騎士爵領立志編3ー2


 月明かりが差し込む中、温泉宿の一室の内装を急ぎ個室に用に作り替えている。


 マイクは早朝から個室用の風呂を部屋に急遽作りその後、改装の指揮を取っているため、疲労が溜まり時折眠そうにしている。


「マイクそろそろ休んだほうが良いんじゃない?」


 マイクは眠そうに目を擦るが笑顔を向けてきた。


「なんの!ユウリ様、折角の貴人の来訪、ここで温泉宿を気に入っていただければこの村の飛躍に繋がるってもんですよ」


 マイクは凄いやる気を見せている。

 これは五日前に来た王都からの知らせから始まった。蜂蜜を採取した翌日にその知らせは届いた。


 その日俺とジャックは屋敷の一室でたれ蜜の瓶詰めを行っていた。


 たれ蜜とは、前日に重箱に作られた巣にナイフで切れ目を入れ大きめの箱に重箱ごと入れて置くとにより、翌日には蜂蜜が垂れて箱に溜まった物の事である。

 全ての蜂蜜が取れている訳では無い為、巣に残った蜜は圧搾機を使い搾り取る必要がある。


 採取量が少ない事もあり、多少高級路線で売るしか無いので100g程入る瓶にレードルお玉を使い地道に蜂蜜を瓶詰めをしている。


 頑張ってくれてるしちょっとしたご褒美でもあげるか。


「ジャック後でパンケーキに蜂蜜をかけて食べてみる?」


 ジャックは凄い速度でこちらを振り向き首を縦に振っている。

 

「本当に良いのか!いや・・・良いのですか?」


「たれ蜜って分けにはいかないけど圧搾機で絞った分を使って食べますか!」


 ジャックは目に見えて作業のスピードが早くなった。

 

 まだ子供だしなやっぱり単純作業は辛かったか。ジャックゴメンよ・・・効率が良い方法が有ったとしてもイノリに確認して貰ってもそんな記憶は無かったらしいから当分我慢して貰うしか無い


 コンコン ドアがノックされる音が響いた。


「どうぞ」というとハインツが中に入ってきて瓶詰めの進捗と量を確認している。


 「ユウリ様順調に進んでいるみたいですね」


 「ハインツ、女性陣は近寄って来てませんよね?」


「勿論です、昨日の様に少し味見をと言ってドンドン食べられたら困り物ですしね。さて本題ですがミランダ様が早急にユウリ様を探して来てくれと言われましたので早く行きましょう」


「分かりました、ではジャック後は任せたよ」


 ジャックは悲壮な表情を顔に浮かべ手を伸ばしてきた。


「ジャック頑張れ、後でちゃんとパンケーキは作りますので安心してください」


 そう告げてジャックを一人残して俺とハインツは執務室に向かって歩き出す。


 「ユウリ様少し気になるのですがあの養蜂の知識は何処で学んだのですか?書物なら是非読んでみたいのですが?」


「残念だけど書物じゃ無いんだよね」


 ハインツは少し考えて思い当たったのか納得して頷いている。


「成程、加護でしたか、なら加護の効果を聞くのはマナー違反ですね。ですが惜しい、何とか本にして欲しいですが・・・」


「断片的な知識の加護だから本に出来るほど纏まってる知識じゃ無いよ」


「知識系の加護は断片的な物が多いと聞きますし残念です」


 この世界には知識系の加護が有るらしく、不信に思っても濁しておけば勝手に加護だろうと解釈され深く追求されないから楽だ。


 母様とシズクには、シズクの加護を《才能ギフト》で顕現する時に、前世については隠してイノリと《才能ギフト》については説明したのだが誰にも言わない方が良いと強く念押しされた事が有り知識系の加護を持っている事を匂わせて誤魔化している。


「そうだハインツ母様の要件って何だか聞いてる?」


「触りだけ聞きましたが詳しくは聞いていませんのでユウリ様と一緒に説明を受けます」


 ハインツと話しながら屋敷の中を歩くと直ぐに執務室が見えてきた。

 執務室は周りと比べると艶のある濃い色の木材が使われていて少し高そうな気がするけどここも温泉宿の利益がもう少し上がったら改築したいんだよなーなどと考えているとノックして無いにも関わらず中から母様の声が響いた。


「入ってきな!」


 中に入ると母様は椅子に深く座り背もたれに体重を預け疲れたように天井を仰いでいた。


「母様だらしないですよ。いったい何があったって言うんですか?」


 母様はため息を吐くと前のめりになり、机に頬杖をつきながら一枚の封筒を差し出してきた。


 触った瞬間に嫌な予感がした明らかに紙の質が違う滑らかでジオ伯爵からの手紙より品質の良い紙など使っている家は限られてくる。


 見なかった事にしたい、切実にそう思った。


「母様これ見ないで返したら無かったことに出来ませんかね?」


「馬鹿なこと言ってんじゃないよ!開けちまってるんだから返せる訳ないだろ」


 そんなやり取りを見てハインツがため息を吐いた。


「はあ、、ミランダ様開けたから返せないでは無く元々返す事は出来ません。それにユウリ様は覚悟を決めて中を確認して下さい!」


 ハインツに言われ嫌な予感しかしないが意を決して中の手紙を見る。


 中には信じられない内容が書いてあった。

 

 手紙の内容を簡単に纏めるとスフィーダ王国第二王女である。アメリア殿下が温泉宿を含めた村の視察の為一週間後に訪れると言う物だった。


 やはり特大の厄介事だった。何をどうしたらこんな事になるのか・・・そういえばウォード卿が二週間程前に温泉に遊びに来ていたな、確信は無いが何故か合っている気がする。


 名目は国境近くの開拓村の慰撫で有るらしいが訪れるのはシルワ村だけ、ただでさえジオ伯爵以外との関係が疎遠である我が家にとっては嫉妬の対象になりそうで余り喜べた物ではない。


 ハインツは横から手紙の内容を確認し思案を始める。


「ユウリ様これは考え方によってはチャンスかもしれませんね」


 俺の思っている方向とは違う考えが聞けて少し驚いた。ハインツは特に俺に考えが近いことが多かったからだ。


 「と言いますと?」


「シルワ村は現在、砦の兵士が療養や休暇で来訪する方達が主な客層としていますがこれは週に一度の定期馬車で三十人程度を送迎しているのが実態です。

 月に二百人を超えると思えば大変ありがたい事なのですが空室があっても行商人が偶に使う程度です」


 そこまで話した後ハインツが俺の顔を見て来た。分かるだろ?と言いたげな顔をしていた。ここ一年程ハインツは自分が少し話して残りを俺に説明させようとする事が多い、教えてくれているのか試されているのか。


 「成程ねその為客層の拡大。空いている部屋を個人客用に改装し今回の第二王女殿下の来訪を看板に、第二王女の派閥の人間に此処が第二王女殿下もお泊まりになられたお部屋なんですよと貸し出せってことですね」


 ハインツは満足そうに頷いていた。


「ではユウリ様、私もお手伝い致しますので急ぎ改装の準備をお願いしたいと思います。ミランダ様宜しいでしょうか?」


「ああ頼んだよ!じゃあアタシはちょっと巡回行ってくるから細かいことはオラフとマイクを交えて進めといておくれ」


 母様はそれだけ言うと今回の件から解放された事で上機嫌になり軽い足取りで執務室を後にした。


 母様が困っていたのは本当でその上で上手くハインツと母様の芝居に騙されたかな?


「上手く乗せられた気もしますがどの道やるしか無いですね。マイクとオラフを呼んできてもらえますか?」 


 ハインツは「もう屋敷に呼んでありますので此処に通しますね」と二人を呼びに行った。



 

 そんなやり取りが五日前に有り今に至る。


「その小物は棚にの上にお願いします。

 そっちの棚はお風呂用の石鹸などを入れておいてください」

 内装を手伝ってくれている村人に指示を出し前世で見た個室をなるべく再現していく。


 マイクの方も大工の方達と仕上げていた部屋風呂が完成した様で疲れた様子で腰を下ろしていた。


「ユウリ様これで明日はゆっくり細部の調整をしながら明後日の王女殿下の来訪を待てますね」


「そうですね、一応近衛の方の部屋も準備しましたし気難しい人が来ないと良いんだけどね」


 マイクは地獄の様な一週間を乗り切った安堵からか晴れやかな顔をしていた。


 そして第二王女殿下をお迎えする日を迎えた。











 

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