第8話 逃走、追跡

 オブシディアン球体めいたヘルメットを展開装備したセナが、青い戦狼めがけて飛び蹴りを放った。戦狼は腕を交差させて防御姿勢をとる。重い蹴りが戦狼の腕部装甲に命中。セナは蹴りの反動を利用して反発跳躍し、空中で身を翻しながら戦狼の胸に狙いをつけてマシンピストルの引き金を引き絞った。装填されていた全ての弾丸が数秒で吐き出される。戦狼は回避する素振りも見せない。高速の弾丸が戦狼の胴体部装甲に命中する。


「さすがに硬いわね」華麗に回転着地をして素早く新たな弾倉を装填したセナは、忌々し気につぶやいた。戦狼の装甲は実際強固。拳銃の弾では有効なダメージを与えられない。

 セナは戦狼を見据えたまま、できる事なら少年を取り返しこの場を切り抜ける方策がないか脳内で何度もシミュレートした。だが、考えが纏まる前に敵に先手を打たれてしまった。


〈こちらベータ1。目標は確保した。いつでも行ける〉

〈こちらオメガ3。あと三十秒で到着します〉

 青い装甲の戦狼は、通信で部下を急かした。目標を確保した今、彼らの部隊がこの場に留まる理由はない。ヘッドマウントディスプレイに残りの秒数が表示される。カウントが十を切った。ベータ1は二人の部下と共に備える。そしてカウントがゼロになると同時に、唸り声をあげながら猛スピードで大型の改造バンが入場してきた。


 甲高い音をたてて急停車した改造バンのバックドアが開いた。少年を抱えた戦狼が乗り込み、続いて青みがかった装甲の戦狼が乗り込んだ。


 様子を伺っていたトモエ社の護衛たちが、今まさに自社の資産が持ち去られようとしている事態に慌てて銃の使用を解禁。次々に発砲を開始した。セナがすぐさま横に飛んでコンクリートの地面に伏せる。


 大男の戦狼がバンのバックドアを庇う形で弾丸の雨を一身に浴びた。大男はダメージどころか怯む様子すらない。彼は、護衛たちの攻撃を受けながらゆっくりと走りだした。そしてその巨木のような太い腕に力を込めて、セナが乗ってきたバンを殴り飛ばした。バンは大きくひしゃげ、回転しながら空中を舞い、何度も地面をバウンド。護衛を押し潰しながら何度も転がりようやく静止した。


 自身の攻撃の効果を確認した大男は、満足げに頷いて改造バンに乗り込んだ。直ちにバンが発進する。


「何をやっているのですか! 早く追いかけなさい!」

 逃走するバンを目で追っていたセナに、小男が大股で近寄ってきて言った。

「あたしが追いかけるの?」すっかり仕事を終えた気分でいたセナは驚きの表情で小男を見た。


「当然です。受け渡しが完了していない以上、契約関係はいまだ継続されている。貴女には荷物を再び確保する義務があります」小男はバンのタイヤ痕を睨みつけて言うと、「君たちもだ。援軍が到着しだい追跡するのです! 休んでいいのは死んだときか退職後だけだ! 愛社精神!」護衛たちに激を飛ばした。愛社精神。その響きのなんと禍々しいことか。その言葉は多くの日系企業にて遵守する規範として採用されていた。企業にとって、社員とは歯車。際限なく利益を生み出すためのパーツなのだ。


「「「愛社精神!」」」間髪入れず護衛たちも復唱する。投げられたバンに当たって腕が折れたりして大けがを負っている者までもが復唱していた。痛覚を遮断しており痛みを感じていないのだ。護衛たちは、小男の非人道的とも言える命令に異議を唱える事なく従い、働きアリめいて淡々と被害状況の確認と部隊の再編を始めた。


小男たちに冷ややかな視線を送ってから、セナは渋々バンの逃げた方向へと歩き出した。廃倉庫から一歩足を踏み出すと、季節外れの厳しい日光が照りつけた。

 セナはスキャナーを起動してタイヤ痕を調べた。タイヤの種類がデータベースからはじき出されて表示される。彼女はそこにフィルターを適応させて一番新しいタイヤ痕を判別できるように設定した。


 前方から低いモーター音が聞こえてきた。セナは顔を上げてそちらを見る。

「それじゃあ行きましょうか。いやいやだけど」そう言いながら、彼女は自身の半身たる鉄塊へと跨った。半身は喜んでいるかのようにエンジンを唸らせる。

「よしよし、いい子ね」セナは愛おしそうにその群青色のボディを撫でると、アクセルを全開にして発進した。



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