第11話 世間話

 ノルトゥーガ学園の生徒たちが見つめながら豪華すぎる馬車に乗り込む。仏頂面なミアムは片手で何度も椅子を叩いている。今日ばかりは座らないと命が危ない。


 頬をかきながら渋々座ると、咄嗟にミアムが右腕に絡みついてくる。


「あの女の子となに話してたのよ」


「あー、ただの世間話だよ」


「世間話であんな近寄るかしら」


 勘が鋭いのか俺の嘘が下手なのか分からん。


 やがて馬車が鞭の音と共に動き出した。


「今日、授業受けてなかったわよね。なんで?」


「あんな事聞いたら授業に集中できないだろうなと思って」


 今朝の馬車通学の事を思い出す。俺とティエラは無力化という任務にこだわり、命は取らないでおくという最低限の倫理性を残して去ったのだ。


 ミアムはより絡めていた腕を強く引き締める。


「大丈夫と言ったのに」


「そもそも俺たちは殺しなんかしてないんだよ。ちょっと痛めつけて返り討ちにしただけなんだからさ」


 俺の腕からミアムの腕がほどけて落ちた。同じように膝の上に涙が溢れてぽかんと口を開けていた。


「ご、ごめんなさい…。私、ログラールの殺しの痕跡を消すのに夢中になって、あなたへの信頼が頭になかった…。ごめんなさい。ごめんなさい」


 袖で拭いても溢れ出てしまう涙を見て、俺は何も言わずそのままの視線でミアムの手を取った。


 俺は幾ら罪を共に背負えばいいのだろう。ただす資格が無いからとは言え、易々と他人の罪を肩代わりするのは良くない事なのではないか。


 罪を共に背負い続けるという事は、贖罪の機会を失って逃げ続ける事だ。俺はその判断もできずに罪の重さを実感せずに生きていたのだ。


 自分の行動に対する疑念が脳内に押し寄せる。


 ミアムは泣き止んだ顔を見せず、椅子に置かれていた俺の右手を左手で握り返した。


「じゃあ動脈などを刺していたのは別人だったのね。すぐに調査させるわ」


 ミアムの右手にあった紐を引っ張ると馬車の外側で小さな鐘の音が聞こえた。馬車は徐々に速度を落とし、馬車の扉が開かれる。


「どうしましたか王女様」


「例の事件、騎士を刺したのは別の真犯人によるものだと判明したわ。もう一度調査なさい」

「はっ、直ちに報告しに参ります」


「ええ。下がりなさい」


 再び扉が閉じられて御者による鞭の音が響く。


「きっと明日明後日にはスーちゃんに行き届いていると思うわ」


「そっか。ありがとうミアム」


「ログラールの為ですわ」


 今朝とは明らかに違う雰囲気が心地良かった。長い沈黙すらも意識の外だった。とは言えレイナと世間話をした手前、ミアムにはしないのも道理ではない。ここは俺から切り出すとしよう。


「聞いたぜミアム。わざわざ寮から馬車を寄越して送り迎えしてるらしいな」


「貴方の将来を添い遂げる者としてこれくらいは当然ですわ」


 うーん、やっぱり重い。極力俺やミアムに関わる話題は避けておこう。


「この前知ったんだけど聖殿会とか、直属騎士団ってのはなんなんだ」


「聖殿会というのは、主な目的が異端者の排除ね。聖殿会の意志に同調する騎士たちを中心に集められた直属の騎士団を作り上げて、出兵や排除をスムーズに行えるようにしたの」


「つまり、俺は異端認定されちゃったの?」


 ミアムは足元を見ながら考えていた。


「…あり得ないわね。ログラールは目立つ事はしていないはずよ。あるとしたら…貴方が魔法に巻き込まれたにも関わらず生きていた事くらいかしら」


「まあハタから見れば蘇生したと思われても不思議じゃないわな」


 ミアムは何かに勘付いたのか瞬く間に青ざめていく。


「…そうよ。蘇生したと思われたのよ。私の治癒魔術で!」


「つまりどういうことだ?」


 深刻な顔つきに変わったミアムが声音を落ち着かせた。


「蘇生魔法の使い手は今まで存在したという記述や言伝すら残っていない。異端認定の基準は歴史書や聖殿会の裁量に依っているの」


「民の恐怖心とかは関係ないってのか」


「聖殿会はどこまでも独善的で自分たちが世界の中心だと思い込んでいる。だから男爵家の子息ですら手にかけてしまう」


 聖殿会の騎士団長も独善的な面があった。また、5人の団員も命令されたようなセリフの割には最初はあざけり顔を見せていた。聖殿会の思想が行き渡っている証拠だ。


「きっと、私が異端認定されたのかもしれない」


「でも俺を殺そうとしたじゃないか」


 ミアムの右手が顎に置かれた。


「流石に王女を手にかけるのは難しかったのね。だから私の友人や部下を次々と処刑して王女としての力を弱めようとしてるのかも…」


「王女としての力が弱まれば嫁ぎ先の階級も落ちていくわな」


「そうなれば処刑のハードルが下がるわけね。やってくれるじゃない」


 俺はミアムの事を甘く見過ぎていた。この子は俺の事しか見ていないように見えて、実は頭が回ったり勘が鋭いのだろう。今の推論も筋が通っている。


「となると…兄さん達との関連性も怪しくなってくるわね…」


「兄がいるのか」


「ええ、2人いるわ。どちらも次期王候補としては申し分ないスペックよ」


「スペックて」


 ミアムは説明口調で俺に話しかけた。


「エスカレラ王国第一王子、ルーカス・エスカレラ・トランキーロ。戦いの天才で剣の実力はなかなかの物。私は女を連れてくるわ人使い荒いわで嫌いだけど」


 自慢げに話していたらすぐに頬を膨らませていた。


「エスカレラ王国第二王子、ライアン・エスカレラ・トランキーロ。芸術方面で非凡な才を持っているわ。私は飾っている絵を見せびらかされたり、絵をあげるとか言って手を出したら頭上にあげられたとかよくやられて嫌いだけど」


 今時の小学生でもやらないぞ。


「3人とも性格以外は完璧なんだな」


「さんにん……?」


 ミアムが光の無い目で睨んでいた。正直めっちゃ恐い。


 いつの間にか止まっていた馬車の扉が開かれた。ミアムの表情は怒りよりも悲しみに満ち始めていた。


「あー送ってくれてありがとな」


「明日も来るからね…」


 軽く会釈して鞄を持ちながら段差を降りた。目の前にはもう見慣れてしまったシエント家の屋敷が佇んでいた。馬車の車輪が転がる音が響く。


 厨房がある部屋の窓が開けられており、僅かに料理の匂いが漂ってくる。今夜の食事に胸を躍らせながら使用人が開く玄関の扉を通った。


「食事の用意が出来ておりますログラール様。どうぞこちらへ」


 使用人の1人が鞄を持ち、食堂へと案内してくれた。所定の席に座り、料理の運搬を待つ。


 食堂内には香ばしい肉の匂いとシチューの和やかな香りで包まれていた。当然、父は黙々と食べて母が話題を作るが相槌を打つのみだ。


 ミアムが馬車の中で話してくれた家族の話が忘れられず、ふと姉のペルラの動向が気になった。彼女は父を目の敵にしていたようだった。


 何かしらの因縁があるにしても避けすぎなのではないか。一度両親に聞いてみる他ないだろう。


 食器を皿の上に乗せて父の強面な顔に視線を向ける。


「ねえ父さん。ペルラを見かけないけど最近どうしてるの?」


 俺の言葉に呼応して父の強面な顔がいっそう強張っていく。あの母でさえ口を手で塞いでいる。食堂に流れる不穏な雰囲気が俺の脳に後悔を持たせた。明らかに触れてはならない話題だと一瞬で読み取った。


「あ、あーいやなんでも…」


「ログラール。記憶喪失とは言え私たちに説明させるのか」


「わ、わかった!聞かなかった事にして!」


 母は俯いた俺の顔と歯を食い縛る父の顔を交互に見ながら慌てていた。


 料理が運ばれてきても地獄の雰囲気が消える事はなく、味がしない料理を食べ終わるまで沈黙が続いた。終始和ませようと努力していた母には頭が上がらない。


 世間話、苦手だなあ。

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