第9話

 外に出る。

 薄暗い通路があった。

 吹き抜けになっている通路。

 空を見るが星一つ見えない。

 通路の横には子ども用の小さな自転車や車輪のついた古いスケート靴。

 子ども用の足蹴りカーが放置されていた。

 スケート靴には「しんじょうともみ」と名前が書かれていた。

 全体的に状態は悪く金具は錆びている。

 外装には黒くて細かいホコリが積もっている。

 スケート靴を置いて上を見ると蛍光灯がチカチカ明滅していた。

 おかしい。

 蛍光灯はどんなにがんばっても15年程度しかもたないはずだ。

 40年近く前に放棄された団地の蛍光灯が動くはずがない。

 だれか管理しているものがいるのだろうか?


「きゃはははははは!」


 遠くで子どもたちの遊ぶ声が聞こえる。

 あり得ない。

 この手の団地は都内でも年寄りしかいない。

 若い世帯はもっと新しい物件にいる。

 高齢化した団地や過疎の村にある終わりのにおいがしない。

 それが逆に気持ち悪く感じられた。

 廊下を進むと光が漏れていた。

 格子で守られた窓が半分空いている。


「打ったああああああああああッ!」


 ノイズだらけの野球のナイター中継の音声。

 テレビを見ながら食事をする家族の姿。

 大人が二人に子どもが一人。

 ただそれらは化け物だった。


「あああああああああ! 負けた! 負けたあああああああ! XXが負けたああああああッ!」


 合成された音声のような不自然な声がする。


「おまええええええええええええッ!」


 大人が子どもに殴りかかる。


「あなたやめてええええええええッ!」


 もう一匹が割って入り子どもをかばおうとするが二人とも殴られる。


「おまえらのせいで! おまえらのせでおれはああああああああああッ!」


 顔を殴り腹を蹴る。


「殺してやるッ! 俺の人生を邪魔するおまえらを殺してやるッ!!!」


 獣のような咆吼。

 そして悲鳴が響いた。

 次の瞬間、明るかった部屋が暗くなり怪物の姿が消えた。

 部屋の中は朽ち果て、その真ん中でミイラが首を吊って揺れていた。

 しばらくするとずるっと下半身が落ちて子どもの笑い声が響いた。


「神は俺になにを見せたかったんだ?」


 一見すると意味深。

 子どもが死んだと言いたいのだろうか。

 こちらと対話する能力があるのに本音が言えないのか?

 前に進むと階段とエレベータがあるのが見えた。

 どこの棟にいるかもわからないのに、とりあえず7階を目指すか?

 それとも下に降りて四号棟を探すか?

 とりあえず俺は吹き抜けの下を見た。

 下に人影が見えた。

 懐中電灯を持ったザウルス志賀が歩いているのが見えた。

 下だな。

 少なくともザウルス志賀が無事に歩いている。

 精神攻撃もなさそうだ。

 俺もいいかげん意味深な演出にうんざりしていた。

 階段に行くと『3』の案内板の下に首のない子どもがいた。

 幼稚園生くらいの背丈で水色の幼稚園服。

 小さなカバンを肩からかけている。

 なぜかセピア色で新聞の写真みたいに見えた。

 殺気は感じない。

 俺をいますぐ殺そうとする感じはしない。

 その子はエレベーターを指さしていていた。


「上? 下?」


 尋ねてみると上を指さした。


「七階?」


 子どもは指でオーケーマークを作る。


「ありがとう」


 俺はザウルス志賀を追うのはやめてエレベーターのボタンを押した。

 ガリ、ガリリリリリと金属のきしむ音をさせながらエレベーターが俺のいる三階に上がってくる。

 二階に到達すると三階の廊下の照明が一気に消えた。

 エレベーターのところの照明だけは無事だった。

 俺は子どもを見る。

 胸の名札に名前が書いてあった。


『あいざわしょうた』


 あの部屋の住民、しょうたくんのようだ。

 そうか。

 そういや部屋にロボットのシールが貼ってあったな。


「しょうたくん、ロボット好き?」


「うん」とうなずいたような気がした。


「今度持ってきてやるよ」


『ありがとう』と声が聞こえた気がした。

 脱出して次来るときはサッカーボールも持ってきてやろう。

 野球は怖いだろうから。

 エレベーターが来た。

 俺は乗り込み『7階』を押す。


「じゃあなしょうたくん」


 しょうたは手を振って俺を見送った。

 エレベーターのドアが閉まる。

 ドアが閉まるとガタンと揺れた。

 すると血の手形がバンバンと浮き上がる

 そして壁一面に血で『偽善者』という文字が浮かび上がった。

 偽善者偽善者偽善者偽善者偽善者偽善者偽善者偽善者偽善者偽善者!!!


「ケチケチすんなよ、まがつ様」


 俺がそう言うとエレベーターの照明が消えた。

 こんな狭いところで殺し合いは面倒だなと思い刀を握る。

 だが次の瞬間、電灯がつき血文字も手形も消えていた。

 7階に止まる。

 7階を出るとそこは商店街が広がっていた。

 団子屋に焼き鳥屋に肉屋に魚屋。

 首のない人間たちが売り、首のない男女が買っていた。

 なんだろうか、この違和感。

 ああ、そうか。

 スーパーマーケットやチェーン店がないのか。

 そういや村の商店街も変だった。

 まるで都会を知らない人間が考えた都会のような。

 だから地方都市の出来損ないになっている。

 ハイブランドや地方のアンテナショップ、家電ショップなんて思いつきもしないのだろう。

 つまりここは、数十年前の子どもが考えた都会だ。

 少し歩くとおもちゃ屋があった。

 中に入る。

 俺も自分の行動がおかしいことは自覚してる。

 だがなぜか……やらねばならないという気がしていた。

 中に入ると痩せた男が店番してた。

 といっても首から上はないが。

 たぶん店主だろう。


「おっちゃん、この金使える?」


 1万円札を出す。

 デザインが変わっていたら使えない可能性がある。

 店主は指でオーケーサインした。


「あざっす」


 俺は店の中を見る。

 とりあえずロボットのソフビをいくつか取ってレジに置く。


「サッカーボールある?」


 店主が指さした方にサッカーボールがあった。

 子ども用らしく柔らかい素材でできている。


「しょうたくんのところに配送とかできる?」


 質問すると手を振って嫌がった。

 しかたないのでリュックサックに全部入れる。

 結構膨らんだがまあいいや。

 俺は万札でおつりをもらって外に出た。

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