第12話 デス・フロム・アバヴ!
急げ、急げ、急げ。彼は裸足のまま、安物カーペットの上を駆けた。一歩を踏み出すたびに足全体に衝撃がじかに伝わる。だが休むことはない。彼は約束したのだ。兄弟姉妹たちと。外の世界を見て回るのだと。
階段にたどり着き、彼は一歩一歩注意しながら下りた。踊り場の表示は二階であることを示している。下の階から怒声が聞こえてくる。だが少年は脱出できたことによる高揚感に後押しされ、警戒することなくそのまま一階へと降りた。安っぽい芳香剤とタバコの匂いが混じりあった臭いが少年を迎え入れる。
***
少年が逃走してから数分後、セナは電気ショックの痛みから立ち直りつつあった。テーブルに手をついて体を起こす。まだ僅かに残る気持ち悪さをこらえながら、彼女は再び監視カメラにネット接続をした。フロントの監視カメラ映像が表示される。
「クソっ」おもわず悪態をつく。映像には、ヤクザに首根っこを掴まれ今にも連れ去られようとする少年の姿が映っていた。
ほかのカメラ映像には階段を駆け上がるヤクザたちの群れが映る。今から追うとしても、ヤクザとの戦闘を潜り抜けて地階にたどり着く頃には少年はすでに連れ去られていることだろう。ならばどうする。セナは窓を見た。部屋はホテル正面、それもエントランスの真上に位置している。行く道は決まった。
セナは窓に向けて拳銃で狙いをつけた。背後からはヤクザたちの乱雑な足音が聞こえてくる。もたもたしている時間はない。引き金が二度引かれる。弾丸が窓を穿ちヒビが入る。そして間髪いれず突進。地上に向けて飛び出した。
***
「放せ! 放せ!」ヤクザのがっしりとした手を振り払おうと少年が抵抗する。だが彼のやせ細った肉体では脱出することは困難だ。勢い勇んで飛び出した結果待ち受けていた事態に、少年は歯噛みした。可能なかぎり気丈に振る舞おうとするが、凶悪なヤクザたちに囲まれ、ヤクザスラングを浴びせかけられ、体が自然と震えてくる。後一歩で自由が手に入ったかもしれない事を考えると、悔しさで目頭が熱くなった。
彼のハッキング能力は、補助電脳を使用していない者たち相手には無意味な代物だ。
少年にはなにもなす術がなかった。この場において、彼はあまりにも無力だった。
「ダマラッシェー!」ヤクザが恐るべきスラングを言い放ち、抵抗する少年を威圧した。コワイ!
「なにグズグズしてんだ。とっとと連れて行かんかい!」背後から肩で風を切りながらモムタロウが歩いてくる。彼はスムーズに仕事が運んでいる事に満足した態度だ。それはそれとして部下へのハラスメント行為も忘れない。
おお、このまま少年は連れ去られてしまうのか!?
すわ、その時!
「スンマセン。すぐ大人しくさせますんで。あん?……あっ⁉」少年を捕えていたヤクザは頭上に気配を感じて見上げた。視界一杯にブーツの底が広がる。ヤクザの顔は硬いブーツの底に勢いよく踏みつけられた。鼻骨骨折! 頬骨骨折! 顔が陥没する! ヤクザは後頭部から固いアスファルトに倒れた。その手が少年から離れる!
「ダッテメッコラー!」「スッゾコラー!」
ヤクザたちは突然の乱入者に一斉にヤクザスラングを浴びせかけた。彼らの手には遠く南米のジャングルに存在する秘密工場にて密造された粗悪なチャカガンが握られている。
「伏せて!」地上へと降り立ったその乱入者、セナは少年に向かってそう叫ぶと、愛用の拳銃を素早く振るい、ヤクザを撃ち倒していく。
負けじとヤクザたちも反撃を行う。彼我の距離は二メートルにも満たぬ超至近距離であるにも関わらず、同士討ちにもかまわずチャカガンを乱射する。
それをセナは身を低くして目の前のモヒカンヤクザに最接近することで回避。そのままモヒカンヤクザの腹に銃口を押し付けて引き金を引く。「グワーッ!」腹に風穴が空く。モヒカンヤクザは苦痛に悶え倒れた! すかさずセナはモヒカンヤクザの取り落したチャカガンを拾い上げ、背後のヤクザたちに向けて発射。弾丸が肩を裂く、太ももを貫通する。ヤクザ二名が倒れる。
「殺してやる!」背中に漢と刺繍されたジャンパーを着たヤクザが白木の柄にナイフよりも長く刀よりも短い刀身のドスダガーを構えて突撃する。
セナはそれをマタドールめいて華麗に回避。彼女を右横から狙っていた違法サイバネアイヤクザとドスダガーヤクザが正面衝突する。
三人、五人、七人と襲い来るヤクザを無力化していくにつれ、波状攻撃の勢いが弱まり、ヤクザたちはセナを中心にサークルを形成しはじめた。一人がドスダガーで突撃する。その背後から別のヤクザがチャカガンを発射。セナはドスヤクザの腕を捻り上げて弾除けの盾とする。その背後から別のヤクザが突進。それを見逃さず、セナはそのヤクザの顎を蹴り上げて無力化。空中を回転するドスダガーを器用につかみ取り、射撃ヤクザ目掛けて投擲。眉間に鋭い刃が突き立ち絶命!
〈このままじゃあ埒が明かない〉セナは残心しながらそう心の中で呟いた。彼女一人でヤクザ共と渡り合うのは実際容易いことだろう。しかし今は彼女一人ではない。護衛するべき対象が存在している。現にヤクザたちは何度もセナと少年を切り離し連れ去ろうと試みていた。このままではいずれ奴らの狙い通りに事が運ぶことになるだろう。であるならば、そうなる前に先手を打つのが良い。
「グォン! グォン! グォォォォン!」
轟くようなエンジン音が響いた。路地の合間を縫って現れた鉄塊は、膠着状況の主を救うべく、ヤクザたちに向かってその鋭い双眸でハイビームを浴びせかける。突然の眩い光にヤクザたちが怯む。エンジンがより一層激しい音を響かせた。
特殊自立駆動二輪レックウがエンジンの回転数を上げ、ヤクザたちに向けて突撃を敢行する。ヤクザたちはそれを阻止しようとチャカガンによる攻撃を行う。鉛玉が群青色のボディへと向かうが、いずれも彼女のボディを傷つけることはできない。レックウは攻撃を意に介さず、ヤクザたちを次々と跳ね飛ばしていく。
慌てふためくヤクザたちの隙をつき、セナは少年を拾い上げてその場から離脱する。バイクがヤクザたちを引き付けている間に少しでも距離を稼ぐのが賢明だ。さっそく幾人かのヤクザたちがセナと少年がいないことに気付き始めている。
セナはサイボーグ特有の理想的ランニングフォームで騒動を聞きつけた野次馬の群れの中へと消えていった。
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