騎士爵領立志編3ー3


 日が沈み始め辺りが赤く染まり始めた頃、護衛の近衛と思われる白の軽鎧を着た騎士と王女殿下を乗せた馬車が温泉宿の前に停車した。屋敷の前には従士を含めスカーレット家一同で出迎えに出ている。


 母様が跪き片手を胸に当てる。

 それに倣い皆が跪くのを近衛騎士が見届けると近衛は馬から降りその中の隊長らしき青色の髪を持つ若い男が馬車をノックした。

 馬車の扉が開き中から侍女らしき人が降りてきた。馬車の外装は白で統一され開いた扉からは高級そうな赤の座席が見える。


 侍女が「アメリア様」と声を掛けると中から一人の女性が赤のドレスを纏い金の髪を風になびかせながら降りてきた。


 この方が第二王女殿下かそう考えていると一瞬目が合い優しくアメリア様は優しく微笑み皆を見渡した。


「皆さん楽にしてください。わたくしはアメリア・スフィーダ、皆様宜しくお願いしますね」


 アメリア様からの許しが出た事で皆が立ち上がると同時に近衛の一人が眉を顰めながらアメリア様に近づく。


「この様な擬い物まがいものにアメリア様自らお声を掛ける必要など御座いません」


 母様から少し魔力が溢れ近衛騎士は剣の柄に手をかける。


「ジャスパー何て事を言うのです。その様な蔑称は使わぬ様に何度も言ったはずです。

 スカーレット卿、申し訳ありません私から後で厳しく注意致しますのでここは私の顔を立てて頂けませんでしょうか?」


 母様は溢れていた魔力が消え「気にしていませんので」と

頭を下げる


 その様子を見ていたハインツが一歩前に出ると「では本日の宿を案内致します」と王女殿下一行を宿の中に誘導した。


 ふうー緊張した、母様にもだが一番驚いたのはあのジャスパーと呼ばれた近衛だ何を思って面と向かってあんな事を言ったのか理解出来無い。


 母様が改めて挨拶に向かう為、宿のに向かうと入れ替わりでマイクが出てきた。


「ユウリ様、近衛の皆様に温泉の案内をお願いします!ハインツさんが、近衛隊長を警備の状況を説明する為に施設の案内をするので、他の隊員の方はユウリ様に案内して欲しいそうです」


「分かった。今行くよ」


 もしも近衛があの隊長みたいなのしか居なかったら辛いだろうなと考えながら近衛の方達が泊まる部屋に着いた。


 近衛の方達の部屋は隊長に個室を割り当ててあるが時間の関係上これ以上の個室は準備出来ず二十人の近衛に四人部屋を7つ割り当ててある。多めに割り当ててあるのは男性と女性の比率が不明だった為である。


 部屋の前まで行くと王女殿下の部屋を護衛する四人を残し近衛の方達が既に私服に着替えており

部屋の前で待っていた。


「お待たせしてすみません。皆様の案内役を務めますスカーレット家嫡男、ユウリ・スカーレットです」


 頭を下げ挨拶をすると近衛の人達が軽く笑い始めた。


「ユウリ殿、顔を上げて下さい我々は第三近衛騎士団、近衛騎士の中でも学院での成績が良く拾い上げられ騎士爵に任ぜられた者や家を継ぐことが出来ない妾の子などが殆どですので畏って頂く必要は有りません」


「では先程の隊長も?」


「いえ、ジャスパー隊長は今回の視察直前にアメリア様の警護をなさる為、第二から出向して来られた方です。今回の視察の間だけアメリア様の警護を担当されております。今回実際に指揮しているのはトリスタ副隊長です」


 トリスタと呼ばれた女性は鎧を着用したままでこちらに軽く一礼すると「ミランダ殿に無理を言って夕食まで少し訓練をつけていただける事になりましたので少し出掛けてきます」と足早にその場を後にした。

 

 ジャスパー隊長の機嫌が悪かったのは、普段から選民意識が高く、見下している人間ばかりの部隊に入れられ一週間ものあいだ、行動を共にしたのならば相当な苛立ちだろう。 


 近衛の方達が質問の意図を汲み取って「隊長が申し訳無い」と謝ってくれた。


「気にしてませんので、皆様早速ですが温泉を案内致します!」


 途中近衛の方達はオラフの商店で売っているリバーシやトランプといったものに興味を示したが温泉の後でご案内致しますねと温泉に急いだ。

 食事を作り始めている頃なので余り悠長にしてはいられない為だ。


 近衛の方が少し困った様に質問して来た。


「ユウリ殿作法や決まり事は有りますか?」


そうだった、この国では風呂に入る際の作法などは家毎に違う。説明しておかないと

 

「湯に浸かる前に体を洗って貰う以外は特に作法といったものは有りません。では施設の案内を先にしますね」


「助かります。皆ユウリ殿が説明してくれるので聞き漏らさぬように」


 砦の兵士に聞いた話だと貴族や一部の商人が個人で風呂を所有しているが一般的な家庭などでは水浴びか寒い季節はお湯を沸かしそれで体を洗うだけで温泉を作る前のシルワ村と大差がなかったらしい。


 細かい作法等は抜きで楽しんで貰う。タオルは腰に巻いて貰っても良いし希望があればシャツやハーフパンツも準備して有る。


 先ず服を脱いで貰い、俺もハーフパンツを着て案内を始める。

 温泉やサウナ、水風呂を一通り説明し体を洗って貰った後は自由にして貰う。


 近衛であれば風呂に入った経験はあるだろうし前世とは文化が違うのだ、風呂での作法の何が貴族に対して失礼に当たるか分からないのだから下手に決めない方が良いと思った為である。


 少し経つと近衛の方達の声が聞こえてきた。

 

 「こいつは気持ち良い!この少し肌に刺激がある気がたまらん」


「まさかこんな辺鄙な場所でこんなに大きな風呂が有るとは!」


「お前サウナストーンに水掛すぎなんだよ!初めてなんだから少しずつ試しながらって言われただろ!」


「この程度の暑さで根を上げるなんて副長も案外やわですねー」


「馬鹿者が!お前達の為を思って言ってるんだ。私はこの程度何ともない!」


「水風呂がこんなに気持ち良いなんて・・・」


 かなり楽しんでもらえている様だ。サウナだけは安全の為マイクに頼んで誰か必ず人を置いて貰っている。


 温泉を楽しんで貰った後は。オラフの商店に寄り食事迄の時間をフリースペースでリバーシやトランプを楽しんで貰う。

 その後、食事の支度が出来たとマイクが呼びに来たので近衛の皆さんを宴会用の大部屋に案内しようとすると商店に置いてある遊具を買っていってくれた。一人で同じ物を複数購入している人も多く見られオラフは大変嬉しそうだ。


 宴会場では畳に良く似た草で作られた物が敷き詰められており座椅子と個人用の机で食べて頂く宴会風となっている。


 少し戸惑った表情の近衛の方が見受けられる。今になって気づいたのだが脚の無い椅子に座って食事する事に抵抗があるのかもしれない。


 兵士や村の人達からは特にそう言った声は上がってこなかったのだがやはり貴族はどうしても抵抗が出てしまうのだろうか?後で聞き取りをした方が良さそうだ。


 食事が運ばれ席に着いて貰う。


 俺は話し相手と問題が起きた時に対処する為に宴会場の扉に近い席に座る。

 

 肉料理中心では有るがマイクの作った料理を近衛の方達は気に入ってくれたようで上機嫌に食べている。

 

「いやーユウリ殿この村は凄いですな!前線近くの村でこんなご馳走が食べられるとは!」


「この肉に掛かったソース絶品ですね。王都の名店並みに美味しいですよ!」


 マイクの料理って美味しいんだよなー前世の料理と比較しても引けを取らないと思う。マイクに聞くといつもはぐらかされるから余計に気になっている。


 最初はワインを出したが少しアルコールも回った様なので今やこの村の名物と言ってもいいジンジャエールを出して見る。別の酒も欲しいと要望も出たのでビールやこの日の為に仕入れたウィスキーを出した。

 ジンジャエールで割って貰った物も試して貰ったが評判はかなり良さそうだ。


「ユウリ殿このジンジャエールとやらは買って帰る事は出来ないのかい?」


「すみません、どうしても少しづつ二酸化炭素・・その泡の部分が抜けて行ってしまうので土産としては販売して無いんですよ」


「それは残念だ、では此処にいる間に飲みだめしないとな!」


 近衛の皆さんはそう言って楽しそうに酒とジンジャエールを楽しんでいる。

 

 今回の事で王都にも噂が広まってくれれば運送に耐えられる密閉できる容器も作らないとな。


 そんな事を考えていると、扉が開き厨房でお菓子作りを任せていたシズクが、不安そうな顔をしながら作って貰っていたプリンを持って俺の直ぐ隣に腰を下ろした。


 シズクは王女殿下をおもてなしする為、頭を悩ませている時に「ホットケーキが凄く美味しかったので、お菓子をお出ししてみては如何いかがですか?」と提案してくれた。


 それから一緒に色々作ってみたのだが、シズクはお菓子作りが上手く俺が作るより遥かに手際が良い上に、美味しく作ってくれるので、今回の王女殿下へお出しするお菓子を任せてある。


「ユウリ様、王女様にお出しするプリンが出来ました! 試食をお願いできますか?」


 プリンは綺麗な黄色をしていて上からカラメルが掛けられている。

 一口食べてみるとシズクが頑張ってくれた事が直ぐに分かった。プリンの中で俺が一番好きだった凝った細工は無しの定番の味が口の中に広がったからだ。


 「凄く美味しいよ」と笑いかけるとシズクは少し赤くなり「はい・・・」と下を向いてしまった。


 宴会場の扉が開きマイクが俺達を見ると安堵した様で胸を撫で下ろしながら近寄ってきた。


「ユウリ様、急ぎ王女殿下にデザートのプリンをお出しして頂いてよろしいですか?王女殿下がユウリ様に持って来てもらいたいと」


「王女殿下が?分かった直ぐに行く」


 何かあったのか不安になり、俺はシズクと急ぎ厨房にプリンを取りに向かった。


 


 




 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る