第12話

「ちっとヤニ補充するぜ」


 志賀がウンコ座りしてタバコに火をつけ吸い始める。


「ん」


 俺にタバコを差し出してくる。


「いらん」


「なんだつまらねえやつだな、高校生だろ?」


「大学生だ。吸ったことがねえっての」


「ほんとつまらんやつだな。俺が高校生のころはたいまくらいキメてたぞ」


「本当は酒飲みながら話したいとこだが……なあ、おまえ、名前なんだっけ?」


「あんだよ、多聞、多聞和也だ」


「オーケー、オーケー、カズピーね」


「なれなれしいな!」


「気にすんなって。どうせ俺たち死ぬの時間の問題だし……なあ、カズピー、あのJKとヤッたのか?」


「頭かち割るぞてめえ」


「ギャハハハハ! 学生からかうのはおもしろいなあ。んでよ、ここからが大事な話なんだけどよ、おまえら呼んだの誰?」


「美海が行方不明になったから来たんだっての」


「本当に?」


「なにが言いたい?」


「カズピーさ、まがつ様に会ったことある?」


「ないな。今のところ。会ったら殺すけどな」


「なあ、カズピー。魔王に世界の半分をくれるって言われたらもらっちゃう?」


「どうせ罠だろ。問答無用で殺す」


「あ、そう。じゃさ、なんで殺そうと思ってるの? この村から出て一生関わらないって選択肢もあるんじゃないの?」


「ああん?」


 そう言われれば……なぜ俺はまがつ様を殺そうと思ってるんだ?

 俺よりも強いやつなんて世界にはいくらでもいる。

 俺がやる必要はない。


「出られない。出たら死ぬ。だけど、まがつ様はなんでもできる。オーケー?」


「お、おう。つまり出してくれって言えばいいってことか?」


「そうそう。交換条件はあるがたいていのことは叶えてくれるぞ」


「その交換条件、条件満たして円満に出て行ったやつはいるのか?」


 志賀はにやあっと嫌な笑みを俺に見せた。


「7階に行く前に6階に行ってみ。質問の答えがあるかもよ。はー、ヤニパワー充填っと。んじゃ俺行くわ。あ、おまえはエレベーター使え」


 そう言って立ち上がると志賀は階段で上に行ってしまった。

 自分が殺した男との会話。

 すでに俺は頭がおかしくなってしまったのかもしれない。

 俺はエレベーターのボタンを押す。

 言われたとおり6階のボタンを押した。

 ドアが閉まると明かりが消える。

 バンバンッと血の手形が浮かぶ。


「来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな」


 と血文字が浮かぶ。

 最初こそびっくりしたが、二度目になるとなんの感想もわかない。

 6階に止まったエレベーターが開く。

 エレベーターを降りる。

 今度のフロアは図書館だった。

 図書館と言うと、オシャレな内装のものを思い浮かべるかもしれない。

 だがここはそんな大層なものじゃない。

 木造の部屋に棚がいくつもあって乱雑に書類が収められている。

 図書館ではなく資料館かもしれない。

 まずは法律のコーナー。

 昭和の六法全書がある。

 後の抵当権消滅請求、滌除の項目がまだある。

 近くには昭和のS県法規集。

 条例が書かれてるやつだ。

 読む必要はないな。

 俺は奥に進む。

 小説のコーナーを抜けると机があるスペースに出る。

 昭和の世では学生がここで勉強していたのだろう。

 そして机の一角に妙なものを見つけた。


「ああん? これ……俺の字だ」


 小さな黒板があった。

 そこに俺の字で「読め」という文字と下向きの矢印が書かれていた。

 ここに来たのは初めてのはずなのに。

 矢印の先にはスクラップブックがあった。

 バブル時代の記事の切り抜きが貼り付けられている。


「骨砕村。地上げ問題」


 ああん?

 地上げ、滌除、増価競売、暴力団、保険金殺人……。

 この骨砕村の問題がいくつもスクラップされていた。

 簡単にまとめるとバブル景気で原野商法が横行。

 当時は原野でも住宅予定地って書いておけば値が上がった。

 そこを投資用に買った人がかなりの数いたわけだ。

 そしてバブル景気のさなか、二束三文の土地だった骨砕村に本当に駅と半導体の工場が来ることになった。

 それにともない地価が上昇。

 紙の上での宅地予定地が本当にニュータウンになったわけである。

 大量の新規移住者。

 建設作業員や商店の従業員も大量にいたのだろう。

 そして団地の造成のために神社がつぶされる。

 まがつ様はその神だった?

 これはクエスチョンマークがついてるな。

 とにかくすべてが変わったわけだ。

 その中で、暗躍するヤクザ。

 当時は本当に恐ろしい存在だったらしい。

 昔からの住民が何人か殺されたようだ。

 だけどバブル崩壊によって村に終わりが来た。

 開発は中止、工場は撤退。

 逃げられるものは真っ先に逃げ、老人と弱者と犯罪者だけが残った。

 あとは保険金殺人に強盗に……弱者が弱者を食い物にする地獄の村なったわけだ。

 そして誰が望んだのか、まがつ様が降臨したと。

 でもなぜ日本に?

 国家自体が崩壊した国がいくらでもあるだろ。

 だとしたらまがつ様は元からいた説の方が説得力がある。

 意味がわからん。

 さらにページをめくる。

 児童虐待の記事だ。

 いまですら死ぬまで事件にならないのだから、昭和の世で記録が残るのは珍しい。


「結構死んでるな……」


 毎年数人死んでいる。

 事故じゃない虐待でだ。

 それも内容が普通じゃない。


 餓死、焼死、死体損壊、激しい毀損、長期間にわたる拷問。


 バラバラ殺人くらいなら普通。

 子どもがそこまで憎かったのかという内容の凄惨なものばかりだ。

 生け贄にでもされたのか?

 とスクラップブックをめくる。


 祭事の項だ。

 生け贄を捧げる儀式が書いてある。

 ああん? 子どもの腹を割いて犬に食わせるだあ?

 頭おかしいだろこの村。

 さらにスクラップブックをめくる。

 俺の字だ。


「なぜおまえは化け物に勝てる?」


 ……あん?

 そりゃ武術やってるからだろ?

 わかった。

 こりゃ精神攻撃だな。

 バカバカしい。

 スクラップブックを閉じて外に出ようとした。

 すると図書室に誰かが入ってくる。


「姉様。誰かいる」


「妹よ。侵入者です」


 それは二人組の少女だった。

 髑髏柄の和服を着ている。

 って遊女の格好かよ。

 頭は昭和のワカメちゃんカットじゃなくてボブに近い。

 顔は同じ顔に同じ髪型。

 厚塗りの化粧をしている。

 双子かもしれない。

 化粧をした顔はなんとなく気持ちが悪い。

 香水の香り?

 いや違う。お香のにおいだ。

 アジアの……いや、アダルトショップや夜中までヤンキーがいる総合ディスカウントストアのにおいだ。

 その目は男を値踏みするような……。

 ガキを性的対象として見ることを前提としているような気持ち悪さだ。

 怪物の方がまだマシレベルで気持ち悪い。

 話しかけたくない。

 だからわざと明るく話しかける。


「おう、おっす!」


「排除します」


 俺が手を上げると、姉の方が手を払った。

 ごろんと視界がひっくり返る。

 あん?

 俺の首……落ちたんじゃね?

 そのまま俺は意識を失った。

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