番外回顧
「わたしの妹を殺したんですよ、あなたが」
「何、を……?」
「0374号、ここではミナヨと呼ばれていた子です」
それは私の消せない罪の記憶。
「姉さま!見てください!ミナヨは姉さまの絵を描きました!」
「うん、よく描けてるね」
「ミナヨは姉さまをずっと見てますから!」
「その言い方は……少し怖いかな」
「な、なぜですかー!?」
私はかつて、0374号……ミナヨと同室の囚人だった。当時の私は通し番号0007号からレーナと呼ばれていた。ミナヨはものぐさな私の代わりに様々な雑務を嫌な顔一つせずこなしてくれる、優しい子。
そんなミナヨを私が手にかけた……?
一体どうして?
記憶の解凍は進む。
「姉さまはいつも物憂い顔をしています……もっと笑った方がお美しいですよ!」
「えー、めんどいな〜。私は愛想がいいタイプじゃないんだよ」
「……むにー」
「ちょっとミナヨ!?頬掴まないでよ!」
「やっぱり、姉さまの笑顔はすてひへふっ!?」
ミナヨの頬、体温が高くて柔らかい。
小さく愛らしい顔が手の中で弾む。
檻の中で私は、ミナヨの姉代わりだった。
「ふふっ、お返しだよ。ミナヨの笑顔もかわいいじゃん」
「ほへは……へへ〜」
ミナヨは実の姉妹のミナミとミナコに会いたがり、その度に私は外出許可を取った。交換条件として看守に甚振られる事もあるが、生まれ付き痛覚が鈍かったので大して辛くはなかった。「痛み」という名の作業、苦しみと言うよりも退屈にすら近い時間だった。あるいはミナヨの為だからと脳の箍が外れていたのかもしれない。
「痛がらないお前はつまらない」
という看守の言葉だけを覚えている。
「レーナ姉さま〜、お久しぶりです〜!」
「おー、ミナミ!元気してた?」
「れーなー!」
「ふふっ、ミナコも元気そうだね。また背ぇ伸びたんじゃない?」
私を見留めるや否や、走って抱きついて来る少女達。ミナコ、ミナヨ、ミナミの三姉妹は、まだ幼いのにも関わらず施設に送られることも無く、檻の中に鎖されている。私はその理由を知らなかったし、今でも知りたくはない。
事件はある日突然起きる。
ミナヨが看守に呼ばれ、1人で連れて行かれてしまった。何が起きるかは……私の身体が覚えている。
「おかえりミナヨ、その傷どうしたの?」
「こ、これは……何でもありません!」
「……」
あれは看守の誰かによる手傷。
……ついに、始まってしまった。
看守が一度手を出した囚人の先は長くない。
「痛がらないお前はつまらない」
だったら、「面白い」子を痛め付けるだけ。
鳴かない玩具に用は無い、と。
「おかえり、ミナヨ……」
「姉さま……たす、けて」
「この傷の量は……っ!?」
「ミナヨはもう、ここにいたくないです……!」
「少し、話そう?」
「……はい」
この辛い日々が始まってから、私はミナヨに出来る限り優しくした。毎日医務室に連れて行ってくれるよう看守に頼んだ。見える所に傷があれば恫喝紛いの取引もした。その度に
そのうちミナヨは笑わなくなった。檻の扉が開く音に怯えるようになった。食事もまともに摂らなくなった。怯懦が絡み付いた絶望は色濃く彼女の世界を侵し、黒く塗り潰していった。
ある夜のこと、眠る私の頬に優しく触れるミナヨ。上体を起こそうとしたが、彼女が覆い被さっていたので断念した。最早亡骸同然の身体、あえかな命の重み。
「ん、ミナヨ……なに?」
「姉さま……」
「眠れないの?抱き締めてあげようか」
「姉、さま……」
生暖かい雫が、頬に落ちた。
やけに
「ミナヨ、を……殺して?」
彼女が泣く顔を見たのは、それが最初で最後。
もう二度と、見たくない表情。
「……ごめんね、何もしてあげられなくて」
ただ強く、ミナヨの痩せ細った身体を抱き締めた。私の
次の記憶の始まりは私の手。
指先が真白く、痺れている。
力を入れて何かを強く両手で握っていたような……
先程まで必死で握っていたものが
力なく転がっている、そこに。
「うああああああああああっっっっ!」
……私はミナヨを救えなかった。生まれて初めて感じた、身が引き裂かれる程の心の痛み。
報われない努力は何もしていないのと同じ。
ならいっそ何もせずに死を待つ方がマシ。
自分で人生に終止符を打つことさえも気疎い。
もう何もかも、面倒でしかない……
怠惰に身を任せて、身を持ち崩してしまいたい。
時は現実に戻る。
次回、1637
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