第8話

 パイセンが王と順子にその場にいるように言った。

 あの警官と一触即発といった感じではないが、それでも緊張感がある。

 ザウルス志賀。

 嫁を寝取った弁護士を半殺しにして逮捕された元総合格闘家。

 その後、なぜかこの村で警察官になっている。

 パイセンは誰もが気になっている質問をした。


「志賀、あんた、なんでこの村にいる?」


 志賀は、はにかむんだ。

 そのまま引きつり笑いをする。


「そりゃ決まってんだろ。いけにえにされたんだよ! 傷害!? 笑わせんな! 俺は二人ともちゃんと殺したんだよ!!!」


「殺した……? なぜ報道されない?」


「村行きを選んだからだよ。ああ、いまでも思い出す……野郎の目ん玉くり抜いて佳子に食わせたときのこと。野郎やめてくれって泣き叫んでさ。佳子も食べたくなって言ったから鼻へし折ってやった! 耳と鼻を削いでから撲殺してやったときのあの表情……ああ、最高の気分だったぜ! なあ知ってるか!!! この村のバケモンは殺したやつの顔になるんだ! ああ、あの野郎も佳子も何度も殺せるんだぜ! なあ、最高におっ立つだろ!!!」


 俺はパイセンを見た。

 パイセンも首を振っていた。

 美海の方を見たらにらまれた。

 女子高生には刺激が強いか。


「そうかよ。じゃあな志賀。村の門番頼むわ」


 パイセンはコミュニケーションを取るのをあきらめた。


「行くぞお前ら」


 すると美海が不満そうな顔をする。


「志賀は放っておくの? ヤベエやつかもしれないけど肉の盾にできるんじゃない?」


「足手まといになるだけだ。ほら行くぞ」


「おい! 大国ぃッ! 待て」


「まだなにか?」


「アマチュア格闘家がある日ジムや道場に来なくなる。その原因がわかるか?」


「よくあることだ。格闘技だって武術だって数多くある趣味でしかない。飽きるときは来るさ。それらがここに来てるってのは陰謀論でしかないね。そもそもそんなことをやったらあっと言う間に悪事が露呈する。麻薬中毒だってすぐに警察にバレるだろ?」


「それができる存在がまがつ様だ。いままで告発しようとした人間がいなかったとでも?」


「告発しようとした人間はどうなった?」


「皆殺しだ。あるものは事故死。あるものは無理心中。あるものは臓物ぶちまけて家で発見された」


「そうかよ」


 そう言ってパイセンは背を向ける。


「待てよ。聞けっての。まがつ様はプレイヤーの命の保障はしないが、それ以外は貢献に応じてなんでも叶えてくれる。金、女、酒、麻薬、なんでもだ!?」


「じゃあ、女房が浮気しなかったことにでもするのは?」


「できる」


「あん?」


「できる。なんでも、だ。この言葉をよく噛みしめろ。絶対に選択を間違えるな。じゃあな」


 そう言うと志賀はどこかに行ってしまう。


「なんだあの野郎」


「さあね」


 美海だけが露骨に嫌そうな顔をした。


「あの人嫌い」


「そりゃな。俺も嫌だ。じゃあ行こうぜパイセン」


 俺たちが団地に入ろうとすると王たちもやってくる。


「話は終わったか?」


「ああ、意味がわからなかった。まがつ様はすべての願いを叶えてくれるってよ」


「それなら無条件で村の外に出してもらいたいものだ」


 王はそう言ってうなった。

 順子も意味がわからないようだった。


「あの警官、少しおかしいから……」


「それは否定できないな。嫁と間男の姿をした怪物を殺して喜んでるからな」


 なんだか疲れる男だった。

 団地の中に入る。

 まずは敷地内。

 怪物はいない。

 何棟ものマンションが建ち並ぶ。

 昭和風団地の敷地内は広く、公園まである。

 公園の遊具は放置されていて、人もいないのに遊具が揺れていた。

 王が俺たちに説明する。


「ここは1980年代に放棄されたらしい」


「なにがあったんですか?」


「殺人事件だ。村役場の記録だと四号棟の702号室。子どもと母親が死んだ」


「犯人は?」


「捕まってない。すぐに村人が皆殺しになったからな」


「まがつ様が殺したのか? 親子を」


「わからん。わかるのは事件以来、まがつ様は奉納演武を人類に強要してるという事実だ」


「奉納演武? 演武の意味わかってるのか? あのバカ神」


「さあな。そもそも神とのやりとりは一方的で基本的にコミュニケーションが取れない。俺たちすらな。会話が成立したのは学生さん、アンタくらいなもんだ」


 四号棟に行くために公園に入る。

 するとふわっとした浮遊感がした。

 そのまま地面がなくなり俺たちは落ちていく。


「罠だ!!!」


 パイセンの声が響く中、俺の視界は真っ白になった。

 気がつくと俺は洋室にいた。

 線香臭いにおい。

 部屋の隅にはシールがベタベタ貼ってある学習机。

 俺が子どもの頃とはだいぶ違うものだ。

 シールのキャラはよくわからない。

 かろうじてわかるのは、現在でもシリーズ物が作られてるロボットアニメくらいだろうか。

 やたらキラキラしたステッカーが貼られていた。

 おそらく男の子の部屋だろう。

 部屋を出るとキッチンがあった。

 花柄の炊飯器があって食器が置いてあった。

 他人の家のキッチンに入り込むのは嫌だった。

 プライベートな場所に踏み込んだ気がする。

 キッチンから入り口が見えた。

 外に出ようとするが空かない。

 鍵がびくともしなかった。


「なんだ?」


 しかたなくキッチンに戻り、リビングに入る。

 やたらぶ厚く無駄の多いテレビが鎮座していた。

 全体サイズはやたら大きいが、画面サイズはノートパソコンくらい。

 外側は合板の木製。

 前面だけ樹脂のようだ。

 画面は不安定。

 画面の横には回転式のレバーがある。

 数字が書いてあるので、おそらくチャンネルを切り替える装置だろう。

 砂嵐とでもいうべき白黒の画面がチラついていた。

 親の世代よりも前のものかもしれない。

 テレビの前にはゲーム機と思われる物体が置いてある。

 移動用の十字ボタン。他のボタンが四つしかない。

 よく見ると大手ゲーム会社のロゴが書いてあった。

 ゲーム機の上に樹脂製のカートリッジが見える。

 裏を見ると「しょうた」と書いてあった。

 俺はため息を吐いてその場にしゃがみ込んだ。


「いままでで一番、精神に来た……」


 おそらくこのゲーム機の持ち主はすでに亡くなっているだろう。

 怪物に丸かじりにされたのかもしれない。

 部屋に目を動かす押し入れが半開きになっているのに気づいた。

 開けると完全に乾いた人の遺体があった。

 干からびた顔には恐怖は刻まれている。

 ミイラの手が動いた。

 ミイラが玄関を指さす。

 がちゃりと鍵が開く音が聞こえた。


「悪趣味の極みだろよ……」


 俺はつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る