桜の巫女とお転婆姫

星乃

お転婆姫

 やっぱりいない……か。

 ため息をつくと、頭上に舞う桜の花びらをそっと手のひらで受け止めた。

 私には忘れられない人がいる。五つの頃、城を抜け出した時に桜の下で見かけた同い年ぐらいの女の子。

 舞い散る桜の花びらの中で瞳を閉じ、佇む姿は思わず見とれてしまうほどに綺麗だった。美しいという言葉はこの子のためにあるんじゃないかと思うほどに。

 その後、結局侍女やお付きの人がいないと城外へ出ることを許されず、あの時声をかけなかったことを酷く後悔した。


「姫様……!もう、あれほど私の側から離れてはなりませんと申しましたのに……」


 侍女の松が息を切らしながら私を睨む。


「わざとじゃないって。ただ……どうしても桜が見たくなって」


 あの子に会えるのではないか。そう期待して彼女を見かけた桜の前に来た。

 でも、どこにも見当たらない。桜の季節には出来る限りここに足を運んでいるのだけれど、あれ以来見つけることは出来なかった。


「それなら、何も私が目を離した隙に行ってしまうことないじゃないですか。いつものことですが、あまりおはしゃぎになられないように。そんな風だから、お転婆姫だなんてあだ名が出回ってしまうんですよ」


「別にいいじゃない。その通りなんだから」


 あっけらかんと言う私に松は盛大なため息をつく。

 子供達に交じって一緒に遊んだり、城の敷地内を走ったりしていると、松はいつもこんな反応をする。

 城での生活は城下に住む人々より良いものなのかもしれない。だけど……私にとってはとても窮屈だった。


「姫様はいずれお父上の決めたお相手のもとへ嫁がなければいけないんです。もう少しお淑やかな振る舞いというものを身につけてくださいな」


「そんな自分の意思と反することには従うつもりはないわ」


「何故そのようなことをおっしゃるのですか?その方が姫様もきっと幸せになれると――」


「私はそうは思わない。だって、自分の幸せは自分でつかみとるものだもの。それに私は……迎えられるんじゃなくて、この人だと思った人を迎えに行きたい」


 そう言いながら思い浮かべていたのは、もちろんあの子の姿だ。

 松が頭を抱えていると、どこからか若い男女の会話が聞こえてくる。


「ねえ、桜の回廊伝説って知ってる?」


「桜の回廊伝説……?」


「桜の季節、稀に思い合う二人の前へ突然現れる桜の回廊。とても綺麗で、その先へ行けば二人は永遠に結ばれる……だけど、どこへ辿り着くかは分からないらしいの。渡るか渡らないかは二人次第」


「へー、初めて聞いたけど何かいいな」


「そうかな、私はどこへ辿り着くか分からないのは少し怖いよ……」


「怖くないって。お前には俺がいるんだから」


 静かに二人の影が重なった。これ以上は野暮だと思い、向けていた視線を逸らす。

 もし私がそういう状況になったら、どんな選択をするのだろう。あの子が立っていた場所を穴があくほど見つめてから、松に連れられるまま城へと戻った。

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