桜の巫女

 それから、一年が経った。

 今私は、町娘の格好をして城下のみんなと共に桜の巫女の登場を心待ちにしている。十数年に一度催される桜祭りがあるということで、特別に松と共にお忍びで見させてもらえることになったのだ。


「姫様、くれぐれも私から離れて自由に動き回ったりしないでくださいね」


「分かってる。……それに、この人の多さじゃ動き回りようがないじゃない」


 桜の巫女の舞を見ようと、みんなぎゅうぎゅう詰めになりながら前へ押し寄せている。比較的見やすい位置にいる私と松は一歩も身動きできない状態だ。

 松が言うには、この桜祭りの日に行われる巫女の舞と儀式は単なる見世物ではなく、この辺りの桜の生命に関わるとても重要なものなのだそう。


「十数年に一度しかないですからね……桜も、今年はいつも以上に多く咲き誇っている気がします」


 松の言葉に、桜の巫女が舞う場所の周りを取り囲む桜の木達を見上げる。緩やかな風に乗って舞い散る花びら。そこで巫女が舞うのを想像するだけで、さぞかし美しい光景なのだろうと呆けてしまう。

 そのうちに、何の前触れもなく巫女装束を身にまとった少女が足音を立てず静かに私達の前へやって来た。

 場の空気が一瞬で静まりかえる。誰もがその場に現れた桜の巫女に釘付けになっていた。

 お面をつけているから、顔が見えない。でも、その身のこなしは気品に溢れ、手足の先から風になびく黒髪まで神秘的に思えた。

 一呼吸の間を置いた後、桜の巫女は舞い始める。まるで、桜の波に身を任せるようにしなやかに。

 桜の花びらが巫女の周囲を取り巻いたところで、巫女はお面を外した。

 その途端、私は雷に打たれたような衝撃を覚えた。お面を取った少女の顔は、間違いなく幼い頃からずっと忘れられずにいたあの子だったのだ。

 しばらく呼吸すら忘れて彼女に見入っていると、そんな私の耳にしわがれた声が飛び込んでくる。


「一度きりで見納めとは、毎度思うことじゃが儚いのう……」


 独り言のようだけど、妙にはっきりと聞こえてきた。


「見納め……?」


 首を傾げる私に、松が説明してくれる。


「桜の巫女様は桜祭りで行われる舞を終えると、存在ごと消える運命なんです」


 あの子が、消える……?

 衝撃で言葉も出ない私に、松はしみじみと続けた。


「桜祭りが終わるとすぐ、巫女様は存在を消す儀式を行うらしいです。桜祭りの主役は巫女様と言っても過言ではないのに、その存在が今日で消えてしまうなんて、先程のご老人が言っていたとおり儚いですね……」


 どうにも受け入れがたくて、見とれるだけだった彼女の舞も今は胸がざわつく。

 そのうちに、数刻に及ぶ舞が終わった。桜の巫女は私達の前から去っていく。

 遠ざかっていく彼女の後ろ姿を見ていたら、身体が勝手に動いていた。


「ちょっと姫様!どこへ行くんです……!?」


 背後に響く松の声は聞こえていたけど、足を止める選択肢はない。だって、今を逃したらもう二度と彼女と会えなくなるのだ。

 それが覆すことの出来ないしきたりや決まりなのだとしても、私が絶対に彼女を消えさせたりなんかしない。

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