第2話 戦場へ

「今日はいよいよ最後の戦いですね。お体の具合はいかがですか?」

朝の挨拶も一段落した頃、ソフィアが気遣うように尋ねてくる。


「もちろん、問題ないよ。」

笑顔で即答。周りで聞いている人にも伝わるように、少し大きめの声で。

本当は、緊張でお互いあまり眠れていないのは知っているけれど、

それは二人だけの秘密だ。


ところで、私を気にしてくれるのは嬉しいけれど、

寝不足を全く顔に出さず、率先して朝食の支度をしているソフィアも大概だよね?

戦いの状況次第では、私以上に負担がかかるんだから、無理はしないでほしい。



だけど、少し周りを見てみると、

あくびをしている人や、疲れが顔に出ている人もいて、

あまり眠れていないのは、私達だけというわけでもないようだ。


無理もない。私が召喚されてから、元いた世界の時間にして約一年。

いや、この国の人達にとっては、魔族の攻勢が始まってからの、

もっと長い期間に渡り続いて来た戦いを、

今日の勝利によって終止符を打とうとしているのだから。




私が召喚された世界では、人族――元いた世界の人達と同じような種族の他に、

『魔族』と呼ばれる者達がいる。


簡単に言えば、自然の中で生きているような存在だけど、

この魔族が好む自然というのが、人族にとっては毒になるようなものであり、

逆もまた然り・・・とにかく、相容れない面が多いのだ。


別の地域では、互いの住む場所を分けることで、衝突しないよう協定を結んだり、

もう少し近い距離で共存できないかと、模索している所もあるようだけど、

この辺りの魔族は、昔から好戦的な者が多く、

私を召喚した国との間で、昔から何度も争いが起こっているらしい。


そして、前回の戦いからしばらくは、平穏な年月が続いていたものの、

少し前に魔族の長が代替わりし、それが尋常でなく好戦的な者だったために、

一気に攻め込まれてしまったということだ。


そこで領土の何割かを失ったものの、なんとか防衛線を敷くと共に、

過去の伝承に則り、異世界の存在――私を召喚。

初めのうちは、右も左も分からない状態だったものの、

やがて戦う力を得て、この国の人達と一緒に戦線を押し戻し、

逆に魔族を追い詰めるところまでやって来た。


その過程で、停戦の試みが全く無かったわけではないけれど、

あくまで戦争を続けようとする魔族の長を討ち取るため、

私達は最後の戦いに臨もうとしているのだった。



「アカリ様、どうかなさいましたか?」

朝食を口にしながら、この世界に召喚されてからのことを思い返していたら、

ソフィアが気がかりそうな表情で話しかけてきた。


「ううん、ここに来てからのことを、思い出してただけだよ。」

「そうですか・・・私もアカリ様と過ごした日々を思えば、

 時間を忘れてしまいそうです。

 ・・・いえ、いけませんね。今はこの戦いを終わらせることを考えなくては。」


「うん、そうだね。私も全力で頑張るよ。」

そうして、周りの人達もそれぞれに意気込みを語りながら、

朝食の時間は進んでゆく。


「絶対に、アカリ様が無事にお帰りになれるよう、

 私がお守りしますから・・・!」

最後に、私だけの耳に届いた、ソフィアの言葉を残して。



*****



行軍の準備を終えた私達は、魔族の本拠地へと進んでゆく。

元いた世界の創作物の影響なのか、最後に待ち構える敵の拠点といえば、

どこか不気味な雰囲気が漂うお城が頭に浮かぶけれど、

この世界の魔族は、そうではないらしい。


自然の中で生きる彼らは、森の中に住んでいることが多く、

戦いの拠点もまた、そこに戦士が集まることで形作られるものらしい。

・・・つまるところ、私達がこれから向かうのは森である。


いや、魔族が大勢いるだろうし、その木々も人族には有害だから、

危険極まりないのは確かなんだけどね。



さて、好戦的な魔族が率いる一団の拠点に乗り込んで、

何も起こらないはずはない。

「敵だ・・・!」

前衛を務める騎士の一人が声を上げ、全員が戦闘態勢に入る。


現れたのは、数人の魔族と、彼らが従えている猟犬のような動物。

それに・・・

「後方に三人、隠れた敵がいるようです。」

探索魔法サーチを発動したソフィアが教えてくれた。



敵との距離が詰まり、やがて激突する。

真っ先に戦うのは、前衛を務める騎士団の人達。

魔族が荒々しい動きで爪を振るい、あるいは蹴りつけてくるのを、

盾で受け止め、剣で反撃する。


相手の素早い動きに、どうしても傷を負ってしまうけれど、

後方から神官の人達が回復魔法をかける。


修練を重ねた騎士の中には、自ら回復魔法を使いながら、

長く戦い続けることが可能な人もいると聞くけれど、

この状況を見れば、自分を回復している暇なんて、なかなか無さそうだ。


だから、前衛と回復役でパーティーを組んで戦うことは、

この世界で一般的なことらしい。

私の知っている作品では、盾役と攻撃役が分かれていることも多いけれど、

その見方で言うのなら、私は遠隔攻撃役と言えるだろうか。


さて、前方の戦いを見ているうちに、だんだんと味方が押し始めた。

しかし、敵が後退してゆく方向は、

さっき見つけた伏兵が攻めかかるのに、ちょうど良さそうな場所。


ソフィアと目を合わせ、うなずき合う。

私だって、さっきから何もせずに見ていたわけじゃない。

体に満ちる魔力は、準備万端だ。


召喚サモン、イグニ!」

私の言葉と共に、小さな火球が傍に現れ、ふわりと浮かぶ。


これは小さくても、火の精霊イグニの分霊だ。

契約を交わし、その力を借りて扱えるようになるには、少しばかり苦労した。

私の魔力を吸い上げ、見る見るうちに火球は大きくなってゆく。


ソフィアが隣で認識阻害の魔法をかけてくれているから、

敵方に警戒はされていない。


「皆さん、行きます!」

私の声に、騎士団が、神官達が、こくりとうなずく。

刻々と変わる戦況に、細かく打ち合わせる時間は無いけれど、

これは戦況が大きく変わる合図。それだけでも分かっていてくれればいい。


「行っけえー!!」

私の操る大火球が、敵の伏兵が潜む場所へ一息に飛び、

周囲の草木もろとも焼き尽くす。



「アカリ様、成功です。」

「うん。」

探知の反応が消えたのだろう、ソフィアの声に私もうなずく。


「!!!」

増援が壊滅したことを悟ったらしい、敵方の表情にも動揺が走った。


「それじゃあ、終わらせようか。」

「はい!」

少し残しておいた、イグニの炎で後方から敵を焼く。

前衛の騎士団も一気に攻勢に出て、間もなく敵は全滅した。


「アカリ様、お疲れ様でした。」

「ありがとう、ソフィア。」

まだまだ気を抜ける状況ではないけれど、

小さく笑いかけるソフィアにうなずいて、イグニの召喚を解いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る