第2話 死亡フラグ立っちゃった!?
私の推しが、私を殺しにやってくる……。
わかっている。これは、仲間の作戦なのだと。
ヒイロをここから脱出させるために、わざとここを撹乱させるために……仲間が推しを利用するのだ。だから、物語どおりにいけば、私は推しに殺される事はないし、ここから逃げる事になる。
そして──。
「シ、シーライザだーーーーッ‼︎」
通路の奥から、他の収容所仲間……モブキャラの叫び声が聞こえた。
うそっ、もうやって来たの!?
「シーライザ? それって、おまえの命を狙ってるっていう……」
クレスタの言葉に、私は強くうなずいた。
「くそっ、なんでここがわかった!? ボスの部屋に隠し通路がある。おまえは、それを使って逃げろ! こっちだ!」
クレスタに腕を引っ張られるまま、ボスの部屋へ向かった。
……しまった! 今まで、自分のことで精一杯だったけど、これからシーライザにここの人間が全員やられてしまうんだった……!
それは、今力強く私の手を握ってくれているクレスタも含まれていた。
なんとか、なんとか助ける方法はないだろうか?
でも、ここには武器になりそうなものは何もないし、何しろ時間がない。
遠くの方では、モブキャラたちの悲鳴が聞こえていた。
「ボス!!」
クレスタが勢いよく扉を開けると、すでにシーライザは、ボスの胸ぐらを掴んでおり……こちらを一瞥したかと思うと、そのまま短刀をボスの胸に突き立てた。
ズブリ、と鈍い音がした。ボスは低いうめき声を上げたが、シーライザが短刀を引き抜くと鮮血が噴き出し、それは悲惨な断末魔に変わった。
──だめだ、ボスは助からない。
血なんて見慣れている。そう思っていたが、私が見る血は「人を救うための血」。決して、人を殺めるためのものではないのだ。
間に合わなかった。いや、これは小説通りの展開。とにかく、
ああ、これが夢だったなら、どんなによかっただろうか。
神様仏様、これが異世界転生なら、ループしてなんとか死亡フラグを回避できないでしょうか? ボスはあまり褒められた人物ではなかったけれど、目の前でやられるのは、やはりいい気分ではないです。
「ヒイロ、隠し通路は机の下だったが、位置的に使えねぇ。シーライザは、俺がなんとかするから、逃げろ」
今の私では、きっとクレスタを助けられない。
小説通りに進むことしかできないのだ。
私は、唇を噛み締め、雑念を振り払って元来た道を走り出した。
ここからは、しばらく私一人でなんとかしなければならないのだ。とにかく、考えよう。生き残って仲間たちと再会できれば、物語は進んでいく。何がなんでも、生き残らなければ……!
こぼれそうになる涙を、何度も拭った。
しかし、外見はヒイロになっても、やはり私は“私”だった。
私にはヒイロの記憶があるわけではない。道に迷ってしまったのだ。せっかくクレスタが逃してくれたというのに、これでは何もならない。
やっとのことで、小説に出てきたらしき空間にたどり着いたが、私が道に迷っている間に、シーライザはすでにここへ先回りしていた。
私の推し、シーライザ・エクリプス。年齢不詳。
金色の髪に赤い瞳が映える、伝説の暗殺者。その赤い瞳を見た者は、次の瞬間には命を落としているという。
彼がなぜ暗殺を生業としているのか、未だ不明である。
そのシーライザが、今、私の目の前に……。
そして、現在に至るわけです。
こうなる事はわかっていました。ええ、わかっていましたとも、小説を読んでいるのだから。
だけど、鋭い眼光を向けられ、短刀を構えられるとやっぱり怖い‼︎
私は、恐怖で動けなくなっていた。でも、私ひとりで仲間が来てくれるまでなんとかしなくてはいけない。
シーライザは、ジリジリと近づいてくる。
と、とにかく、小説通りに時間稼ぎをしないと……!
「シ、シーライザ‼︎」
なんとか、声を出す事ができた。
「……俺の名を知っているのか」
ええ、ええ! よく知っていますよ!
なにせ、あなたは私の推しなのだから…………。
って、そんな事考えてる場合じゃない‼︎
「教えてほしいの! どうして、私の命を狙うのか!」
しまった! ヒイロって、もっと男っぽい口調だった……!
しかし、シーライザはそんな事はお構いなしに、不敵に笑った。
「そうか。いいだろう、冥土の土産に教えてやる」
知ってるんですけどね!
でも、小説どおりに進めないと、仲間が助けに来る前にやられちゃいますしね!
シーライザは、短刀を下ろして話し始めた。
それにしても。
シーライザってこんな声だったんだぁぁ。
ダメだ、武器を下ろされたからって、顔がニヤけてしまう……っ。
ああ、いけない。万が一小説と違う部分があるといけないから、ちゃんと話を聞いておかないと……。
「サイノス、という言葉を聞いた事があるか?」
サイノス。それは、小説のタイトルにもなっているとおり、話の要になっている。
「……この地上を滅ぼすほどの災い、と聞いた事がある」
「そうだ。俺にとっても俄かには信じ難い話だが、実際にあるらしい」
シーライザは、武器を下ろしてはいたが、こちらに近づいてくる事はやめていなかった。少しずつ、ほんの少しずつ、気づかない程度に動いていた。
「私の命を狙うのと、サイノスに何の関係が?」
「そのサイノスを封じるのに、お前達の命が必要なんだそうだ」
お前達…………。
それは、ヒイロだけではなく、兄・ヒサクの事も含まれている。
シーライザは、小説の冒頭でヒイロ達の村、ラグアノーアの人間を全滅させている。ラグアノーアの人間をすべて殺すため……ただその依頼を全うするために、ずっとヒイロ達を追ってきたのだ。
「そんな……そんな、信じ難い話を信じて、私達を……村を滅ぼしたのっ⁉︎」
「お前は、何を言っている?」
シーライザの赤い瞳が、すうっと冷たい眼差しになった、その瞬間──。
私の目の前に、シーライザがいた。その手には、仕込み短刀があった。
「俺は、依頼を遂行するだけだ。サイノスの存在は関係ない」
しまった……!
なんとか後ろに避けようとしたが、後ろは壁だった。
何か、何か間違えた⁉︎ 仲間はまだ⁉︎
私のせいで、ヒイロがやられてしまう……!
「ま、待って‼︎ 私は、ヒイロじゃない‼︎」
その言葉に、シーライザが一瞬だけ反応した。
私の読みが正しければ、シーライザは無関係な殺しはしないはず……!
私は、その間に少しだけ距離を取った。
「な……何を、苦し紛れな嘘を……!」
「嘘じゃない! 私は天乃織陽! 訳あって、ヒイロの身体を借りているの!」
「では、ヒイロ本人はどこにいる⁉︎」
「そんなの、私が知りたいわよ!」
もう、お構いなしだった。命が助かるなら、なんだって言ってやるわよ!
「ねえ、シーライザ。今、私を殺しても意味がないと思うの。中身がちゃんとヒイロじゃないと、ギア・ルージェストの考えているサイノスを封じる方法は無理だと思うわ」
「貴様……ッ、なぜ、ルージェストの名を知っている⁉︎」
ギア・ルージェストは、シーライザに依頼をした人物。
依頼人の名は極秘事項のはず。
シーライザにしか知り得ない事だった。
「だから、言ったでしょ? 私はヒイロじゃないって……。ギア・ルージェストの事は……」
小説を読んでいるから知っている。
……なんて言えるわけもなく……。
「……やはり、貴様は殺す」
「…………えっ?」
「依頼人の名を知る以上、貴様を生かしてはおけん!」
シーライザは、短刀を構え直し、こちらに向かってきた。
「嫌よ! あなたに殺されるなんて……!」
「もう、命乞いは聞き飽きた!」
「だって……! 私、あなたの事が好──」
好き……と、思わず言ってしまいそうになったその時。
どこからか金属片が飛んできて、シーライザの腕に直撃した。
落ちた金属片と思われた物は、私にも見覚えのあるプレートだった。
飛んできた方向を見ると……。
「……コハク⁉︎」
ヒイロの仲間のひとり、コハクがいた。
「……ヒイロは、殺させない……!」
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