騎士爵領立志編3ー6


 開け放たれた扉にはシズクと、先程まで宴会場に居た近衛が武器を持ち集まっていた。


 シズクが血まみれで座っている俺を見て、駆け寄ってきた。


「ユウリ様ご無事ですか!こんなに血が、今・・今すぐ直しますから・・」


 「見た目はちょっと酷いけど大丈夫、もう傷は塞がってるから」


 血で赤く染まった服を触り、身振りで怪我が無い事をアピールするもシズクは「本当ですか・・・」と体を触れくる。


「《修復リカバリー》どうしても不安だったので・・・」


 シズクは加護を使い少し安堵したように息を吐き出した。

 近衛がその様子を見て騒めき立つ。


  “今の慈悲の加護じゃ無いか?”

  “《治癒ヒール》じゃ無くて《修復リカバリー》を使ったぞ”

  “中位まで使えるのか、これは王国に報告すべきなんじゃないか”


 慈悲の加護は多くが教会関係者で占められている為、貴族や軍部は優先的に確保に動いている。


 これは拙いまずいな噂が広がれば貴族が手を出してくるかも知れない。そうなった時に今のスカーレット家ではシズクを守ってやれる保証なんて無い。


 何とか黙っていて貰う方法を考えないと・・そう考えているとアメリア様の声が聞こえた。


「今見た加護について話す事を禁じるわ」


 近衛から少しの騒めきが起きる。

 その中で一人の近衛が一歩前に進む。

 

「王家で確保すると言う事でしょうか?」


「いえ、王宮にも報告しないわ。今日わたくしの護衛が慰問に訪れた先で滞在先の貴族家に剣を抜くなどという不名誉な事件を起こしました。この上で加護持ちの情報を流すなどと言う恥晒しな真似は出来ません!」


 「ですが、慈悲の加護を使える者は軍部では数が少なく・・・」


 食い下がる近衛をアメリア様が苛立ちをあらわにし見つめるとその近衛は諦めたのか一歩下がった。


「申し訳ありません・・・」


 アメリア様は視線を近衛全体に戻すと深呼吸をした。その瞬間今までとは雰囲気が打って変わり、アメリア様がこの場を支配する。


 これが・・・王族・・母様の威圧とは全く違う。恐怖では無く畏敬の念でひれ伏してしまいそうに成る程の威圧感。


 誰しもがアメリア様をから目が離せなくなった後、アメリア様はゆっくりと微笑み口を開いた。


「アメリア・スフィーダの名の下に命じる。近衛各員はユウリの侍女であるシズクについての情報を口外する事を禁じる」


「「はっ」」近衛が跪き、アメリア様に同意の意を示す。


 王家の一員である自分の名を持って命令を下した瞬間に近衛の誰しもが全ての言葉を飲み込み肯定した。

 この名乗りには、それだけの意味があるという事なのだろう。


わたくしはユウリと話があります。近衛は部屋の外に護衛を残し戻りなさい」


 アメリア様の言葉で近衛が直ちに移動を開始し扉が閉められた。

 部屋の中が俺達だけになり、アメリア様から威圧感が消え元の雰囲気に戻った。シズクは緊張が解けないようで少し震えていた、シズクを安心させる為震えている手を取ると、驚きの表情でこちらを見る。


「シズクありがとう。でも無闇に人前で使うと注目を集めてしまうから気をつけてね」


 シズクは顔を赤くしたかと思うと、目を伏せ急いで手を引いた。

 俺と目が合うとシズクは慌て始める。


「これは、手を触られたのが嫌だったんじゃないよ!びっくりしちゃって・・・」


 シズクがあたふたしているとアメリア様が隣に腰を下ろしシズクを真っ直ぐ見据えて微笑む。


「シズク、わたくしの侍女にならない? 今の何倍も給金を弾むわよ?」


 唐突なアメリア様の引き抜きに驚く。


「ちょっ・・アメリア様、先程はシズクをその手の勧誘から守ってくださったのでは無いのですか!」


「そうよ?あのままだと勧誘だけじゃくて、誘拐される恐れも合ったからね」


「わ・・・私が誘拐される・・?」


「当たり前でしょ、慈悲の加護は一定数の数は居るけど、後ろ盾のない騎士爵家の侍女なのよ?落ち目の貴族なら 誘拐してから本人が働きたいと言って来た、なんて偶にある話よ」


 「そうなんですね・・」


 シズクが想像したのか少し怯えた表情になった。

 余りシズクを脅かすのも良くないなと思い話題を戻す。


 「所でアメリア様、何故シズクを勧誘したのかの訳をまだ聞けていませんが?」


「あら? 近衛に外部へ情報を漏らすことは禁止したけれどわたくしが勧誘しないなんて一言も言ってないわ。

それにどうせユウリは私が貰うのだし、シズクが私の元に来るのも時間の問題でしょう?」


 俺が、アメリア様の派閥に入ることは決まっているとでも言わんばかりの口ぶりに反論したくなるが、飲み込んでジャスパーの事で一つ気になったことを思い出したので、聞いてみる。


 「アメリア様、話は変わるのですがジャスパーの最後の一太刀あれは何だったんですか? ジャスパーが何かを呟いた瞬間、魔力が膨れ上がり、剣速が今までとは比べ物にならない程、速くなっていましたが・・・」


「魔剣の事かしら?《解放リリース》で能力を発動していたから汎用の魔剣ね」


 この口振りだと一般的な知識なのか?でもエドワード殿に橋姫はしひめを貰った時はそんな事一言も・・・

 

 「魔剣?汎用?魔石が嵌められている剣は、刀身の保護などの効果が付与されているだけでは無いのですか?」


 「刀身保護なんて大抵の魔剣に付いてるわよ? 汎用の魔剣っていうのは誰かが魔力を込めれば、持ち主を選ばず《解放リリース》と魔力を流しながら唱える事で、その魔石に込められた魔力を使う事が出来るのよ」


 成る程ね、母様達が知らないとは思えない。何故黙っていたかも含め後で聞いておくか・・・


「そんな便利な物が有るのなら、魔力が低くても問題無い気もするのですが?」


「そうね、一本で金貨10〜20枚程度だから国内有数の商会とかなら出来るかもね」


 なっ・・・金貨・・・待て待て橋姫はしひめは幾らなんだ! もしかしてウォード卿に途轍も無い借りを作ったんじゃ・・アメリア様に急ぎ見て頂こう・・


「アメリア様、至急見て頂きたい物がありますので屋敷まで行き持ってきたいと思います。 血で汚れたこの部屋の清掃も必要ですし部屋を移りましょう」


「屋敷に行くならわたくしも参ります。今回の事スカーレット卿に報告し謝罪をする必要があります」


 王族が騎士爵に謝罪をする? 変な噂が立たないように母様に直接会って頂いた方が良さそうだな。


「分かりました、では参りましょうか。

シズク済まないがマイク達と急いでこの部屋の清掃を頼む」


 シズクは「お任せください!」と急ぎ部屋のから退出した。


 あの様子なら落ち着いたみたいだな。


 アメリア様と近衛を連れ屋敷への道を歩く。


「ユウリ、頼みがあるのですが、明日良ければ村の案内をして頂けるかしら? ジャスパーの件があったばかりで心苦しいのだけど、慰問と視察を兼ねてる以上ちゃんとやっておきたいのよね」


 ジャスパーの件で、王族と気まずくなった等と変な噂が立っても困るのでこちらとしてもありがたい申し出だな。


「喜んでご案内致します」と答えるとアメリア様は「助かるわ」と微笑んだ。


 屋敷に入り執務室にアメリア様と近衛の方を案内し着替えと母様を読んでくる為、少し待って欲しい旨を伝え執務室を後にする。


 着替えの為に部屋に向かっていると食堂から母様が歩いてくる。

小腹でも空いたのだろうか? と考えているとこちらに気付いた様だ、そして血塗れの服を見ると此方に駆けて来た。


「ユウリ!何があったんだい!大丈夫なのかい?」


 母様は切り裂かれた俺の服と体を触り安心した様で胸を撫で下ろす。


 「ちゃんと説明してもらうよ」と母様から魔力が溢れ始める。ジャスパーの乱心と説明の為に、アメリア様が執務室にいらしている事を伝え、明日も村を案内する約束をしているので穏便に済ませて欲しいと念押ししておく。


 「分かったよ。その代わり今日はもう休みな!」


 「母様それは困ります!アメリア様のお部屋の確認も有りますしまだ休むわけには・・・」


  母様は真剣な表情でこちらを見据える。


「王女殿下の部屋の確認はアタシがやっておく。これは領主としての命令だ、大人しく部屋で休みな!」


 母様は心配してくれているのだろう。こうなっては大人しく部屋で休むしかなさそうだな。


「分かりました。母様後はお願いします」そう言うと母様は満足したのか「任せときな」と腕まくりをし執務室へと向かって行った。


 

 

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