第6話 箱

 気を取り直したセナは、倉庫内の気配を探りつつ歩みを進めた。人の気配はない。倉庫内には大型のコンテナトレーラーが停車している以外は何もなかった。トレーラーを牽引するべきトラックすらもない。


 セナはコンテナに近寄り周囲を調べた。そしてどこからかぼそぼそと話し声が聞こえてくることに気づいた。話し声の聞こえてくる方を見る。コンテナの扉が開け放たれ、光が漏れ出ていた。セナは足音を殺して光の方へと向かう。近づくにつれてはっきりと話し声が聞こえるようになってくる。コンテナの扉のすぐそばに到達したセナは、扉で姿を隠しながらコンテナの中を伺った。


「まったく、奴らとんでもないものを作ったものだ。なあ、君?」白衣を着た中年男性の呆れた声が聞こえる。


「はあ、そう、なのですか。私にはよく分かりませんが、博士がそうおっしゃられるのならばそうなのではないかと」護衛らしきグンジャンの兵士が曖昧な返事を返す。


「分からないなら別にいい。気にしないでくれ。話を聞くだけでいい。君はあれの中身を見たかね?」


「いえ、私にはそのような権限は与えられておりませんので」

 兵士の返答に博士はため息をつく。


「その方が良い。あれははっきりいって生命の冒涜だよ」パイプ椅子に腰かけ、博士は深くため息をつく。


「そうですか。あの、博士のお調べになっている箱の中身とは何なのですか? それほどにおっしゃられるとは余程の物が?」兵士は自身の守っているものについて興味を抱き、博士に尋ねた。


「は? あれが何かを知りたい? ふざけているのか⁉」だが、博士が兵士の質問に答えることはない。「君が知る必要はない! 我々はお友達じゃないんだ。とっとと見回りにいきたまえ!」突然に癇癪を起した博士は怒鳴り散らし、兵士をコンテナから追い出した。あまりにも精神が不安定。博士は肩を喘がせながら、懐から取り出したピンクの錠剤を二粒口に放り込み、そのままかみ砕いた。


「あん?」紫の錠剤をかみ砕きながら、博士はコンテナの扉の方を見る。その目は暗く淀み、濃い隈があった。コンテナ内の白色電灯によりそれらがより際立つ。

「誰だ? ここの警備員でもグンジャンの人間でもないな」博士は動揺することもなく目の前に立つ侵入者に向けて言った。


「おこんばんは。静かにしてもらえるかな」ボイスチェンジャ―によって変換されたエコーがかった声。顔全体を覆う磨き上げられたオブシディアン球体めいたフルフェイスヘルメットを装着した女がそこには立っていた。セナ・リンゴだ。


「何だ。ただの盗人か」博士がつまらなそうな態度をとり、今度は緑の錠剤をかみ砕いた。


「盗人とはずいぶんな言い草ね。おたくの会社が先に盗んだんでしょうに」セナが肩をすくめる。

「ふん、まあいいさ。目当てのものはそこにある。早く持っていけ」投げやりな態度で博士はコンテナの奥を指し示す。


 科学者の言動と態度に、セナは肩透かしを食らった気分になった。怯えるでも抵抗するでもなく、早く荷物を持っていけという態度に、セナは何か引っかかるものを感じた。


「あー、そう。じゃあ貰っていくわよ」セナは博士の示した方へと進み、そこで四角い箱を見つけた。箱の蓋や側面には小型ディスプレイが備え付けられており、そこには「試作ガ號‐四」という個体番号らしき番号が表示されている。


 箱に手を付ける前に、セナは網膜ディスプレイでビーコンを確認。そして識別信号の位置と番号から、目的の荷物は眼前のメカニカルな棺で間違いないと判断した。


「君はそれの中身を知っているのか?」博士がセナに質問を投げかける。その声色には恐れが滲んでいる。箱の中身、そしてそれを作り出した者への恐れだ。


「いいえ、知らない」


「そうか。なら見てみるといい」博士がポケットからリモコンを取り出し操作をした。箱のディスプレイに緑色の開錠という文字が表示されると、蓋が音を立てながら左右に分割、中身が露わになる。内部に充満していた冷気がコンテナ内に流れ出す。


 箱の中身を覗き見たセナは、ごくりと唾を飲み込んだ。


 それはあまりにも予想外の代物だった。荷物などどうせテック部品か何かだと思っていたセナだが、これには驚かずにはいられない。これはあまりにも惨い。少年だ。少年が箱の中に横たわっているのだ。青白くなった肢体。そのあちこちにバイタル測定用の電極や栄養を流し込むためのチューブが装着されており、さらによく見れば少年の後頭部全体がサイバネ置換されていた。そのどれもが子供に対して行う処置ではなかった。


「なんだ、本当に知らなかったのか」


「これは…これは何なの」セナは少年から目が離せなかった。少年の薄い胸板が浅く上下している。まだ生きているのだ。


「トモエの発明品。生体コンピューターか何かだろうさ」その使用目的など考えたくもないといった様子で博士は頭を振った。


 とにかくこの少年を連れ出そう。それが仕事だ。セナは深呼吸をして混乱する己を何とか落ち着かせた。そして少年の体からチューブや電極の類を取り除くと、慎重にその小さな体をメカニカル棺から出した。

 少年の体は驚くほどに軽く、筋肉がひどくやせ細っているのがわかった。満足に歩けるかどうかも怪しい様子だ。


 少年を抱えた状態で、セナはコンテナを飛び出した。そしてコンテナの陰で倒れる兵士を見やる。まだ気絶したままである。この兵士は、セナがコンテナ内に侵入するために締め落とされて転がされていたのだ。


 セナは乗ってきた車へと急いだ。目的物を確保した今、企業倉庫敷地内に滞在する危険性が跳ね上がっていた。一秒でも早くこの場を脱する必要がある。少年を抱えた状態を発見されれば無警告での攻撃は免れない。セナは駆けた。静かに、慎重に、確実に。



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