第13話

 気がつくと首がくっついていた。

 そこはホームセンター。

 俺は床に寝かされていた。


「よう、あと何機だ?」


 アウトドア用の折りたたみ椅子に座った王が俺に聞く。


「記憶がないのか。腕を見て見ろ」


 腕を見るとタトゥーが彫られていた。

 999。

 それを王に見せる。


「どうやらアンタ、まがつ様のお気に入りのようだな。苦しめて壊してから化け物に変えるつもりらしい」


「そういうことかぁ……」


 ようやくわかった。

 志賀と同じ状態だ。

 狂った方の志賀が残機の話をしていた。

 そうか。

 こういうやり方か。

 プレイヤーを再利用してない……それは間違いだった。

 因果を曲げて、時間や空間を曲げて、記憶すらも改ざんし、俺たちを再利用している。


「王さん、俺は何週目だ?」


 999が上限なはずがない。

 もっと多く周回してるはずだ。


「わかるはずがない。俺だって自分の周回数はわからん」


 ホームセンターの外には鎌を振り上げたおばちゃんが歩いていた。


「俺の中じゃ1デスなんだけど」


「俺は30程度だな。じゃあ情報を共有しようか。俺はおまえらを追い出さない展開を10回繰り返した後、おまえらと団地に入ってすぐ双子に殺された」


「待て……待ってくれ! 10回?」


「チュートリアルでの死が2回。引き留めようとした俺に殺されたのが1回。説得中に順子に後ろから刺されたのが1回。店の中で女子高生にメッタ刺しにされたのが1回。ここにたどり着く前にプロレスラーと死体になってやって来たのが5回か。俺が知ってる範囲じゃ。あと返してやろうとして20回は死んでるぞ」


「殺すなハゲ」


「先に武器を抜いたのはおまえだクソガキ」


「ちょっと待て。放送を聞いたら呪われるんじゃ」


「一回目で聞いたんだろ」


「パイセンはどこ行った?」


「まだリスポーンしてないから前の周のが生きてるだろ」


 そう言うと王は立ち上がる。


「来い。メシでも食うぞ」


「あん?」


 そのまま駄々をこねて動かないのもガキみたいだ。

 言われるとおりに王の後をついていく。


「ホードがないときは商店街がやってる」


「嘘だろ」


 ホームセンター近くの商店街は王の行ったとおりやっていた。

 村人が何人もいてショッピングを楽しんでいる。

 そのうち一軒のカフェに入る。


「いいいいいいいい、いらっしゃいマセ。ゴゴゴゴ、ごうちゅうもん……ワ……」


 どう見ても壊れた女がカウンターにいた。

 髪はボサボサ、目は虚ろ。

 言葉もどこかおかしい。


「魂が壊れてまがつ様から戦力外通告を受けたやつだ。コミュニケーションは取れないがルーチンワークはできる」


「大丈夫なのか?」


「味がおかしかったためしはない。それにどうせ死んでもリスポーンする。壊れない限りはな」


 BLTサンドとアイスコーヒーを頼む。

 普通のが出てきた。

 食べていると嫌な妄想が頭をよぎる。


「なあ、王さんさあ。政府が知ってるってのは?」


「知ってるし人も入れてる。セカンドライフを失敗したアスリートや軍人は案外多い」


「嘘だろ……」


 俺が驚いているとスーツの男が近づいてくる。

 30代。

 細身に見えるが首の太さからただ者じゃないのがよくわかる。


「やあ、こんにちは」


「ちわっす」


 一応挨拶すると男は俺たちのテーブルに座る。


「空手道人武館の神崎と申します」


「政府の犬だ」


 王が一言で終わらせた。


「空手道人武館の神崎にして政府の犬の神崎です」


「人武館」


「おやまあ……やはり私は戻れない運命のようですねえ。2020年代からの来訪者さん」


「ああん?」


 すると神崎は袖をめくって手首を見せる。

 そこには「∞」と書いてあった。


「無敵?」


「違いますよ。私は運営スタッフ。まがつ様に下ったものです」


「運営サイドなのに政府の犬?」


「ええ、政府の犬で運営スタッフです。日本政府は倒す方法がわからない相手と共存するつもりなんですよ。少なくとも昭和64年からは」


 勘のいい俺は気づいてしまった。


「神崎さん……昭和64年からここにいるの?」


「ええ。まがつ様が村人を皆殺しにしたことを調査しに来てからずうっといますね」


「神崎さん……いくつ?」


「普通に年を重ねたら60代でしょうな。定年退職もさせてもらえません」


「それでなにか用?」


「ええ、まがつ様はたいへん喜んでおります。『こんなに興奮したのは久しぶりだ。さっさと俺を見つけろ』と仰っておられます」


「へえ、なんかくれるの?」


「いいえ。ですが『雑魚に首落とされたの最高に笑えた』と励ましの言葉を頂きました」


「……それ俺に伝える必要ある?」


「ありませんな。なので私から。あの娘たちはかわいそうな子たちです。次は優しく殺してあげてください」


「……かわいそうなことを知ってる?」


「ええ。いまから30年ほど前に真相近くまでたどり着いた男がいました。ですがその男はあきらめ、まがつ様の奴隷になることを選びました。私は応援してますよ、あなたを」


「へえ、それじゃあ、あの子たちの情報くらいくれるんだろ?」


「いいですよ。あの娘たちは生まれながらの淫売です。そういう目で私を見ないでください。私の時代ではまだいたんですよ。クズみたいな親が自分の子どもを売るなんてのはね。いや2020年代でもたまにあるって聞いてますが」


「そういうのは聞きたくない」


 やめろ。マジでやめろ。

 そういうのだけは聞きたくねえんだよ!


「いいえ、あなたには知る義務がある。あの娘たちは初めて客を取らされ撲殺されてから全ての人間の死を望んでいます。ええ、日本人……いや人類の絶滅を望んでます」


「俺になにを望んでいる?」


「殺してやってください。もう私ではできませんので」


「報酬は?」


「裏切って差し上げますよ。ああ、ご心配なさらず! 裏切りは、まがつ様との契約に含まれておりますので!」


 変なやつに目をつけられてしまった。

 俺は吐きそうな気分だった。

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