第6話 故郷ラグアノーア
数日後、シオンの努力もあり、サイノスについてのおふれを出してもらえる事が決定した。城下街の至るところにある掲示板に「報奨布告」と書かれた紙が貼られる。行方不明になっているサイノスの資料については、城まで持ってきた者に懸賞金まで出るという、かなり大きなおふれとなっている。
もちろん、嘘の情報が出る可能性も踏まえ、お城では専用のスタッフが数人配属される事になった。
ゲストルームにみんな集まり、旅の支度をする。
なんとなく、シオンが一番張り切っているような気がする。
「さて、こちらの情報収集は城の者に任せて、俺達はラグアノーアへ向かいましょうか」
「え。王子であるおまえが、城を空けて大丈夫なのか?」
コハクがそう言うと、その後ろからシオンの近衛騎士であるアトレーが捲し立てた。
「そうですよ、王子! まったく、最近城を空け過ぎです!! 今日もスケジュールは決定しているんですよ!!」
それに対して、シオンはにこにこしながら、まったく意に介していない。
アトレーも、モブ扱いで挿絵が小さいキャラだったのよね……。
カッコいいだろうと予想はしていたけど、実物を拝めて良かったわ……!
「では、そのスケジュールは全てキャンセルで。みなさん、行きましょう!」
「お、王子ーーーー!!」
怒り狂うアトレーをよそに、私たちは馬車に乗り込んだ。
ラグアノーアは、馬車で半日程度かけて、まず森に着く。
そこからは徒歩なのだけれど、さすがに小説ではそこまでの道のりは描写されていない。ヒサクが先導してくれて助かった。私は、数年ぶりすぎて忘れたという事にしておこう……。
迷路のような森の中を、ひたすら歩く。ヒサクがいなかったら、絶対に迷っていた。
ラグアノーアは閉鎖的な村で、村の人間は森の中でひっそりと暮らしていた。しかし、外部と交流がなかったわけではない。医学や薬学を学ぶ者が多いこの村では、他の街へ出張診療に行ったり、薬を運んだりなどをしていた。
歩くこと小一時間、ようやく、ラグアノーアに着いた。
そして、ヒサクがすぐに村の異変に気づく。
「これは……!?」
そう。シーライザに殺されたはずの村人たちの遺体が、まったくないのだ。
それどころか事件の痕跡すらもなく、この数年の間に、すでに誰かが弔ってくれたとは考えにくい。
「本当に、ここはシーライザに滅ぼされたのか……?」
信用しないわけではないのだが、それにしては村全体が綺麗すぎると、コハクが言った。
私は小説でこの事は知っていたけれど、何故こんなことになっているかまでは、まだ知らない。
「そんな……。目の前で、両親も刺されたのに……」
ヒサクの顔が、どんどん青くなっていく。
手分けして村全体をぐるりと一周したが、誰もいない。
誰の遺体もなかった。
「どういう、ことなんだ……」
ヒサクは悲愴感に苛まれているようだ。
遺体を見ずに済んだと思えればいいのだが、それならば、みんなの遺体はどこへ行ったのだろう? それに、このままでは弔いができない。
私はヒイロの家の周りを、ぐるりと一周する。
何か手がかりはないだろうか……?
「……あの、ヒイロさん」
いつの間にか、後ろにシオンがいた。
「あ、シオン。どうしたの?」
シオンは、真剣な表情をしている。
「ヒイロさん、こんな時になんなんですが……」
「えっ?」
壁を背に、いきなりシオンの両腕に挟まれた。
こ、これはもしかして…………壁ドン!?
シオンは、顔を真っ赤にして息を荒げている。
「シ、シオン?」
「…………あなたは、誰なんですか?」
ふぁっ!?!?!?
ちょ、ちょ、ちょっと待って!?
もしかして、バレてる!?
「な、何を言ってる? シオン」
慌てて言葉尻をヒイロの口調に近づける。
「言葉の端々や、醸し出す雰囲気が違うんです……。俺は、ヒイロさんとはまだ出会って間もないですが……。何か、違うんです。あなたは、一体誰……なん……」
急に、シオンが私にもたれかかってきた。
耳元に荒い息がかかる。
「ちょっ……、シオン!?」
「どうしたのー?」
私の声を聞いて、ファルシアが見に来てくれた。
「えっ? なに、どうしたの!?」
ファルシアが、顔を真っ赤にしている。
どうやら、ハタから見たらシオンが私に抱きついているように見えたようだ。
「ん? どうしたんだ?」
続いて、コハクも現れる。
「なっ……! シ、シオン! 何してるんだ!?」
そこの二人! 勘違いも甚だしい!!
「二人とも、何考えてるんだー! いいから、シオンを支えて!」
コハクにシオンを支えてもらい、私はシオンの首筋に手を這わせ熱を計った。
やっぱり、ひどい熱だ。
シオンを寝台に寝かせてもらい、私は病状を説明した。
ヒイロは、小説でシオンの病状を「風土病」と言った。なので、私もそれに倣って風土病とした。実際、どんな種類のものかはわからないけれど、薬さえあれば治る病だ。
シオンは高熱で意識が朦朧としている。早く薬を調達しないと、危険な状態だ。
「その薬は? ヒイロ、作れるのか?」
コハクが訊いてくるけれど、ヒイロには、もちろん私にもその薬は作れない。
医学と薬学は別。知識はあっても、作るとなるとこの世界の薬師の力を借りなければならない。
「そんな……。その薬って、どこで手に入るの?」
ファルシアも、絶望的な表情を見せた。
「薬師……。待て、もしかして……。ヒイロ!」
ヒサクが、閃いたようだ。
「そうだよ、兄貴!」
二人で同時に叫ぶ。
「ユーロはあの時、村にいなかった!」
「ユーロは、生きている可能性がある!」
ユーロは、ヒイロの幼馴染で、薬師をしている。
シーライザに村を襲われた5年前、ユーロは薬の配達で村にいなかったのだ。ヒイロとヒサクは命からがら逃げ出したので、ユーロがその後どうなったのかは知らない。でも、話の大筋が変わっていなければ、ユーロは生きているし、シオンも助かる!
「で、どうなるんだ? 薬はなんとかなりそうか?」
コハクが、シオンの額の手ぬぐいを替えながら訊ねてくる。
「私の幼馴染が生きていれば……薬を持っているはず。ただ、ここからの往復や街でユーロを探す時間を考えると、すぐにでも出発しないと……」
この風土病を現代の病で考えると、限られた時間内に薬を飲ませないといけない。
すると、ヒサクが一歩前に出て名乗り出た。
「じゃあ、ユーロの顔を知っている俺が行こう。森も抜けなければならないし」
そう言うと、ヒサクの隣にいたファルシアが、シュッと手を挙げる。
「ヒサク様が行くなら、あたしも行くっ」
ファルシアは、どうしてもヒサクと離れたくないようだった。
ここまでは、小説どおりで安心……したのも束の間。
私は、大切な事を忘れていた。
「どうしたんだ、ヒイロ?」
ヒサクが私の顔を見る。
このまま、このまま行けば……。
ヒサクは死んでしまう。
推しに命を狙われるヒロインに異世界転生しましたが、死亡フラグ回避してみせます! 草加奈呼 @nakonako07
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