日誌003


0373号は読書家だというので、ハナの指示通り図書室に向かってみる。そこは静かな場所だった。誰も居ないようなので少し書架を散策する。冴え渡る空気の中、一分野につきひと棚程度の分量で網羅的に本が配架されていた。ふと、一冊の本に目が留まる、と言うよりは引き寄せられた感覚に近い。


「七つの大罪、か。刑務所に置くにはふさわしいかも。へー、嫉妬、強欲、憤怒、怠惰……」

「いらっしゃいませ〜」


殺伐とした刑務所には似つかわしくない、花が咲くほど優しげな声が聞こえてきた。棚の間から飛び出してきた少女。どこか見覚えがあったが、思い出せない。


「どうも。騒がしくしちゃったかな、ごめんね」

「お気になさらず〜」

「そうそう、0373号を探してるんだけど」

「それはわたしですね〜」


ふんわりとウェーブした薄金色の長髪。おっとりとした雰囲気の彼女が0373号、通称ミナミ。右手に何冊か抱えているのは図書室の蔵書だろうか、堅牢な製本の表紙にバーコードが貼られている。


「貴女がハナさんの言っていた新人看守さんですか?」

「先ぱ……0087号に会ったんだね」

「つい先日『面白い新人看守が訪ねて来るだろう』と伺いまして〜」


期待の眼差しを以て私を見据えている。先輩が昨日「行くところがある」と言っていたのはこれか。


「面白いかは判らないけど、新人看守は私で間違いないよ」

「こちらには何用で〜?」

「君に話を聞きに来たんだ」


相槌や間投詞の一切ない事務的、尋問的な口調。尤も彼女の纏う雰囲気によって語気の強さはかなり緩衝されてはいるが。


「わたしに何を聞きたいんですか〜?」

「君は、私の何を知ってるの?」

「何を……ですか?」


瞑目し考え込むミナミ。しばらくすると覚悟を決めたように目を開く。


「わたしはあなたの罪を、知っています」

「……何故それを?」


俄に険を帯びる空気、鑢のような視線の交錯。私の罪は過去に囚人を一人、手にかけた事。そのこと自体を隠す気は無いが、詳細を述べたくはない。思い出したくもない。


……いや、思い出せない。そこだけが記憶から消し飛んでいるような、妙な感覚。


「その頬……看守さん、ミナコに会いましたね?」

「会ったよ」


何故ここでミナコが出てくる。彼女は関係ないはずだ。ミナミに感じたあの既視感の正体は、ミナコのもの……?否、少し違う。


「ミナコはわたしのです」

「なるほど、ね」


末妹……つまりミナミには、ミナコ以外の妹か弟がいる。あるいは……

気付くとミナミの口調から柔和さが剥がれ落ちていた。酷く恐ろしい、冷たい眼で私を見据えている。心臓に液体窒素を打ち撒けて握り潰さんばかりの眼光。私はそんなミナミを前にして、


「ミナミ、怒ってる……?」

「怒らずにいられましょうか!」


裂帛れっぱくの気炎を伴って、ミナミは私を睨めつけた侭ひとつ大きく深呼吸した。永遠にも手が届きそうな刹那が過ぎる。


「わたしの妹を殺したんですよ、あなたが」


ミナミの憤怒と私の罪。二つの点が線で結ばれた。


次回 番外回顧

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