第9話 特殊自立駆動二輪レックウ
工場地帯を改造バンで走行していた戦狼たちが、背後から迫る追跡者の存在に気付いたのはつい七分前のことだった。
「ベータ1、後ろから大型バイク。追手だ。数は一台」改造バンの運転手であるオメガ3が報告した。
「一人……あの場違いなやつか」ベータ1の識別信号を持つ青い戦狼は、自身のデバイスとリンクした外部カメラで追跡者を観察しながら呟いた。そして彼はさきほどの倉庫での戦闘の様子を思い返した。
あのわずかな攻防だけでも、オブシディアンヘルメットの女が高度に訓練されたサイボーグであることは間違いない。正面きって戦えば損害は免れないだろう。だが今なら数の有利がこちらにはある。手を打つならば今だ。
「オメガ3、このまま奴を振り切れるか?」
「多分難しい。あのバイク、何を積んでいるのか知らんがどんどん距離を縮めてきている」
その言葉通り、先ほどまで乗用車七台分ほどはあった間隔が徐々に狭まってきていた。
オメガ3の言葉に時間がないと判断したベータ1は、直ちに大柄の戦狼、オメガ2に命令を下した。
「2、あのバイクを止めろ」
その命令に、オメガ2は無言で従った。バンの壁に懸架されているガトリングガンを片手で持ち上げ、乱暴にバンのバックドアを蹴り開けた。多砲身の銃身がモーター駆動によって回転を始める。
***
『警告! 至急回避な』バイクに搭載されたセンサーがセナに警告を送る。セナが素早くクラッチを操作、バイクは左へと移動、紙一重で降り注ぐ弾丸を回避した。射線に侵入しないようにしながら、セナはさらにアクセルを吹かしてスピードを上げた。
再びガトリング砲の攻撃が降りかかる。セナはそれを難なく回避する。そして次の瞬間、バイクの両輪がエビのように丸まり、セナを乗せたまま跳躍した。浮遊中のバイクの左装甲がスライド、ホルスターが露出。セナはそこに収まっていたサブマシンガンを取り出した。バイクのマフラー部からジェット噴射。姿勢が安定化された。引き金が引かれる。空中で放たれた弾丸は大男の左腕装甲に音を立てて命中する。しかし効果のほどはさほどでもない。
バイクが地上に着地した。装甲やマフラーはすでに元の形に戻っている。さらに加速。バイクはついにバンと横並びとなった。バンの腹にバイクがぶつかりお互いに激しく揺れる。
おお、見よ。セナがバイクのハンドルより手を放し、驚異的バランスでバイクの背に立ち上がったではないか。一体何をしようというのか⁉
バンに再度衝撃が走る。セナが勢いをつけてバンの天板に飛び移った。そして大男の顔に蹴りが叩き込まれた。セナがバックドアの縁に捕まった状態で新体操めいてエントリーしたのだ。
バランスを崩した大男がセナに腕を引かれバンから投げ出された。アスファルトを削る耳障りな音を置き去りにしてバンは走り続ける。
侵入を果たしたセナに鋭い爪の貫手が襲い来る。それを右腕を回して逸らす。そしてセナは身を屈めて最接近。灰色の戦狼に掴みかかり壁にぶつけた。灰色の戦狼オメガ1が呻き声を漏らす。
「何だお前は!」青い戦狼が肩を怒らせながらセナを咎める。
「フリーの傭兵! お仕事募集中です!」そう言ってセナが腕を振り上げる。
二人の重サイボーグの拳がぶつかり合う。戦狼の右ストレート。セナが回避しながらカウンター気味に左フック。蛇行するバン。
「傭兵ごときが邪魔をするな!」戦狼がヤクザキックを放つ。だがバンが左に動いたためバランスが崩れ、狙いが外れる。
敵の隙を見逃すまいと、セナが両手で握り拳を作り戦狼の頭へと振り下ろす。しかし今度は右にバンが動いたため空振ってしまった。
バンが右に左に何度も蛇行を繰り返す。それによって二人はバランスを崩して揃ってバンの壁に手をついた。
「ちゃんと運転をしろ!」セナに蹴りを見舞いながらベータ1は運転席のオメガ3に怒鳴った。だが、何かがおかしい。オメガ3からの返答がないのだ。戦闘中だろうとトラブルの真っ最中であろうと常に何かしら耳障りな冗談を喚き散らす。それがいつもの事だった。しかし、敵の女と戦っている最中、オメガ3の軽口が全く聞こえてこなかった。
嫌な予感を覚えながら、ベータ1はセナの攻撃を捌きながら運転席から覗くオメガ3の肩を掴んだ。
オメガ3が苦悶の声を漏らしながら横に倒れた。両手がハンドルから離れる。彼のうなじ部分の装甲に青白いスパークが走り、灰色の煙がたった。ハッキング攻撃により彼が使用している補助電脳がショートを起こしたのだ。グレードが低いとはいえ、オメガ3の使用していた補助電脳はミリタリーモデルのミドル級ウェア。並みのハッキング技術ではファイアウォールの突破すら困難なはずだ。この攻撃者はずば抜けたスキルを持っていることは確定的に明らかだった。
運転手の手を離れたバンが緩やかなカーブを描きながら右へと逸れていく。その数秒後、オートパイロット機能が作動。バンは登録されたマップに従って道路をひた走る。
〈何が起こった? ハッキング攻撃か? だが、補助脳は全員閉鎖モードにしていたはず〉ベータ1は目の前の女敵対者にも注意を払いつつ、電子的攻撃者の攻撃ルートについて思考を巡らせた。
ネット経由でのハッキングか? 否、先ほども述べた通り、補助脳は閉鎖モードで外部ネットとは遮断している。では無線通信によるものか? これも違うだろう。バンは改造の一環で敵からの無線電子攻撃を阻害するジャマーを搭載、常に外部に向けて欺瞞情報をまき散らすよう機能していた。であれば、やはり目の前の女か? ベータ1は拳を構えなおし、改めてセナの様子を伺った。
セナが眉根を寄せて力なく崩れているオメガ3を見る。その様子から、電子的攻撃者はセナではないとベータ1は判断した。それでは、敵はどこから、どのように攻撃を加えているのだろうか? 手段が判明しない以上、ネットに接続して作戦本部へと援護要請を送ることすら出来ない。
その時、ベータ1の網膜ディスプレイに警告の表示が出現。次いで体に注入されたナノマシンを通じて脳内にけたたましいアラーム音が響いた。ハッキング攻撃を知らせるアラートだ!
ベータ1の両腕の人工筋肉が痙攣をはじめ、思うように動かない。彼は自身の体に鞭打ち必死に抵抗する。その間も補助電脳に搭載されたセキュリティソフトがハッキング攻撃者の逆探知を試みる。
「イヤーッ!」激しく震える右腕を無理やり従わせ、ベータ1が大振りのパンチを放つ。繊細さの欠片もない、体の動くままに任せたやぶれかぶれな攻撃だ。
セナが左腕甲でパンチを防御した。そしてそのままベータ1の右腕を保持、壁に叩きつける勢いを利用して右腕の関節を破壊した。
激痛を噛み殺しながら、ベータ1はセナに体当たりをして押し返した。網膜ディスプレイの端に探知完了の文字が瞬く。その瞬間、ベータ1は素早く身を翻して、バンの助手席後ろ側でベルトに拘束された状態の少年へと、左足を振り上げた。硬い装甲に包まれた足が少年の頭に迫る。このままいけば人工筋肉で強化された凶悪な蹴りが少年の頭を踏み砕き、無残な光景が出来上がるだろう。
その最悪の事態を阻止せんとセナが飛ぶ。しかし蹴りが到達する方が早い。これでは間に合わない!
「何っ⁉」ベータ1の口から困惑の声が飛び出す。彼の足は、少年の頭を砕かんと後数ミリの距離まで接近したところで、突如として静止したのだ。足は振り上げられた状態で、中空に固定された。まるでパントマイムか何かをやっているような間抜けな見た目である。
〈やはり、こいつか!〉自身の攻撃を防がれながら、ベータ1は驚きを隠せなかった。彼は、セキュリティソフトの情報に従い少年に攻撃を放ったが、ほとんど半信半疑であった。まさかこんな子供が軍用補助脳のファイアウォ―ルを突破できる存在だとは夢にも思わなかったが、今目の前で確かに攻撃を防いで見せたのだ。理由はどうであれ、この少年こそが攻撃者で間違いない。
足を上げた状態で静止するベータ1へと体当たりをしながら、セナは見た。先ほどまで眠っていた少年がその頭を上げ、セナとベータ1を見つめているのを。そしてその瞳が緑に輝き、同時にベータ1の足がおかしな方向へと曲がり始めたのを。
セナの全体重を乗せた体当たりを受け、ベータ1はフロントガラスへと頭から突っ込んだ。痛覚を遮断しているベータ1は窓から抜け出そうともがく。左腕が乱暴に振り回され、運転席周辺の機器がかき乱され破壊されていく。
ナビゲーション機能が停止。バンのスピードが落ちる。オートパイロット機能が破損。バンがコントロールを失い失速を始めた。
腰を落としてバランスをとりながら、セナは少年に視線を向けた。すでにその瞳から光は消え去り、瞼は閉じられている。時間はあまりなかった。セナは身を屈めながら素早く少年に駆け寄った。そして少年の体を縛り付けるベルトを外すと、少年を抱きかかえてバンのバックドアから飛び出した。セナはなるべく少年を自身の体で包み込む。歯を食いしばり、衝撃に備えた。その数秒後、硬いアスファルトに接触。痛みをこらえながら何度も転がり、数メートルほど移動したところで二人は静止した。
うめき声を漏らしながら、セナは頭を振って身を起こした。背後ではバンが横転して煙を上げている。敵は生きているのだろうか、それは分からない。今は一刻も早くこの場を離れ、小男と合流する必要があった。
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