第16話 契約破棄 後編
もうもうと立ち込める煙幕を見通すために、ムカデ兵は素早くヘルメットのスキャナーを起動した。高性能スキャナーとセンサーの併用によって、周囲五メートルを問題なく見渡せる。
先行した位置にいる二班が煙幕の中で警戒する。
前方を警戒していたムカデ兵のセンサーに反応あり! 高速で接近する複数の熱反応。部分的思考共有によって、全班に通達。先行の二班のムカデ兵がライフルの引き金を引く。センサーが命中を知らせる。
しかし! 反応は依然健在。煙幕を突き抜けて、敵がその姿を現す! 見るがいい。ドスを腰だめで構えたヤクザたちが突撃してきたではないか!
ヤクザを視認したムカデ兵がバックステップで距離をとる。そして冷静にヤクザの頭に照準を合わせ、引き金を二度引いた。一発目がヤクザの頭部を抉る。左側頭部損壊! 続いて二発目が胸に命中。右肺貫通! だが、止まらぬ! 常人ならば即死するようなダメージにも関わらず、そのヤクザはドスダガーを手放す事無く突撃を継続!
ドスダガーがムカデ兵の装甲の隙間に深々と突き刺さる。ムカデ兵はヤクザの腹部を蹴りつけて、再びライフルの引き金を引いた。今度は連射だ。ヤクザの頭が吹き飛ぶ。頭部を失ったヤクザは力なく崩れ落ちる。新鮮なイカめいて痙攣しているが、今度こそ絶命した。
肩にドスダガーを受けたムカデ兵は傷に構わず仲間たちに敵の状態を知らせた。
***
「オラッ! どんどん突っ込め! 薬を飲むのを忘れんじゃねえぞ!」モムタロウが部下たちに突撃指示を飛ばす。
命令を受けた部下たちは威勢の良い返事をすると、紙片のような物を口に含み、次々と煙幕の中へと消えていった。
さきほど下級ヤクザたちの摂取した赤鬼イラストのプリントされた紙片こそが、ムサシ闇社会において今もっともホットな違法薬物「物智斬利」だ! この薬物は、使用者の神経を麻痺させ生身の肉体のリミッターを開放する代物で、感情の起伏が激しくなる副作用を持つ。現在はドラッグの素材としての使用が主だが、このように少量をストレートで服用すれば、簡単に死を恐れぬ兵士を量産できるのだ!
煙幕の中で目に付いたムカデ兵を手当たり次第に襲う下級ヤクザの姿は、さながらポップコーンムービーのハッスルゾンビめいている。
チャカガンを片手で構え、ゾンビヤクザは見つけたムカデ兵に向かって駆けた。ムカデ兵の胸に狙いを付けて引き金を引く。だが、不安定な姿勢での射撃は当然のごとく空を切る。薬物摂取によって前頭葉を損傷したヤクザは、高級サイバネに置換したムカデ兵と生身の自分との力の差を考慮する知性をすでに失っていた。
弾丸を撃ち切ったヤクザは、チャカガンを投げ捨て、ベルトに挟み込んでいたドスを抜き放ち突撃を敢行。
ムカデ兵は肩アーマーでそれを逸らし、太ももに装備した大型ナイフを順手で抜いてヤクザの顎に突き刺した。ヤクザ絶命!
生身とサイボーグ兵士。その戦力差はやはり如何ともし難いということか。いや、そうとも言えない。あちらを見ろ。二名のムカデ兵を、その二倍の数のヤクザたちが間断なく攻撃し折り重なり動きを封じ込めている。
一人を殺せばまた一人補充される。どちらが倒れるのが早いか、戦いの場は、消耗戦の様相を呈し始めていた。
***
銃声と怒声を環境音楽にしながら、小男は頭を悩ませていた。
なぜこうも予定が狂うのか。簡単な仕事のはずだった。なのにムカデ部隊まで動員した。残念なことだが、すでに今期のボーナスは期待できない。何一つ上手くいかなことが腹立たしい。すでに追加のスマートドラッグを二度服用していたが、それでも頭痛や胃の痛みは治まらない。
トモエ、トモエ、トモエ。スゴイゾトモエ。ミライノトモエ。アシタノトモエ……
懐の社用携帯端末が、トモエカミナリ社の欺瞞的イメージソングを高らかに歌い上げた。小男は五秒にも満たぬ素早さで端末を取り出して確認する。画面には非通知と表示されている。彼は眉をひそめつつ、応答アイコンをタップした。
「誰だ?」
「ずいぶんな言いぐさね。さっきまで顔を突き合わせていたと言うのに」
端末から聞こえてくるのは若い女の声。小男が雇った個人傭兵セナのものだった。
「あなたですか。こちらの番号は教えていなかったはずですが、どうやって?」
「新しいお友達が、こうゆう事得意でね。少し手伝ってもらったのよ」
「友達? まさか、あれを使ったのか⁉」言葉の意味を察した小男は、声を荒らげた。トモエカミナリ社の資産である「試作ガ號-四」は、深層ネットの探索および電子戦を目的として製造された存在だ。それを、回収業務を請け負った業者が使用するなど、明らかな契約違反だ。
「落ち着いて。それでね。一つ提案があるの」
「おかしな事を口走る前に警告しておく。貴様はすでに重大な契約違反を犯しているぞ。私が丁寧な態度を取り続けるのにも限界はある。次の言葉次第では、契約を破棄。貴様をトモエカミナリ社の敵対者だと認定する」口調がどんどんと荒々しくなる。
「あのヤクザ連中を、あたしが相手してあげる。その代わりに、報酬としてあの子を渡してもらう。どう?」
「ふざけるな! そのような事、容認できるわけがない。そもそも、たかがサイボーグ一人があれだけの人数を相手にできるものか!」今にも端末を握り壊さんばかりに手を握りしめ叫ぶ。いかに強力なサイバネを装備したサイボーグでも、圧倒的な数の前ではなすすべもないというのが通常だ。その常識を、数多くのサイボーグを利用して今まで仕事を遂げてきた小男はよく理解していた。
「それはどうかしら」だが、セナはその言葉を不適に笑い飛ばす。いったいどのような勝算があるというのか!
次の瞬間、爆音が煙幕の中で響いた。
「今度は何だ!」小男は驚きのあまり、装甲車の陰から体をさらけ出して煙幕の方を見た。
「グワーッ!」煙幕の中から、ムカデ兵が蹴りだされた。その片腕は、関節の逆側に曲がっており、ヘルメットはひしゃげている。
「グワーッ!」次に、三名のヤクザが投げ出された。いずれも肢体を叩き折られ、芋虫のように地べたを這っている。
いまだもうもうと立ち昇る煙をかき消すため、小男は装甲車の銃座についている兵士に射撃を命じた。
「ですがそれでは味方へも当たってしまいます!」兵士は仲間への誤射の危険を小男へと警告する。
「構わん。責任は私が持つ! ヤレーッ!」
「ヨロコンデーッ!」兵士が機関銃の引き金を引いた。けたたましい発砲音と共に、無数の弾丸が煙幕を切り裂いていく!
激しい銃撃により、濃密な煙幕が徐々に薄くなっていく。
「あれは、エグゾアーマー⁉」
そしてようやく煙幕の内部がうかがい知ることのできる程度にまで薄くなると、そこで小男は、ムカデ兵とヤクザ相手に大立ち回りを演じる人型のシルエットを見た!
***
セナの拳が、ムカデ兵の腹部に深く食い込んだ。柔軟性と防御力を両立したアーマーに、無数のヒビが入る。
「キエーッ!」「オラーッ!」ヤクザたちが鉄パイプを振り上げ、セナの背中と頭部を勢いよく叩く。鉄パイプは硬い音を響かせて強く震える。違法薬物があまり効いていないヤクザたちは、不思議そうに相手の肉体に叩きつけられた己の武器を見る。
各所に青いLEDのラインの走った白色の装甲に包まれた拳を、セナはムカデ兵から引き抜いた。そして地面ぎりぎりまで身を沈ませ、その場で回転。背後で驚いているヤクザ共の足を払った。二名のヤクザは受け身も取れず、コンクリの地面に後頭部から転倒、気絶した。
セナはゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す。ヘルメットの青いLEDスリットが一際強く光る。目の前から大勢のヤクザが迫る。彼女は己の身を包むボディアーマーの迎撃機能を起動させた。肩部アーマーの一部が展開、そこに収納されたダートが発射され、敵を迎撃した。鋭く尖ったダートは敵対者へと深々と突き刺さる。致命的負傷を負ったヤクザたちが次々と倒れていく。
「死ねやオラーッ!」
迎撃機能が撃ち漏らしたヤクザが迫る。アブナイ!
右太ももの装甲が展開。セナはホルスターより拳銃を引き抜き、接近するヤクザの脳天へと正確に銃弾を叩きこむ。そして左から接近する別のヤクザには、左腕装甲に秘匿された秘密ブレードで対応。そのそっ首を切り飛ばした! 何たるヒューマンフォートレス!
これをお読みの皆さまの中で、エグゾアーマーあるいはエグゾフレームという兵器をご存じの方はいるだろうか?
それは、主に大戦時に開発された装着式多目的強化外骨格兵器群の総称であった。
まずは、エグゾアーマーの生まれた経緯をご説明しよう。肉体を機械に置き換えるサイバネティクス技術の普及から数十年。前世紀に比べて人の能力は驚くほどに拡張、強化されるようになった。
それは同時に、人々が古来より繰り返してきた戦争という行為をより激化させることを意味していた。国家は、企業は、限られた資源。利権。覇権を我が物とするために、兵士の機械化を推し進め、世界を大規模な戦乱へと導いた。それからの技術発展は目覚ましく、あの世界大戦で人類の技術レベルは二百年分進化したと言われている。
戦争が激しくなると、戦いのセオリーも変化していった。ここでエグゾアーマーの登場だ。
人体の大部分をサイバネ置換した肉体を包み込み使用者を保護する大小様々な移動補助装置や武器を搭載したハイテック鎧。それこそがエグゾアーマーなのだ!
そして特殊戦隊にかつて所属していた彼女。セナ・リンゴの駆るエグゾアーマーこそは!
亡き天才科学者たちと地上に残存せし複数の人口知能が作り上げた、今は失われしロストシリーズが一騎! 全領域対応エグゾアーマー・装甲戦鬼シリーズ三番目の戦士。レックウなり!
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