第17話 その名はシンラ
群がるヤクザを難なく切り抜けると、セナは小男との交渉に挑むために装甲車の方へと決断的に歩みを進めた。一歩一歩踏みしめるごとに、アーマーの各所に配置された放熱孔から熱気が放出される。周辺の空気が揺らめき、極所的な陽炎が発生する。守るべき存在を得た装甲戦鬼は、目的を果たすまで決して止まらない!
***
ムカデ兵がナイフを構え、セナを迎撃するため立ちはだかる。はじめに右前方のムカデ兵が仕掛けた。身を低くしてナイフで刺突する。教本通りの動きを愚直に鍛え上げた素早く正確な動きだ。目を凝らせば、握られたナイフの縁が微細に振動しているのがわかるだろう。トモエカミナリ社製高周波振動ナイフ「クナイ」である。通常のナイフとしての使用が主だが、非常時には柄部分に内蔵されたバッテリーで刀身を振動。鉄板程度であれば容易に切断せしめる。だが、エグゾアーマーの装甲を貫くには刀身の長さが足りない。致命傷を与えるのは難しい。狙うならば首や関節などの装甲の隙間。どれだけツールが発達しても、鎧に対しての戦い方にそう大きな変化は起きないのだ。
ナイフの刺突を、セナは半歩引いて回避。攻撃を避けられたムカデ兵が一歩踏み込んでナイフを二回、三回と振るった。セナが右前腕で兵士の前腕を抑え込む。兵士はすぐにナイフを握っていた右手を離した。ナイフが重力に従い落下する。兵士の左手がナイフを手中に収めた。そして再びセナを狙った鋭い一撃が飛ぶ! セナはそれを左手で防御。兵士の手首をがっちりと掴んだ!
「ふんっ!」そして強烈な頭突きが兵士の頭に命中。ナイフを取り落としながらフラフラと後退すると、兵士は硬いコンクリートの地面に勢いよく倒れた。赤い防弾フルフェイスヘルメットに入った蜘蛛の巣状のヒビが、セナの頭突きの強力さを物語っていた。
装甲車の銃座につく兵士が、機関銃の引き金を引いた。咄嗟のことであった。ムカデ兵すらも倒す得体の知れないエグゾアーマーを見て、恐怖に呑まれたのだ。彼はムカデ兵ではない。ただの一般兵士であった。
『警告、高威力兵器の使用を検知。回避推奨』ヘルメットに搭載された支援AIが、セナに危険を警告する。いかにレックウとはいえ、機関銃の攻撃を受ければただではすまないだろう。どうする⁉
「なにっ⁉」
だが、彼女の姿はすでにそこにはなかった。銃座の兵士が見上げ、驚きの声を上げる。上を見ろ。白きエグゾアーマーが悠然と宙に浮いているではないか!
すべてはエグゾアーマーの背中に装備されたジェットパックによるものだ。車一台でも容易に持ち上げることの出来る出力を持つ高性能ジェットパックは、彼女を大空の支配者へと変える。
セナが挑発的に肩をすくめる。再び機関銃から発砲! セナもそれに合わせて動く。上でも下でもなく、前へと飛んだ! 銃座の兵士は一直線にと向かってくるセナを撃ち落とそうと、必死で照準を合わせようと試みる。しかし、その度にセナはバレルロールを織り交ぜた回避行動で翻弄。どんどんと装甲車との距離を詰めてゆく。機関銃の撃ちだす弾丸の帯もそれを追うが、一向に捕えられない。セナと装甲車の距離が近づくにつれ、機関銃の攻撃可能範囲を逸脱し始めた。この銃座は、真上で飛ぶ敵を迎撃するようにはできていないのだ。
空中に軌跡を残してセナは飛んだ。そして装甲車を真下に収める位置に到達すると、背部ジェットパックと四肢装甲のスラスターを巧みに操作して、直角ターンで降下した。装甲車がその場でバウンド。分厚い天板が大きくへこんだ。
兵士が機関銃をセナに向けようと試みる。しかし、白い装甲に包まれた腕が銃身をしっかりと掴んでおり、動かすことができない。兵士の顔に平手打ちが飛ぶ。脳震盪によって兵士は白目を向いて昏倒した。
目下最大の脅威であった機関銃を無力化すると、セナは装甲車を飛び降りた。
「なんてやつだ……」小男は呆気にとられて呟いた。その声には称賛と驚愕の意味が含まれている。
今度こそセナは小男の前に立った。
「それで、どうするか決まったかしら」
あくまで落ち着き払った状態で彼女は話す。その声色は穏やかであるが、その恐ろしき容貌は、否が応でも相対者を威圧する。
「あ、くっ!」
小男が口を開こうとした時、それを遮るように大声が飛んできた。
「待てい! 勝手に話を進めてるんじゃねえぞ!」
走り来るは金棒を担いだ半裸のヤクザ。モムタロウだ。その背後には部下のヤクザたちが続く。モムタロウは自慢の金棒を振るい、ムカデ兵の防御態勢を強引に突破してきたのだ。
もはやお役御免となったヤクザたちの空気の読めなさにいらだちを覚えながら、セナは無言で右腕を迫るモムタロウに向けた。前腕装甲がわずかに後方へとスライドする。現れたのは、小口径のグレネードランチャーだ。
コルク栓が外れるような小気味の良い音と同時に、大質量の弾頭が発射される。風切り音をさせながら地面に着弾。激しい爆炎と衝撃がヤクザたちを襲う。次々と衝撃波で硬い地面に叩き伏せられるなか、先頭をひた走るモムタロウは部下たちに目もくれずにセナへと肉薄する。
「シャッオラァ!」
単純明快な鉄塊がセナへと振り下ろされる。
それをセナは腰を落として両腕を掲げてクロスガード。衝撃が腕を突き抜ける。
「あんた、相当イジッてるみたいね」
セナはヘルメット越しにモムタロウを睨みつけ言った。
「おうよ。ゴリラにゾウ。その他諸々だ。良いだろ?」モムタロウが歯を剥いて笑う。鋭い犬歯の並ぶ前歯が見えた。何ということだ。モムタロウは、セナやムカデ兵たちのような機械的に改造されたサイボーグとは別系統の存在。当の昔に禁忌指定を受けた技術である生体置換型改造人間、バイオーグだったのだ!
金棒がさらに振り下ろされる。セナはそれを再びガード。エグゾアーマーの腕装甲が悲鳴を上げる。モムタロウは、両腕にバイオゴリラの筋肉を、下半身と骨格にはバイオゾウの筋肉と骨を移植していた。攻撃力だけでみれば、モムタロウの放つ金棒の威力は、セナの肉体にダメージを与えるのに十分に足るものであった。このまま攻撃を受け続ければ、いずれは致命的なダメージを負うこととなるだろう。
セナが勢いをつけて金棒を押し返す。そして素早くバックステップで距離を取り、ダート収納部を展開した。モムタロウも体勢を立て直して金棒を横なぎで振るい追いすがる。
激突。激突。激突。モムタロウが金棒を握る手にさらに力を込めた。エグゾアーマーの腕部装甲と金棒が勢いよくぶつかり合う。その衝撃の凄まじさに、両者は同時にのけぞった。モムタロウが反った上半身から、金棒を最上段で振るう。しかしセナはそれよりも早く姿勢を正して拳で攻撃を放つ。その拳にはいつの間にかナックルガードが装着されている。命中すれば、強化された移植バイオ筋肉といえどもひとたまりもない。
そのことはモムタロウも承知している。だが、金棒の質量とそこから発生する遠心力の強さに振り回され、回避に移ることができない。白き拳が迫る。死が目前に迫る!
オトコオ、オトコ、オトコガモエル……
緊張走る場に、突如、往年のヒットソングが流れた。両者の動きが困惑で停止する。金棒は勢いが削がれて地面に頭から落ちる。拳は当たるギリギリで硬直する。互いが互いの顔を不思議そうに見つめる。
セナがバックジャンプで距離をとり、手刀を突き出して構えた。
「すまん。ちょっと待ってくれ」モムタロウが言った。
「……どうぞ」セナもそれを了承する。
モムタロウが端末を取り出して耳に当てた。「お疲れさんですオヤジ。どうされたんですかい。…ハイ、ハイ、ハイ? ああ、まあはい、わかりました」
モムタロウは平身低頭といった態度で端末の向こう側にいる相手の話を聞き続ける。そうして二分ほど経過したところで、モムタロウはようやく会話を終えて、セナに向き直った。
「止めだ」金棒に寄り掛かりながら、モムタロウは言った。その背中からはすでに桃のイラストは消え失せていた。
「なにが?」セナは、相手の不可解な言葉に対して疑問を口にする。
「オレたちには、もうあのガキを狙う理由がない。仕事はキャンセルになった」
そう言うと、モムタロウは踵を返して元来た道へと戻っていった。下級ヤクザたちも困惑しながらそれに続く。ムカデ兵たちはそれを警戒しながら見送る。彼らの仕事はあくまで襲い掛かってくる敵から護衛対象を守ること。撤退する相手を追討する必要はない。命を落とし倒れ伏すヤクザたちを捨て置いて、モムタロウたちはその場を後にした。
セナは呆気に取られながら一連の流れを見ていた。そこに背後から物音がした。彼女が振り返ると、装甲車の陰から護衛を伴って小男が出てきていた。
「想定とはかなり違うけど、敵はいなくなった。それで、さっきの話はどうなったかしら?」
両腕を広げ、セナはおどけながら言った。さあ、どうでる。相手の返答しだいで、もう一波乱起きることになる。
だが、現実は呆気ないものだった。
小男はため息を吐いて首を横に振った。その後に右腕を上げて人差し指を立てると、くるくると回してから装甲車の方を示す。状況終了や撤退のニュアンスを含むジェスチャーだ。
それに従い、ムカデ兵たちはセナには目もくれずに装甲車の後部ドアから次々と車内へと乗り込んでいった。
ムカデ兵が自身の護衛を除いて全員車内に収まったことを確認すると、小男は口を開いた。
「先ほどの話。生体コンピューターを譲り渡せということだったな」小男は納得いかないといった表情で続ける。「好きにするがいい。既にあれはトモエカミナリ社の資産ではない。いや、そもそも最初から存在していなかった。計画はすべて抹消。データもアーカイブの奥深くに封印とのお達しが来た。もう我々とは一切関係ない」
その言葉に、セナは満足げに頷いた。何らかの理由によって、少年を改造する原因となった計画に変更が生じたようだ。それもとびきり重大な変更が。そのおかげで少年の存在は計画と頭部に移植された装置ごとトモエから消えた。それは、少年が晴れて自由の身になった事を意味していた。セナの組み立てていた当初の予定よりもはるかに穏当で彼女たちにとって都合の良い結果となった。
小男は自身の乗る車へと体を向けて、それから最後に言った。
「それでは我々はこれで失礼する。わざわざ言うことでもないだろうが、計画が存在しなくなった以上、我々の間に一切の面識はなく、この用水路もいつものように排水を垂れ流していたということになる。分かるな?」
「ええ。よくわかったわ」セナは確かめるようにしっかりと頷いた。
「よろしい。それではさようなら。セナ・リンゴ。もう二度と出会わないことを願っているよ」
そう吐き捨てると、小男はさっさと車に乗り込み、装甲車と共に用水路の脇から伸びる巨大な排水管へと走り去っていった。
「さてと、」ヤクザに続いて企業の人間も見送ったセナは、相棒であるバイクを呼び出した。すぐに近くの排水管から大型バイクが静かに姿を現した。
セナはバイクに近づくと、無線でコマンド指示を出してキャノピーを開放させた。彼女の被るヘルメットも首回りや顎と鼻の固定パーツが緩む。
キャノピー内から、バイクのサドルにほぼうつ伏せの状態で隠れていた少年が、おずおずと顔を上げる。
「終わっ…た?」彼は慎重に辺りを見回して訊ねた。
「終わったわ。かなりいい感じにね」ヘルメットを脱いでその黒髪を軽く振りまわしてセナは言った。
「…それじゃあ」
「ええ、これであなたは自由になった。望み通りにね」
セナの言葉を聞いた少年は、あれほど求めた自由を手に入れることができたにも関わらず、そのあまりの呆気なさに実感を持つ事が出来なかった。そして気づいた。自分が、自由とは眩く、素晴らしく、劇的な物であると過剰な期待を抱いていた事を。
「あまり嬉しくなさそうね」セナは大きな目で少年を見つめて問う。
少年はすぐにそれを否定しようとするが、言葉が出てこない。そうだ。自分は自由になった。なってしまった。もはや誰からも束縛されない。それは同時に庇護も受けられない事を意味している。少年は改めて周囲を観察する。寒々とした灰色のコンクリート。吸い込まれそうな視界いっぱいに広がる夜空。急に外の世界が恐ろしく冷たいものに感じられた。この先、自分はどうすれば良いのだろう。どう生きていけば良いのだろう。希望はすでに失せていた。残るのは、先に対する恐怖と自分だけで生きていかなければならないという孤独感だけだった。
「呆れた。どうせそんなことだろうと思ってたわ。逃げ出す事しか考えていなかったんでしょ。まったく」
セナは、アーマーを脱ぐと、怯える少年の頭を力強く撫でながら、バイクにまたがって少年を包んだ。
「安心しなさい。あんたは一人で生きることはない。そんな事はさせないわよ」
言葉の意味を考えながら見つめてくる少年にいたずらっぽく微笑みかけると、セナはアクセルを目一杯吹かしてバイクを発進させた。
「捕まっていなさい!」その言葉に合わせてバイクはさらに加速する。
バイクは用水路を飛び出すと、道路に侵入。そのまま一直線に走り続けた。何時であろうと輝き続ける都市の明かりへと向かって。
背後に温もりを感じながら、少年は全身で風を浴びた。心地よい強風が絶え間なく吹き抜けていく。
「ハ、ハハハハハハ!」少年は笑い出した。
「どうしたの!」
「んん! 元気が出たんだ。ボク、やってみるよ!」
「それは良かった!」
「シンラ!」
「何だって⁉」
「ボクの名前はシンラだ! 自由になったら名乗ろうと決めていたんだ!」少年、いや、シンラは、エンジン音と風切り音に負けないくらいの大声で宣言した。
「シンラ! 良いわね、それ!」セナも声を張り上げる。
「シンラ!」
「なんだい!」
「もっと飛ばそうか⁉」
「ああ! やってくれ!」
二人を乗せた大型バイクがさらに加速した。夜の道路にエンジン音と少年と女性の二人の声が響き渡った。
独立自由都市ムサシは、今日この時、シンラという名前の新たな住人を迎え入れた。
サイボーグ女探偵 一話 完
サイボーグ高身長女探偵 〈タイトル未定〉性癖を盛った春の新メニュー 銀次 @Aron04
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