している人たちの感情が余計とリアルに感じられたんだよね、主人公が最後どうしても隣人を手に掛けねばならなかったって言うその行動にちゃんと説得力があった」
主人公の悲痛な告白シーンを思い出し、また目頭がカッと熱くなった。生きている現実と、生きてゆかねばならない苦しみと、逼迫していく日常。この現代を生きる私では生涯味わうことのないかもしれない哀しみが、スクリーンを通じて私たちのもとへと運ばれてきたのだ。私は勿論、隣に座って見ていた彼女も号泣しきりだった。
「お姉さんがあんなに泣いてるの、ちょっと珍しかったかも」
「きみだって、随分泣いてたでしょ」
「だって、だってわたし、主人公に幸せになってほしかったんです、でも、それでも、それは叶わなかったし、」
尻すぼみにまとまりのない感想を述べてから、それをちょっと誤魔化すように彼女は丼を持ち上げ、スープをひとくち飲む。釣られて私も一口飲む。心地の良い甘さと柔らかさが染み込んでくる。ほう、と
「……うどん、おいしいですね」
彼女がしみじみとそうつぶやく。
―そう、今日はなんとなく、やさしいものが食べたくなった。生々しいかなしみに触れた後だったから。それはたぶん、彼女も一緒だった。ことばにしないきもちが、それでもちゃんと通じているのだと思うと、嬉しいというか、なんか、ちょっと優越感だ。その気分の良さを気取られぬように、なるたけいつもの声色を意識しつつ口を開く。
「―おんなじ監督の作品でね、今日見たやつと同じ町が舞台のやつがあるんだって」
「え! 続編ってことですか?」
「いや、正式に続編だとは言われてないけど、この作品の数十年後っていう設定だろうって」
「へえ……それは、めっちゃ……見てみたいな」
お、食い付いた。なんて、なんか引っ掻けたみたいで悪いだろうか。
「きみさえよければ、今度ビデオ借りて―家で見ない? 実はちょっとしたシアタールームあるんだ。全然、泊ってってもらっていいからさ」
しばしの沈黙。急に詰め寄りすぎたかしらと危惧した辺りで、彼女の表情がゆるりと崩れるのを見止めて内心ガッツポーズする。やっぱりちょっと浅ましいな、私。
「い、いいんですか! わたし、おやつとかおつまみとか、作って持っていきます!」
頬をわずかに赤らめて、興奮したように彼女が言う。かわいいから、笑っちゃって。
「ふふ、いいよ。他にもなんか見よっか。おススメあったら持って来てよ」
彼女は弾けるような笑みを浮かべ、頷いた。
よなよな むしやのこどくちゃん @Kodoku_chan
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