騎士爵領立志編3ー1

 王国歴214年


 スフィーダ王国謁見の間


 ペレス騎士爵の謀反から二年が経ちスフィーダ王国とベリア公国におけるこの度のペレス卿の事件に合意が得られた。


 スフィーダ王国側の主張はペレス卿はベリア公国と共謀し王国内の輸送部隊を襲撃し物資を強奪しシルワ村への襲撃を企てた停戦協定違反であるという物


 一方、ベリア公国側の主張は王国貴族であるペレス卿が国境を超えベリア公国に潜入又は襲撃を企んだ停戦協定違反であるという物


 双方の言い分は平行線を辿り、最終的にベリア公国は国境付近に王国側だけが砦がある現状に問題があるとし砦を建設、そしてベリア公国はスフィーダ王国に対し王国金貨にして白金三十枚を支払うとして本日合意が行われた。


 謁見の間には近衛四十名が整列しており、ベリア公国からは大使のバルド将軍と護衛四名が同行していた。


 玉座に座るのはスフィーダ王国 国王ルイス・スフィーダ


 体には自然体でありながら濃密な魔力を纏っておりその金の瞳はベリア公国からの大使であるバルド将軍を見下ろしていた。


 「バルド将軍、この度は合意が得られたこと嬉しく思う」


 バルド将軍と呼ばれた男は灰の髪に黒の瞳彫りが深く歳の頃は四十、屈強な筋肉の鎧を持っている。


 バルド将軍はその瞳に宿る敵意を隠す事すらせず国王ルイスと視線を合わせる。

 

「此度の合意、公王様も大層お喜びでした。砦が完成するまで停戦が破られる事無く履行される事を切に願っております」


 国王ルイスはその視線を受け口元に笑みを浮かべる。


「小耳に挟んだのだが、北の部族を殲滅したらしいな? ペレス卿はこちらに介入させ無い為の捨て石だったりしてな?」


 バルド将軍が不快そうに眉を顰める。


「何処でその話を?」


その顔を見てルイスは笑みを深くする。


「情報が外に漏れないよう包囲して根絶やしにした筈だったのに・・・か?」


「根も葉もない噂は立てないで貰いたいですな。不愉快だ!失礼する」


 バルド将軍は溢れんばかりの怒気を隠そうともせず謁見の間を後にした。


 そこにエドワード・ウォードがいつもの軽薄な笑みを浮かべ入って来ると最敬礼をする。


「国王様におかれましては」


 ルイスはその挨拶を煩わしそうに手で制する。


「堅苦しい挨拶はいらん」


 エドワードは立ち上がり報告を始める。


「魔術学院の育成の方は少しばかり難航しております。やはり身分差が邪魔をしているのか平民の生徒が萎縮しております」


 ルイスはつまらなそうに頬杖を付くと大きな溜息を吐く。


「くだらん、貴族だ擬い物まがいものだ平民だなどと優秀な者ならばなんでも良い、役に立つ駒かゴミかの差でしか無いわ、それより東に向かった様だがお気に入りの様子でも見に行ったのか?今年十四だったか?」


 エドワードは目を瞑り肩を竦める。


「何でもお見通しですね。あれから二年シルワ村がどうなっているか興味がありましてね、後ほど報告書を提出しておきます」


 柱の影から一人の女性がカツカツとヒールを鳴らしながら現れた。


 金の髪に金の瞳鋭い眼光を持つスフィーダ王国第二王女アメリア・スフィーダである。


 エドワードはそこに人が居ると分かっていた様で驚きもせずアメリアに敬礼をする。それを見てアメリアが楽にするよう促した。


「エドワード相変わらずお父様と悪巧みかしら?」


 アメリアは口元に手を当てながらエドワードを揶揄からかう。


「まさか、アメリア様ご冗談が過ぎますよ」


「まあ良いわ、お父様そのシルワ村に居る者を私が貰っても宜しくて?」


「欲しい物は手に入れてみろそれが王家であろう?」


「流石お父様、いずれその玉座も頂きますので。では失礼しますわ」


 アメリアはカツカツとヒールを鳴らしながら謁見の間を後にしその言葉を聞きいたルイスは嬉しそうに笑みを浮かべていた。


――――――――――――――――――――――



 七月、夏の日差しが強くなり麦の収穫の季節が訪れているシルワ村の教会にてユウリは祈りを捧げている。


 さて、そろそろ戻るか余りに遅いとシズクををわざわざ迎えに来させてしまう。


 俺は屋敷を目指し刺す様な日光の下を歩く。


 ここ二年は大した問題も無く、イノリの提案で加護の強化を行っていた。その甲斐もあってイノリの加護もかなり使いやすくなった。


 イノリの強化と言ってもちょっとした裏技の様な物なんだがその方法は祈りの加護三つ目の能力|才能《ギフト》を使いイノリを強化する事だった。他人の範疇はんちゅうにイノリが入っているのは考えもしなかった。


 これにより《願いの形フォームオブウィッシュ》で今までは一括強化しか出来なかったが魔力操のみ、刀剣術だけなど個別で上昇が使える様になりポイントの消費を抑える事が出来る様になった。


 そしてもう一点大きな強化|強化《ブースト》に生命変換の加護が統合された事、これにより《強化ブースト》中は生命変換の加護により骨にヒビが入った程度であれば即時修復される。


 あの不思議な夢の後、魔力操作と刀剣術もランクが上がっていた。だから加護もエリーが残してくれた加護なのだと思う。


「おーいユウリ!じゃなかったユウリ様ー」


 声のした方を見ると一人の少年が走ってくる。短髪のダークブロンドの髪に青い瞳、歳は十四で俺と同じだ。そしてエリーの弟である。


「ジャック言葉使い直さないとまたブレンダに殴られるぞ」


 ブレンダと聞いてジャックは目に見えて動揺し始めた。

 ジャックはブレンダとの出会いが悪かったからな、無理も無いか。


 ジャックと初めて会ったのは二年前、エリーの願いを叶えに伯爵領の孤児院へ向かった時だ。


 ジャックは孤児院の庭で遊んでいた。俺はそこでエリーが死んだ事、エリーが入れ替わった時に気づけなかった事、助けられなかったのは自分の所為だと。

 そしてエリーに弟を頼むと言われたことを。


 ジャックは一日中泣いていてその日は口を聞いてもらえなかった。


 翌日の朝ジャックは「ユウリお前を手伝ってやる! でも一発殴らせろ!」と歩いてくるがそれを見てブレンダは前に立ちはだかろうとしたが手で制した。

 ジャックは俺を一発殴ると「これで恨み言は無しだ!」と胸を張った。その時ブレンダがジャックを軽く殴り飛ばしそれ以来、失礼な態度を取るとブレンダにゲンコツを貰っている事もあ頭が上がらなくなっている。

 

「ジャック何かあった? 」


「何かあった?じゃ無いだろ・・無いですよ!ついてきてください!」


 ジャックが急いで村の外れに走っていく。夏の日差しが体温を上昇させ汗が出てくる。


「ハァハァ ユウリ様今日はハチミツの収穫日じゃないですか早く採取して持ってかないと女性陣にぶん殴られますよ!」


 ジャックについて行き養蜂場に到着するそこは近くにアカシアの木やレンゲが自生している場所で去年の春から巣箱を置いて試している。


 ジャックは巣箱に近づき上の蓋を細身のナイフを使い開け中を確認する。


 今年は上手くいっててくれよ。最近は温泉宿でもパンケーキに蜂蜜を掛けたいと言われる事が偶にあるから仕入れてるけど高いんだよなー。


 「お!底の方まで巣が出来ていてたっぷりと蜜が入ってるぜ」


 よし!助かった。これで蜂蜜を購入しなくてすむぞ。

 

「去年は酷かったからね、何とか形になってくれて良かったよ」


 シルワ村では去年の春から養蜂を試している。去年の段階では秋でも少量しか確保出来なかった。これは蜂をよく見てみると前世のニホンミツバチに似ていた為あまり蜂蜜が取れないのだろう。

 上手く温泉宿で料理に使いリピーターを獲得して単価を上げて行きたい。手探りな為、巣をどの程度残せば越冬できるのか不確かだったこともあり多めに残した事も採蜜量が少ない要員だったと思う。


 巣箱はイノリに確認した所、前世の記憶で見た重箱型と呼ばれる初心者でも手間が少なく管理しやすいと言われていたものを採用した。どのくらい置けば良いのか分からなかった為、距離や個数を色々変えながら十個程置いていった。

 

 これは名前の通り底が無く巣が落ちるのを防止した棒を付けた重箱を五段程重ねて採取する時は上の箱から切り離し回収するという物である。


 ジャックは慎重に作業している。刺激しないようにゆっくりとだ、魔力を纏い作業すればこの世界の蜂はそれを感知しているのか襲って来ることはまずない。

 ジャックを見習い他の巣箱から俺も1〜2段ずつ外していきもち帰る為前もって準備してあった箱に詰めていく。


「若ー荷車もってきやしたぜ」


 村からの獣道をガラガラと音を鳴らしながら荷車がやって来る。チェスターが手伝いに来てくれたみたいだ。


 箱を持って帰る手段を考えて無かったから有難い。


「チェスター積み込みはこちらでしますので、運搬は任せましたよ」


「本当に出来たんすね。去年がちょっとしか無かったから流石に今回は余り期待してなかったんすけどね」


 俺とジャックは一つずつ箱に詰めた巣を荷車に積んで行きチェスターと共に村への道を歩いていく。


「ジャック、養蜂は君に任せるから色々試して見てくれるか?俺は来年、学院に行くから手を出せなくなってしまうからね」


 ジャックは驚いて焦り始め手をあたふたと動かし始める。


「ちょ・・ちょっとユウリ様、専門家とか雇ってくださいよ!温泉宿が繁盛してるじゃ無いですか 俺には荷が重すぎますって!」


「残念ながら村の人に払う賃金を多めにしてますし。予備費と他にも色々手を出しているので、開拓村なんて田舎に来てくれる職人に払える様な大金は捻出出来ないんですよ」


 チェスターが荷車を引きながら「ガッハッハ」と笑い出した。チェスターがこの笑い方をする時はお酒を飲んでいる時だから隠れて飲んでるのか?と疑いそうになるがどうやら今回は違うらしい。


「なんだジャック、ビビってるのか?いつもの威勢はどうした?此処は無い無い付くしの開拓村だ。やるしか無いんだ腹括ってこうぜ」


 ジャックはその言葉を聞き顔つきが変わった緊張は見て取れる。


 覚悟が決まったのかな?チェスターの言っている事は最もだ。産業でも何でもやってこの村の価値を高めないと停戦期間が終わり戦争が激化すれば最悪見捨てられるかもしれない。

 


「ビビってなんか無い!金が無いなら俺がこの村を蜂蜜で稼がせてやるよ!」


 ジャックは荷台を引くチェスターの前に出て大見えを切って先頭を歩いていく。


 ジャックなら出来るそう思わせてくれる顔つきだった。俺とチェスターはシルワ村の発展を確信して顔を見合わせて笑った。

 










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