第7話 戦狼部隊
トモエカミナリ社所有の廃倉庫区画にて
右腕の高級腕時計で時間を確認すると、小男は窓ガラスを叩き、部下に扉を開けるように指示した。部下の大男が静かに車の扉を開ける。そして小男はジャケットのボタンを留めながら車を降りた。彼は部下を挟んで眼前に立つ女を見た。
「いやあ、どうもどうも。ご無事でなにより。こうして連絡をしてくださったという事は、荷物は無事回収できたという事ですかな?」小男は両腕を広げてセナに近づいた。
セナは鋭い目つきで小男を睨みつけながら、顎で背後のバンを示す。小男の護衛の一人がバンに近づこうとする。それをセナが腕を突き出し押しとどめた。
小男がセナのスムーズな仕事ぶりを褒め称える耳触りの良い言葉を並べたてる。その言葉を遮るようにセナは口を開いた。
「あれは一体なんだ」押し殺した声でセナが言った。その言葉は怒気を孕んでいる。セナの全身から殺気が漏れ出る。それに反応して、護衛がセナの前に立ちふさがる。
「どうしたのですか。何をそんなに怒っているので?」小男は分からないと肩をすくめた。
「資料には試作のハッキングツールと書かれていた。だが、ビーコンの場所にいってみれば箱には頭を改造された子供が入っている! まるで話が違う!」セナが怒鳴る。
対する小男は変わらず涼しい顔である。眉根を寄せて顎を撫でながら少し思案して彼は口を開いた。「どうやら誤解があったようですね。申し訳ない。機密扱いのプロジェクトの試作品ですので、どうしても資料に記載できる内容には限りがあるのです。ですが貴女が運んできてくださった品で間違いはありません。安心してください」小男はにこやかに言った。
だがセナの言いたい事はそう言うことではない! 子供が残酷に扱われている。企業の実験の材料にされている。そのような無法がまかり通って良いはずがないとセナは言っているのだ! だが、血の通わない巨大システムとして機能する暗黒メガコーポからすれば、そんな事はどうでもいい! なんたる無情! なんたる殺伐!
小男の部下の一人がバンの助手席を開けた。護衛は助手席で毛布に包まれていまだ眠り続けている少年を確認すると、乱暴に少年を助手席から引きずり出そうとした。その時。
「グワーッ!」一触即発の空気の中、護衛バウンサーの悲鳴が響き渡った。
その場の全員が声の方を見る。車から数歩離れた位置で腹から血を流した護衛が倒れている。少年は? 少年はどこからか唐突に出現した襲撃者とおぼしき者に肩で抱えられていた。
襲撃者は、全身を刺々しい攻撃的なデザインの装甲で包み、その顔は険しい表情の狼を模した造形のマスクで覆い隠していた。装甲の各部は白と黒でペイントされており、そのカラーリングはパトカーめいている。
「戦狼!」小男が驚きの声を上げる。色を変えて警察関係の部隊と偽装しようとも、その威圧感は誤魔化せるものではない。それはまさしくグンジャンダイナミクスお抱えの特殊部隊。第117偵察突撃部隊。通称「戦狼部隊」だった。
セナは、小男の様子から、この事態が予想外のものであることを理解した。彼女は素早くホルスターから拳銃を取り出し戦闘態勢へと移った。そのすぐ横を幾人もの護衛バウンサーが通りすぎる。
「ッダッテメッコラー!」「スッゾコラー!」護衛バウンサーたちが電磁警棒を構えて襲撃者へと接近。囲んで棒で叩く腹積もりである。
護衛の一人が電磁警棒を振り下ろす。襲撃者は半身をわずかにずらして苦も無く攻撃を回避。懐へと潜り込み、手刀で護衛の腹を貫いた。護衛死亡!
「ドッソォイ!」別の護衛が突進を試みた。だが、あと数メートルというところで突進は阻まれた。新たな襲撃者のエントリーである。
「グゥオオオォ」上半身が異様に発達し巨木のごとき両腕を持つ襲撃者が唸る。一人目の襲撃者と似た装甲を装備しているその大男は、強力な人工筋肉とモーターをインプラントした護衛の突進を難なく抑え込んでいた。「グゥウアァ!」大男が両腕で護衛を抱きしめた。その重機めいた剛力により、護衛の上半身と下半身が真っ二つにへし折られた。体の断面からはケーブルが垂れ下がり、人工血液が地面に撒き散らされる。
今度は護衛が二人同時に仕掛けた。一人が大男の足を攻撃して注意を逸らす。そしてもう一人が大男の背後に回り、延髄めがけて電磁警棒振り下ろした。いかに高度にサイボーグ化しようとも、人体を模倣する以上その構造は弱点も含めて生身とほぼ共通しているのだ。巨躯のサイボーグであろうと、体へと指令を伝達する部位を破壊してしまえばひとたまりもない。
警棒が大男の首に接触! 護衛バウンサーはすかさず電気ショックのスイッチを入れた。神経系を容易に損傷させる威力の電撃が大男に襲い掛かる!
だが、無傷! まったくの無傷! 電撃に対しての防御など当然対処済みである! 優秀な企業戦士たる戦狼には、ハイグレードのサイバネが付与される。この程度の電撃は問題なく無力化可能なのだ。
電撃が無意味であることを悟った護衛は、警棒を投げ捨て右腕を突き出した。前腕の甲が開き、腕の内部に隠されていたショットガンが姿を現す。装填されたスラグ弾であれば間違いなく大男の頭部を吹き飛ばせるだろう。護衛は論理トリガーを引いた。ライフルの銃声が響いた。
護衛のショットガン腕がはじけ飛ぶ。次いで右腕を失った護衛の額にも大きな風穴が空いた。少年を抱えている戦狼の攻撃ではない。ましてや大男の戦狼など位置的に明らかに無理だ。これは、そう、まったく予想外の方向からの攻撃であった。それが示すところはただ一つ。新たな敵のエントリーだ!
セナは拳銃を倉庫の天井に張り巡らされている鉄骨の一つに狙いをつけて三回引き金を引いた。弾丸が見えない何かに命中。音を立ててあらぬ方向へと跳ねとんだ。次の瞬間、弾丸の当たった空間がぐにゃりと歪み人の形をとり始めた。光学迷彩である。シルエットは周囲に弱いスパークを纏いながら鉄骨から飛び降りた。
セナは護衛が撃たれた瞬間、己のサイバネアイに搭載されたスキャナーのサーモグラフィを起動していた。そして護衛の撃たれ方から天井の鉄骨の辺りからの攻撃だと予想して、周囲と比べてわずかに温度の高い空間を発見。その空間にむけて銃撃を加え、敵の位置を看破したのだ。
地上に着地したシルエットが段々とその輪郭をはっきりとさせてゆく。狼めいたフェイスに青みかかった装甲の新たな戦狼が姿を現した。
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