第4話 奥義『アクロバティックダイナミック入室』
車内は緊張で充満していた。俺とミアムは対角線上に座り、目を合わせるどころか会話ひとつすらない。
俺が日本からこの世界に転生するまでの経緯は思い出せる。しかしログラール自身から掘り起こせる記憶は無い。
夢なのではないか。
妄想なのではないか。
作り話なのではないか。
思い起こした記憶は疑念により否定されていく。確かな自信のなさが疑念を払拭できない一因のひとつとなっている。
流れ行く景色を見つめながらミアムが呟いた。
「もう着いたわよ」
車輪の回りが緩やかになっていく。気付けば若々しい喧騒と群衆が景色を覆っていた。
「ここはノルトゥーガ学園。私の先代が作られた由緒あるエリート校よ」
ミアムの機械的な紹介の後、使用人により扉が開けられる。俺は馬車を出ようとしたミアムを静止する。
「あのさ、一限の教室はどこ?」
「きっとあなたのご学友が教えてくれるわ。今もそこであなたの到着を待っているもの」
周囲に人が多すぎて誰が俺の友達なのか特定できない。見た目など詳しい情報を聞き出そうとするが車内にはいなかった。ミアムはうっとりした表情の生徒たちの間を力強く進んでいった。
とりあえずここは『なにあのイケメン』『かっけー流石シエント家だ』『後で連絡先聞こうかしら』作戦だ。
具体的に言うと、パパッと髪をセットして一段ずつ丁寧に降りる。側から見ればスローモーションに見えるアレだ。いざゆかん。
学生鞄を肩から垂れ下げてもう片方の手をポケットに突っ込む。
そして真っ直ぐ前を見つつ階段を降りる。
一歩ずつ踏み出す革靴の音が響く。そして陰に隠れていた顔が今、あらわになる。
「何故王女様と…」
「ムカつくわねあの男」
「オレも一緒に乗りたいのにアイツ…」
敵意しか感じなかった。ここは精神衛生上宜しくない。さっさと逃げよう。
自然に学生鞄を下ろしてポケットの手を出していた。唇を軽く噛みながら校門へ早歩きをしていると、爽やかに澄んだような声で耳への通りが良い。そんな声の持ち主が肩を叩いた。
「やあログラール君」
「君は…」
そこそこ人より多い毛量から覗く赤い目と健康と言えるか分からないほどの白すぎる肌。整った鼻と口は小顔の彼には似合い過ぎている。
俺の声を遮るように民衆が口を揃えて名前を呼んだ。
「ネヴィル様ぁ〜」
「ああネヴィル様今日も麗しい…」
「あの真っ白な髪の毛、一本だけでも欲しいわ〜」
どうやらこの人はネヴィルと呼ぶらしい。なんか変態趣味の人がいた気がしないでもないが、そんな趣味を堂々と言いふらしてしまうほどの美形な男らしい。
俺と同じ服装と身長と体格なはずなのに、顔立ちは全くの別物だ。白い髪に覆われた小顔と赤い眼のせいか、別の生物のように錯覚させられる。後頭部で結ばれた髪留めから垂れ下がる長い髪が尻尾のようだったのだ。
「どうしたのログラール君。行こうよ」
「あ、あぁうん」
俺は少しばかり彼に嫉妬してしまったようだ。俺よりもカッコいい見た目で…何より登場シーンのインパクトがあり過ぎた。
初めて負けたと思ってしまった。自分の勉強不足を痛感させられる。そういう点でも学校に来て良かったな。
ネヴィルは文字通り眩しい笑顔で見つめてくる。
「まさか同じ学校に入学してたなんて、僕はすごく嬉しかったよ」
俺はただ簡易的な言葉と頷きしか返せなかった。彼の言葉から察するに、入学前からの付き合いなのだろう。フレンドリーな接し方やフランクな話し方にも付き合いの長さが垣間見える。
ルーブル美術館のような古めかしい出入り口を通ると生徒が行き交う見慣れた光景が目に入る。
日本とは違って下駄箱など存在せず、土足で廊下を歩くことに少しばかり抵抗がある。とはいえ上履きがある訳でもなし、郷に入っては郷に従えというものだ。
「僕たち下級一年生の授業教室は3階だね」
「うん」
ネヴィルの言葉が耳を通り抜ける。俺は考え耽るべきことが別にあった。まず教室に入った時にどうやって注目を浴びるかだ。
日本では初めての顔合わせの時みんな座って待っている事が多いために、必ずと言っていいほど教室の出入り口の開閉音に反応する。
違う時代に違う価値観の学校でどのような演出をすれば良い反応が見られるだろうか。
と色々考えを巡らせて気付いた。どんな登場シーンにしても結局ネヴィルのイケメン度が強過ぎて不発に陥るんじゃね?
ミアムとの通学で俺への心証はだいぶ悪い。その証拠に俺の周囲から感じられる敵意が多すぎる。また校門には大多数の生徒がいたので、俺と同じ講義をこの時間に取っている生徒がいてもおかしくない。
どんなに心を撃たれる登場シーンを演出したとしても良くて見なかったフリをされるだけだろう。
俺が思索に耽っていると目的の教室にたどり着いてしまっていたようだ。ここはもう即興で演じるほかない。幸い日本と同じように全員が着席している。
隣に立っているネヴィルを差し置いて教室の入り口に飛んで入り込む。
校門や校舎で吸い出した敵意が力に変わっていく。今の俺は人間の限界を超えた身体能力を持つ。
まずは持っていた学生鞄をゴール位置で止まるように投げる。滑りながら回る学生鞄が所定の位置にスタンバイする。
まずは両手を上げてホップする。ホップの勢いで脚を張り上げて左手から右手の順で地面につく。勢いを殺さずに身体に回す。
ロンダート。
地についた両足をそのまま張り上げて180の回転。進行方向が戻る。
サイドフリップ。
再び脚を張り上げつつ両手を地面につけて回る。
ロンダート。
今度は身体を反りつつ両手が地面についたら床に立つ脚を突き放す。
バク転。
最後は両脚を揃えて身体をひねりつつ飛ぶ。景色が瞬時に移り変わり続ける。
ダブルコークスクリュー。
その流れで学生鞄の取っ手を取りつつ立ち上がる。そしてさも当たり前のように肩に学生鞄を置いてゴール。ちなみにここまでわずか5秒間の出来事である。
これが奥義『アクロバティックダイナミック
―――――――――――――
浮いた。
奥義を使った後は拍手や感嘆の声があがると予測していた。しかし10秒間の沈黙の後、教室は日常的な会話に戻ったのだった。まあ結局あんな奥義を使ったところで後方にいたイケメンには敵うはずもなかったわけだ。
着席した後も無論のこと拍手はおろか話しかけてくる生徒も無し。何もしていないのにネヴィルの周囲には女子生徒の大群。おかしくね?
完全にネヴィルに顧客を取られてしまったという事になった。唯一の救いは張り紙によって指定されていた自分の席が一番後ろの右端ってだけだ。これで黄昏ることができる。
自虐的な事を考えていると、左肩に重りが乗る。瞬間的に振り向くと赤いショートヘアーの女子が白い歯を見せて手を振っていた。
「よっ、私はレイナ・クラウス!んでキミは!」
「ログラール・イ・シエント」
ああ、日本的に言えばクラスのカースト上位に座り込むタイプの生徒だ。どうやら友人との会話を打ち切ってわざわざ俺のところまでやってきたらしい。他生徒からの目線が痛い。
「おうログラール。良かったらあの技、私にも教えてくれよ!」
「は、はあ。いいっすけど」
俺は席を立って一連の動きを手振りだけで教えた。いちいち言葉にするのも難しい技なので、ほとんどを擬音語で話してしまった。
「ね、簡単でしょ」
「簡単にできるか!」
学校というロケーションでこの他愛のない会話。どこか懐かしかった。ログラールの記憶ではない確かなデジャヴ。間違いなくこの既視感は前世の物だ。
何故だか俺はレイナの事を放っておけなかった。
「帰りにでもレクチャーするよ」
「お、気前が良くて助かるねぇ!じゃまた後で!」
女子生徒に呼ばれていたレイナは流れるように机に手をついて移動していた。もう影響受けてるよあの子。
どうやら『アクロバティックダイナミック入室』の成果自体はあったようだ。この世界に来てはじめての成功例だ。
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