第3話 魔族の長
魔族の本拠地の奥へと進むにつれて、
私達に向けられる攻撃は激しさを増してゆくけれど、やることは変わらない。
前衛の騎士団が敵を受け止め、その傷を神官達が癒す。
私はソフィアの助けも借りながら、相手の隙を見て、
精霊の力を借りて強力な一撃を浴びせる。
森の中で戦うということもあってか、今日はイグニの出番が多い。
この陣容で戦うことになり、だんだんと磨かれてきた連携は、
戦争の最終盤といえる段階に入っても、通用しているようだった。
だけど、最後の相手もそうとは限らない。
当代の魔族の長が戦場に出てきた時の記録を見ると、その強さは桁違いだ。
この先に待ち受けているはずの存在に、少し思いを馳せていると、
ソフィアの顔色が変わるのが分かった。
「アカリ様、皆様、先のほうからこれまでと比べ物にならないほど、
強い気配を感じます。おそらくは・・・」
私達の中で最も感知に長けているソフィアが言うのなら、間違いはない。
警戒を高めつつも、足を前へと進める中で、
やがて皆がそれを、はっきりと感じるようになってゆく。
騎士と神官の主立った人達が話し合い、
全員が今できる万全の準備を整えて、奥へと踏み込んだ。
*****
「ふん・・・人族の者達が、ここまでやって来るとはな。」
やがて、辺りが大きく開けた場所へと出たところで、
声を響かせたのは、その中心にある大樹の枝に腰かけた、魔族の女性。
少し離れた距離から見上げるだけでも、
放たれる威圧や、言葉を耳にするだけでびりびりと感じるような、
存在の大きさが伝わってくる。
「皆さん、周囲に探知魔法での反応はありませんが、
警戒を・・・!」
ソフィアが静かに告げ、騎士団の人達も当然というように、
他に襲い掛かってきそうな相手がいないか、辺りを見回す。
ここは敵の本拠地で、私達の前にいるのは、魔族の長なのだ。
「なんじゃ? そのように恐れずとも、ここには我しかおらぬぞ。
我がここでお前達を迎え撃つと決めた時点で、
他の連中は遠くへ移動を始めておる。なぜなら・・・」
魔族の長が大樹の枝から立ち上がり、ひらりと地面へ舞い降りる・
・・・その足に、強大な魔力を纏わせながら。
「いかに
着地の瞬間、土煙が舞い上がり、
辺り一帯を衝撃波が襲った。
「っ! 結界!!」
ソフィアを中心に、神官達が光の壁を作り出す。
魔族の長が動いた瞬間から、準備をしていたのが見えたけれど、
そうして築いた守りでさえも、みしみしと悲鳴を上げ、
込める力を一段と上げて、何とか初撃を乗り切った。
「ほう・・・誰も倒れなんだか。そうでなくては面白くないのう。
我が以前、自ら人族を攻めた時は、あっという間に塵になってしまい、
つまらんかったからな。」
にやりと魔族の長が笑う。
それはきっと、緒戦でソフィア達の国が、大きく領土を失った時のこと。
この魔族が、『つまらない』と自ら戦場に出なくなっていなければ、
私を召喚する前に、この国は消えていたのかもしれない。
今の攻撃一つを見ただけでも、そう思わせるような恐ろしさがある。
もちろん、この場で動揺を相手に見せるなんて、誰もしていないけど、
考えていることは、皆大きな違いは無いだろう。
それに、現実として今のような攻撃を何度も繰り返されたら、
敵に近付けないままに、こちらの魔力が尽きてしまう。
「突撃!」
だから騎士団の人達は、その前に攻勢をかけることを選択した。
隊列を組み、盾と剣を構えながら、一斉に向かってゆく。
「ほう、勇敢なことじゃな。
だが、いつまで保つかのう?」
魔族の長が笑い、爪をぎらりと光らせて、
横薙ぎに振るう。
「ぐああっ!」
正面からそれを受けた騎士の一人が吹き飛ばされ、
近くの数人も大きく体勢を崩した。
「簡単に死なれてはつまらんぞ。」
そこにすかさず蹴りが叩き込まれ、続けざまに二人が地面に倒れた。
「すぐに回復を!」
立ち上がれないほどのダメージを負った騎士達に、
神官の人達が回復魔法をかける。
「囲んで仕留めるぞ!」
正面からでは不利と見た騎士団の人達が、
魔族の長を取り囲む構えを取った。
「ふふ、その程度で優位に立ったつもりか?」
「!!」
魔族の長の周囲から茨が伸び、棘の生えた蔦を振るって、
騎士団を襲い始める。
「イグニ!」
このままでは状況が不利になるばかり。
召喚を終えていたイグニの力を借り、火球を放つ。
「ふん・・・」
魔族の長は動揺する素振りも見せず、手の一振りで消し飛ばそうとする。
だけど、私の狙いはそこではない。
「燃え上がれ!」
「何・・・?」
この炎で魔族の長を直接攻撃しても、効果が薄そうなことは感じていた。
だから、周囲の茨を排除することに力を注ぐ。
相手が風を起こしてくれたおかげで、火の勢いも強まったようだ。
「今だ!」
自分達を狙う茨から解放された騎士団が、一斉に剣を構えて突撃する。
「ふん・・・!」
再び魔族の長に蹴り飛ばされ、幾人かが倒れたけれど、
それに怯まず突き出された剣が、その肩先に傷を付けた。
「・・・! やってくれるではないか。」
ほんの浅いものではあるけれど、相手に負わせた初めての傷。
その顔がわずかにしかめられている。
そして、自らに剣を突き出した騎士を、正面から殴り飛ばした。
「
だけど、執拗に一人だけを狙う動きは、隙を作ることにもなる。
土の精霊であるイアスを呼び出し、魔族の長が立つ周囲の地面に働きかける。
「固めて!」
「むっ・・・!?」
その力で相手の足元の土を盛り上げ、そして固めることで、
動きを封じさせた。
「ソフィア!」
「はい!」
こちらも切り札を使う時が来た。
魔族の本拠地に近付いてから、あまり見せないようにしてきたのは、
警戒されることなく、最後の戦いを迎えるためだ。
「聖なる光よ・・・!」
祈るソフィアの手から光が溢れ、すっと向けた杖の先から、
線となり放たれる。
「ぐあああっ・・・!!」
騎士団の攻撃でわずかに傷ついた肩口を、
聖なる光で貫かれた魔族の長が、この戦いで初めて苦しげな声を上げた。
「お前等、やってくれたな・・・!」
肩を押さえながら、怒りの表情を向ける相手の動きが、
今までより鈍っているのが感じられる。
まだ決定打とは言い難いけれど、
私達の心に、行ける! という気持ちが溢れた。
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