第3話 仲間たち
シーライザが怯んだ隙に、私は再び距離を取った。
コハクは、すぐに私のそばに駆け寄ってくれた。コハクの大きな背中を見ると、私でもやはり「守られている」って感じがする。
ヒイロの仲間のひとり、コハク。
元々は、成り行きでヒイロの用心棒となった人物。格闘技の達人で、普段はお城で武術師範をやっている。ツンツンと尖った黒い短髪に、額を守るプレート付きのバンダナがトレードマークなんだけど、コハクの額に巻かれているはずのバンダナがない。それは、現在シーライザの腕に当たり、床に転がっている。
そして……実は、物語の途中で、ヒイロといい感じになる人。
でもっ……! ごめんっ……! 今のヒイロは、天乃織陽なんだあああっ。コハクもいい人だし、カッコいいけど……っ! 私はシーライザ一筋なんだああああっ!
……なんて、叫べるはずもなく。
その感情は心の中に、そっとしまっておいた。
しかしそれにしても。
このシーンは、もうひとりの仲間、ファルシアが来るはずだったんだけど? もしかして、やっぱり私が来た事で物語が若干変わってしまったのだろうか?
「ヒイロ、怪我はないか?」
「う、うん……」
「さて、どうやって逃げるか……」
少しずつ出口に向かってはいるが、同時にシーライザも並行して進んでいる。コハクは格闘技の達人だが、シーライザの実力はさらに上を行く。まともに闘ったら、まず勝ち目はない。
間合いをはかり、一気に仕掛けようと両者動いたその時──。
ボカン! と、激しい音と共に一面が煙に包まれた。
「ヒイロ! こっち!」
黄色い声の主に腕を掴まれ、そのまま出口の階段を駆け上がった。
少し遅れて、コハクも無事ついてきている。
「くっ……! 煙幕か……!」
動き出した直後の煙幕。シーライザは煙を思い切り吸い込んでしまったようだ。
「俺の攻撃を読んでの煙幕……。タイミングが良すぎる。もしや……」
走り始めて数分。私たちは収容所を脱出し、ようやく物影に隠れて息を整えた。
シーライザは追ってこない。どうやら、うまく逃げられたようだ。
私の腕を掴んでくれたのは……。
「ファルシア……」
「ヒイロッ、無事で良かった」
ファルシアは、こちらにぎゅっと抱きついてきた。
ちょ、ちょっと、豊満なボディが当たってるーー!
仲間のひとり、ファルシア。
盗賊の村に生まれたが、幼少の頃に事情があって踊り子の一座に入り、今や一人前の踊り子。そんな彼女が、どうやってヒイロの兄であるヒサクと出会ったのかはわからないが、ヒサクに一目惚れして仲間になった。人懐こい性格なので、ヒイロにはこうして抱きついてきたりする。
そして、かわいい。ヒイロは美人タイプだけど、ファルシアはまた違った魅力があるんだよね〜。緑の長い髪をゆるく三つ編みにして束ね、大きな目はとても愛らしい。服装はヒイロと同じくヘソ出しなんだけど、彼女は踊り子だけあってヒイロよりも露出が高い。
そんな彼女には、ある秘密がある。でも、それをヒイロが知るのは、もっとずっと後だ。
「ふたりとも、助けてくれてありがとう」
このくらいなら、ヒイロじゃないって、バレないよね……?
しかし、どうしよう……。さっきはシーライザの前で舞い上がって、正体をバラしてしまったけど、他の仲間には言った方がいいのかな……? でも、言った事で物語の中身が変わってしまったら、先読みができなくなるし……。
元の世界に戻る方法がわかるまで、黙っておいた方がいいかな……?
それにしても本当に、ヒイロはどこにいるんだろうか?
よくある転生モノでは、女神が出てきたり、前世の記憶が蘇ってきたりするんだけど、それもないようだ。私はこのまま、ヒイロとしてこの世界で生きていかなければならないんだろうか……? でも、向こうの私は、きっともう死んじゃってるだろうしな……。私も、覚悟を決めなければいけないのかもしれない。
「どうしたの、ヒイロ? 考え込んじゃって」
ファルシアが、心配そうに顔を覗き込む。
「あ、ああ……」
まさか、ヒイロはどこに行ったんだろう? なんて言えるはずもないし。
「そういえばおまえ、シーライザと何を話していたんだ?」
コハクが訊ねてくる。
そうだ、勢い余って私、シーライザに正体をバラした上に、告白しようとしてたんだよね……。コハクは、何を言っていたかまではわからなかったみたいね、危ない危ない。
しかし、そんな事は問題ではなく。
重要なのは、サイノスの方だった。
「みんなと合流してから詳しく話すよ。私たちの命が狙われる理由がわかったんだ」
ヒイロって、男口調なんだよねー。やりにくい!
正体がバレないかとヒヤヒヤしながら、私たちは仲間の待つヴァサリア城へ帰ってきた。
魔法国家ヴァサリア。
その名のとおり、王家の血筋の者は魔法が使える国である。
ヴァサリア城がある首都は、商業、工業ともに盛んで、常に人がいて賑わっている。
私たち一般人がヴァサリア城へ入れるのは、仲間に王子であるシオンがいるからだった。
「ヒイロ、無事で良かった……!」
帰ってくるなり、ヒサクがこちらに向かってきて、私を抱きしめた。
ひゃ〜〜! ヒサクって、妹に対してこんな愛情表現なの⁉︎
ま、まあ、それだけ心配してたって事よね!
ヒサク。ヒイロの実の兄。
ヒイロよりも濃い赤毛の髪を束ねている。美人タイプのヒイロの兄だけあって、こちらも美形! 美男美女兄妹なのだ!
私が転生してくる前に武闘大会があり、それに優勝しているので、格闘技の実力はコハクと同等かと思える。
数年前、故郷ラグアノーアをシーライザに攻撃された時に、ヒイロと共に逃げ出した。そして、今までは二人とも先程の収容所にいたが、過酷な生活を強いられてきた。
ヒサクが収容所から逃げられたのは、ヒイロが保釈金を払い、ヒイロは収容所に戻るという条件をのんだから。
でも、ヒイロもこうして無事に戻ってこれたのだ……。
「お帰りなさい、ヒイロさん。二人とも、お疲れ様でした」
少し離れたところで優雅に微笑むのは、仲間のひとり、シオン王子だ。
シオン。この国、ヴァサリアの王位継承者。
もちろん、彼も王家の人間だから魔法が使えるが、魔法よりも剣術が得意なようで、回復魔法ひとつしか使えないらしい。
普段なら、こんなにフレンドリーに接する事のできない身分の方だ。でも、実はコハクとシオン王子は幼馴染み! なので、シオン王子もわりと気さくな性格。
ただ、何を考えているかわからないような、ちょっと腹黒い部分もあったりする。
小説を読んでいた時は、特に意識した事はなかったんだけど……でも、実際見てみると本当に気品あふれていて、青みがかった髪もサラッサラよね。ヒイロは普通に接していたようだけれど、私はちょっと萎縮してしまう。
でも、呑気にはしていられない。
ヒイロ達が命を狙われる理由、そしてサイノスの真実を、みんなに説明しなければならない。
「みんな、ちょっと聞いてほしい」
ヒイロ達の旅は、ここから本格的に始まる。
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