第7話

 美海が前に出た。

 その目には憎悪が宿っていた。

 怪物が目の前にいた。

 その手には大斧が握られている。


「おい、そこのプロレスラー! おまえもだ!」


「はいよー」


 パイセンが前に出るともう一体化け物が追加される。

 両手でチェーンソーを持って……チェーンソー!?

 ドドドドドドドッとエンジンから音がしていた。


「いやさすがにそれは反則だろ! 銃がダメなのにチェーンソーはいいのかよ!」


「うるせえ! おら、二人とも用意はいいか!?」


 チェーンソーが唸りを上げた。

 ぐおおおおおおおおおおおんと刃が回転する。

 美海とパイセンが武器を構える。


「はじめ!!!」


 両手にナイフを持った美海が大斧の方に襲いかかる。

 あれは……完全にキレてる。

 美海のナイフは素早かった。

 ナイフの刀身に人差し指を添えた握り方。

 指をさしたところに突き刺せるやり方だ。

 大斧が振りかぶると脇の下を下から上に斬りつけ。

 もう片方の手で脇から胸を三回刺す。

 俺の戦いを見て相手が痛みを感じないのはわかっていた。

 だから隙間の隙間を狙って刃を寝かせて突き刺す。

 最後に喉を狙うが怪物は腕でブロックした。

 美海はすぐに持ってたナイフをアイスピックグリップに持ち替え、腿めがけて突き刺す。

 ついでにもう片方のふくらはぎに斬りつける。

 回復が間に合わずぐらっと怪物が揺れた。

 美海のナイフの刃が怪物の首を一周する。

 ドバッと血か流れた。

 最後の抵抗かガバッと怪物が口を開け触手を出そうとした。

 だが美海はそれを許さない。

 喉を突き刺してから胸をメッタ刺しにする。

 なにをされたかもわからなかっただろう。

 怪物が崩れていく。


「……ざけんな」


「ああん?」


 神は珍しく動揺してるようだった。


「ざけんなよ神! てめえだけはぶっ殺してやるからな!!!」


「おい! チェーンソーぶっ殺せ!」


 と言った瞬間、パイセンがダイオのをチェンソーの回転する刃めがけてぶち当てた。

 ああ、映画だったら火花が散りながらのつばぜり合いだっただろう。

 神ちゃんもそれを期待してただろう。

 実際はバンッと音がした。

 チェーンが切れた音だ。

 切れたチェーンが飛んでいく。

 怪物の頭めがけて。

 ぐちゃっと嫌な音がした。

 怪物が倒れた。

 スイカみたいに破裂した頭から中身をぶちまけながら。


「アホか」


 パイセンが吐き捨てる。

 これで確信が持てた。

 神は力を持ったガキだ。

 でかけりゃ強いと思ってる。

 ナイフの方が速いとか、手首カッティングされて終わりとか、鉾でいいじゃんとか思いもつかない。

 キュイーンとノイズが響いた。


「なんだよてめえら!!! 恐がれよ!!! 俺は神だぞ!!!」


 バンッバンッと机を叩く音がする。

 俺はケラケラ笑う。


「あははははは!!! まがつ様ぁ! 笑わせんな!!! てめえが神だろうが悪魔だろうがぶっ殺すっつってんだよ!!!」


「ふ、ふへへへへ。何度も何度も聞いたセリフだ。親を殺したな女房を殺したなガキを殺したなって。あははは! 俺は人間を殺す側だっつってんだろ!」


 そういうのいいから。

 そういう心理戦。どうでもいいから。


「あはははは! 違うね。おまえは俺に殺される! 憎悪でも復讐でもない。ただ俺を、美海を巻き込んだせいで死ぬんだよ! ……無意味にな」


 すると後ろからパイセンが俺の頭をパーンと叩いた。


「俺も混ぜろ」


「そうパイセンも仰っております。まがつ様」


 美海が無言で俺の足を蹴る。


「美海も混ぜろってさ!」


 美海がスピーカーを指さした。


「今から殺しに行く」


 するとスピーカーがきーんっと鳴った。

 しばらくするとあの耳障りな声がする。


「いいよ。来なよ。予定は前倒しになったけど今から来なよ」


 友だちが家に来るくらいの気安さで神は言った。


「ああ、来いよ。約束だぞ! ……じゃあ、お前らはもういらない」


 次の瞬間、怪物の頭がパンッとはじけた。

 脳味噌らしきものがあたりに飛び散った。

 完全におもちゃってことか。

 さて、そこで脳味噌ぶちまけてる怪物より重要なことがある。


「王さん、アパートの場所わかる?」


 俺、ここ地元じゃねえし。

 バイク使うほど距離じゃないらしく徒歩で移動。

 道の真ん中、車道を歩く。

 どうせ車なんか通らない。

 道の脇には体のどこかをなくした遺体がいくつもあった。

 刀や槍、剣がうち捨てられている。

 戦ったのだろう。

 折れた船のオールというか櫂まであった。

 あれは琉球古武道か。

 王がつぶやいた。


「おまえらみたいに怪物を見て恐怖しない連中は珍しい。たいていは怪物を恐れてあのざまだ」


「それでも俺たちよりは強いと思うけどな。あ、プロのパイセンは除いて」


「強さと殺し合いの才能は別だ。ここで生き残るやつは……どこか……頭がおかしい……恐怖っていうブレーキがないやつだ」


「王さんも?」


「いいや。俺は普通だ。少なくともおまえらよりは」


 ひどい。


「人の形してるもんをスタズタにするなんて……異常だよ」


「ああん? 人の形? たしかに形は一緒だが……どう見てもバケモンだろ?」


「おまえにはあれが化け物に見えてるのか?」


 おいおい、どういう意味だよ?


「そうか。俺にはあいつらは……死んだ家族に見えてるんだ……」


「パイセンはどう見えてる?」


「真っ白な口だけお化け」


「美海は?」


「同じ。口だけお化け。順子さんは」


「死んだ弟。弟を何度も殺してる」


 おいおい冗談だろ。

 なんだその悪趣味な戦いは。

 俺が口をあんぐり開けてると王が言った。


「だから言ったろ、おまえら頭おかしいって。普通なら一度で心が折れる」


 なんだそれ。

 嫌な事実がわかったところで団地が見えてくる。

 山を背景にそびえ立つ昭和団地。


「中は空間が歪んで異常なほど広くなってる。いままで7階に到達した者はいない」


「へえ」


 公園が見えた。

 そこに制服を血まみれにした警官がブランコで黄昏れていた。

 こちらに気づくと立ち上がって歩いてきた。


「よう、大国くん」


「うっす、志賀くん」


 それは入り口にいた警官。

 元格闘家のザウルス志賀だった。

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