第10話

 昭和のお金でおつりを受け取り奥に進む。

 焼き鳥屋からいい匂いがする。

 ……だけど食べものはやめておこう。

 黄泉戸喫よもつへぐいだっけ?

 パイセンがいればわかるんだろうけど、俺じゃうろ覚えだ。

 たしか死者の国の食べものを食べると戻れなくなるというのを聞いたことがある。

 やめておいた方が無難だ。

 ……いい匂いだな。

 ……いやいやいやいや。

 なに考えてるんだ俺!

 腹を鳴らしながら商店街を抜ける。

 商店街を進むと神社の参道に抜けた。

 神社では祭りが行われている。

 道の両側に屋台が出てる。

 どれも首ない人がやっている。

 金魚すくい、亀すくい、ヒヨコ、うずらまで売っている。

 やたら生き物系が多い。

 ヒヨコは染料で毛が染められていた。

 値段も100円から500円。安い。

 買う気にはならんが。

 それにしても702号室どころか4号棟すらわからなくなった。

 下に降りた方がまだマシだったか?

 だが嘘をつかれたような気はしない。

 なにか意味があるに違いない。

 少なくとも背中のおもちゃがほしかっただけではないだろう。

 でも子どもだからなあ。

 なにもなければエレベーターで三階に帰ればいいか。

 ぼやきつつ鳥居をくぐる。

 すると空気が変わった。


「なるほどね」


 空を見上げる。

 星の代わりに巨大な目がいくつもこちらを見ていた。

 なんだか底知れぬ恐怖が一瞬、体を駆け抜けた。

 そもそも武術というものは恐怖をコントロールする技術だ。

 まるで心臓を鷲づかみにされてるような……。

 複数人に押さえつけられて腹を割かれる寸前……という状況でもなければね。

 よく観察し、敵意があるか、怒ってるか、次になにをしてくるか?

 それを予測せねばならない。

 まあ理想論だが。

 俺は巨大な目を観察した。

 敵意はない。

 ……と思うがわからない。

 小さな生物がなにかしてるのを観察してるような気がする。

 目が合った。

 手を振ってみる。

 反応があれば、俺たちをある程度認めている存在だ。

 だは目は興味なさそうに無感情なままだった。

 昆虫がなにしようが学者でもなければ「へえ」で終わりだよな。

 まがつ様がそうだが、人間に干渉するのは人間と同レベルの生き物だという証拠だ。

 ミジンコを気にする象なんて存在しない。

 あの目も同じだろう。

 要するにあの目は敵でも味方でもない。

 こちらに観察以上の興味はないし、意思疎通もできない。

 放っておけばいい。

 目を無視して神社の本殿に進む。

 賽銭箱がある。

 とりあえず硬貨を入れて……、作法を忘れた。

 初詣すら適当だからな。

 適当にお辞儀して手をパンパンッっと。

 すると目の前が白くなり意識が遠くなった。


 気がつくと俺は団地の屋上にいた。

 目の前には小さな社があった。

 なにかの神様が奉られていたのだろう。

 屋上は柵すらなく、社を守る人も存在しなかったのだろう。

 すでに社は朽ちていた。

 ここからは勝手な想像だが、ここは山の一部だった。

 村自体が山の原野を切り開いて開発した場所だが、団地の敷地は神社を含む土地をつぶして作られた。

 神社は団地の屋上に移設。

 そして朽ちていると。

 素直に考えれば神社をつぶされて神が怒ったってことだろう。

 だけどそれなら四号棟の702号室になにかあるはずがない。

 つまり直接の原因ではない、はずだ。

 階段が見えた。

 下に降りねばと向かったそのときだった。

 中学生か、高校生か。

 とにかく女子の制服を着た人影が現われた。

 顔は暗くて見えない。


「うっす」


 と声をかけるが返事はない。

 それでも俺は近づく。

 すると女生徒は俺の方を向いた。

 次の瞬間、靴を脱ぎ団地から飛び降りた。

 悲鳴なんか聞こえない。

 音も聞こえなかった。

 下を見ると手足が変な方向に向いた体が見えた。


「悪趣味すぎる」


 最後に変なものを見た俺は階段で下に降りる。

 下に降りると3階。

 完全に空間がねじ曲がっているようだ。

 3階の案内板の前には「しょうた」くんがいた。


「お土産持ってきたぞ」


 そう言ってソフビのロボット人形を渡す。

 しょうたくんはその場で跳ねた。


「あとこれ」


 サッカーボールを渡す。

 ぴょんぴょん跳ねていた。

 うれしかったんだと思う。

 さて下に行くか。

 と思ったら、しょうたは俺の袖をつかみながらエレベーターを指さす。


「今度はどの階に行けばいい?」


 しょうたは指を一本出した。

 なるほど。1階か。


「ありがとう。次またなにか手に入れたら来るからな」


 礼を言ってエレベーターに乗り込む。

 しょうたくんは手を振っていた。

 エレベーターが下につく。

 ドアが開くと人影が見えた。

 志賀か?

 それとも化け物か?

 人影は懐中電灯を俺に向ける。


「だ、誰だ!!!」


 聞いたことのある声だ。


「俺だ! 志賀さん!」


 人影は志賀だった。

 志賀は俺をつま先から頭の先まで眺める。


「知らねえなあ」


「ほらパイセン、グレート大国と一緒にいた……」


「グレート大国!? あいつ来てやがんのか?」


 おかしい。

 パイセンが来てることは知ってるはずだ。

 様子がおかしい!


 俺は一歩下がった。


「あんた、さっきパイセンと直接話してただろ? なんでとぼける? 中身はあの白い化け物だとか?」


「お、おい! やめろ! 俺は争うつもりはない!」


「俺もだ」


 そう言いながら俺はさらに一歩下がる。

 走って逃げたい気分だ。

 あきらかに志賀は……正気じゃない。

 俺は視線を逸らす。

 次の瞬間、志賀が脇に刺した刀を抜き俺に襲いかかる。


「死ねや化け物おおおおおおおおおッ!」


 志賀が大声を出す。

 だがその動きは素人。

 いや素人にしては軸がぶれてない素晴らしい一撃だった。

 ただ俺の方がマシだった。

 俺は居合で斬りつける。

 間合いは完璧だった。

 単純なフィジカルは志賀の方が勝る。

 だが無駄のない分、俺の方が速かった。

 脇からばっさり鎖骨まで切り上げた。

 手応えは豚の冷凍肉とあまり変わらなかった。

 ぶっ、ぶっ、と肉とは違う感触がした。

 肋骨二本を斬ったか?

 つまり肋骨下二本から上は骨の上を通っただけか。

 初めて人を殺したというのに俺の頭の中は冷静だった。


「よくも……よくも……一機殺したな……」


 ごぼっと血を吐き出し志賀は動かなくなった。

 一機? なんだそりゃ。

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