Side ブレンダ

 Sideブレンダ


 朝日が昇り始め風は冷たいが少しずつ気温が上がっているのを感じる。


 砦でのペレス卿の謀反から二週間、私はミランダ様に頼み鍛え直して貰っていた。心を強くするには肉体を鍛える事だと以前ミランダ様に教えて貰ったからである。


 私は護衛でありながら、護衛対象者であるユウリ様の命令を順守し護衛としての責務を果たせなかった。これは問題である。


 屋敷の前の広場でミランダ様と向かい合う。ミランダ様は軽くストレッチをして準備を終えたようだが私は魔力を巡らせるも踏み込む事を躊躇ちゅうちょしてしまう。



「ブレンダ!殴り合いは度胸と場数だよ、どんどん来な!」


 ミランダ様は片手を腰に当てもう片方の手で掛かって来いと手招きをしている。


 私は愛用しているナックルダスターを握り込み、全身に魔力を巡らせる。


「ハッ!」声を出すと同時に踏み込み右手でジャブを二回放つ。


 ミランダ様は上体を少し逸らしジャブの射程外に出る。

 

 早い!捉えたと思ったのにガードすらさせられなかった。


「もう一歩踏み込みな!相手の方がリーチが長いのに距離を取るんじゃないよ!」


 私はスピードでも負けている。格上との戦いなんだ前にでてきっかけを作らないと何も出来ないまま終わってしまう。


 私は更に前に出る。腰を少し落としボディを左手で狙う。


 私がボディを打つより早く。右足で蹴りを放ってきた。


 早い!溜めが長すぎた、防がないと一発で意識を刈り取られる!

 

 私は左手を頭の横に滑り込ませ何とかガードするが蹴りを受けた瞬間腕が痺れ浮遊感を覚え吹き飛ばされた。


「今の反応は良かったよ!迂闊にボディなんて打ってきたら顎を蹴って脳を揺らしてやろうかと思ってたよ!」


 前にでなくちゃ、ミランダ様なら真っ直ぐに突っ込めば蹴りをだして来るはず。


 直ぐに飛び起き再度間合いの中に入り今度は更に踏み込む。

蹴りが飛んで来るが想定内だ。手に魔力を流し続け、蹴りを受け止める。


 ミランダ様が目を見開き口元に笑みを浮かべる。


「これを止めれられる様になったのかい!」


 私は体を軽く左右に揺らしながら前進し左右の連打を放つ。


 ミランダ様は今日初めてのガードをする。体重を乗せた拳を受け流す為少しずつ後退されるが逃さぬよう前進を続ける。


 いける! そう思い左手に魔力を集め力を溜めるその時鳩尾に衝撃が走った。


 抉られる様な衝撃にその場に膝から崩れ落ちてしまう。


「ゲホッ・・・ゲホッ」


 息苦しさに咽せてしまう。


 ミランダ様は満足そうにこちらを見ている。朝日に照らされその赤い瞳が明るく輝く。


 「今の攻撃は良かったよ!アンタは魔力総量が多い。それは生まれ持ったもんだからねドンドン使いな!」


 ミランダ様の言う通り魔力総量は生まれ持った物が全てだ。

昔、傭兵ギルドでステータスを確認した時は七千程の魔力量だった。一般的な貴族が二千程度だと考えるとかなり多い事になる。


「分かりました。ですが最近魔力操作が上達している感覚が無いのですが・・・」


 ミランダ様は一瞬不思議そうな顔をした後、腰に右手を当て笑い出した。


「アンタの魔力操作は今Bランクに成り掛けているCランクって所だろうけどそこの壁は厚いからねえ、気にするんじゃ無いよ!」


そう言われても不安になってしまう。そんな内心を見透かされたのかミランダ様は優しく話しかけてきた。

 

 アンタには一回ちゃんと魔力とランクについて説明しておいた方が良さそうだね」


 ミランダ様は地面に腰を下ろし胡座あぐらをかき私にも座れと地面を指で。私はミランダ様の前に正座して座った。


「良いかい?魔力操作ってのはどれだけ魔力を使って来たかが大事なんだ。魔力にも目に見えない血管の様なものが有って使う事によって鍛えられる」


 ミランダ様は真剣な表情で私の目を真っ直ぐ見て来た。


 「ここで才能・・・魔力量が物を言うんだ。魔力量は貯めておける魔力でもあるがその人間が一日で回復出来る魔力の量でもあるんだよ。だから魔力量が高くなければ魔力操作は天性の物が無いかぎりランクを上げる事が難しいんだ・・・」


 ミランダ様は「魔力量は残酷だよ・・・才能が有って魔力操作が上がるとすぐ魔力が切れちまうんだ、だから訓練ができないんだよ・・・」と言い悲しそうな顔をしている。


「傭兵や兵士の言うランクってのは主に魔力操作で動かせる魔力量の事を指してるって思ってくれればいいよ。傭兵ギルドや兵士の詰所で調べられるのも魔力量と魔力操作のランクだけだしね。」


 「頑張んな」と頭を力強く撫でられる。私はこれが好きだ髪はグシャグシャになるけどお母さんを思い出す。何故か昔のことが頭を過ぎって行く。


 

 今から十三年前停戦が纏まる少し前、私がまだ五歳だった時、東のロブスト砦、そこで私は母と過ごしていた。


 私と母は奴隷として砦で過ごしていた。公国では階級制度が取られており王侯貴族を筆頭に市民は一等〜三等迄に割り振られその下に奴隷がいる。


 母は奴隷であったが何処かの貴族の家で下働きをしていたが私を産んで少ししてからこの砦で下働きをしていた。


 私と母は食堂で働いていた。私が皿を綺麗に洗うと母は「えらいぞー」と力強く頭を撫でてくれた。


 そんな毎日が続く中、シズクの母親が新しく下働きの奴隷としてやって来た。その時まだシズクは二歳で私がシズクの面倒を見ていた。シズクはすぐに「おねえちゃん」と私の事を呼ぶようになった。シズクの母親も私を娘のように可愛がってくれて私には二人のお母さんが出来た気がして嬉しかった。



 そんな日々がずっと続けばいいと思っていた時、砦の責任者の貴族が変わり待遇が悪くなり素行の悪い兵士が増えた。


 食事が少なくなり部屋も変えられた。シズクのお母さんは病気にかかり瞬く間に体調が悪くなった。そして亡くなる直前に私の頭を撫でながら、私とお母さんに「シズクをお願いね」と言い残し数日後に亡くなった。


 ある日砦の廊下で責任者である貴族が「もっと奴隷の食事を減らして金を作れ」と兵士に話しているのを聞いた。それから食事は更に少なった。


 その貴族は砦に支給されている金を横領していたようでその発覚を恐れているという噂が流れ始めた。戦況が悪くなると兵士の機嫌も悪くなり私にとって最悪の事が起きた。


 食料を確保する為に森に連れていかれた私たちは山菜などを摘んでいた。

 シズクは母さんに背負われ私は手を繋いでいてそれだけで楽しかった。


 山菜を籠一杯に集めて兵士に渡した時、茂みがガサガサと音を立てFランクのワイルドウルフが飛び出して来た。

 兵士であれば容易に倒せる弱い魔物なのに兵士の男はニヤニヤと気味の悪い顔をして私達をじっと見ているだけだ。


 母さんは何かを察して私にシズクを託しワイルドウルフの前に立ち塞がった。私はシズクの手を引いて逃げたでも全然逃げられない。私達を兵士の男が気持ち悪い笑みを浮かべながら剣を持って追いかけてきた。


「悪いがガキも殺せって言われててな」そう言って剣を振りかぶったその時、鮮血が宙を舞う男が倒れた見上げるとそこには赤髪に切れ長の目、赤い瞳の女性がハルバードを担ぎ立っていた。


「大丈夫かい?アンタ達の母親に頼まれてね、助けにきたよ」女の人は私の前にしゃがむと「お母さんは助けられなかったごめんよ」と言い頭を撫でてくれた。私はたくさん泣いた気がする。ミランダ様のあんなに困った顔は二回しか見た事がない。


 それから戦争が終わりミランダ様に引き取られた私達はシルワ村で過ごしていた。ユウリ様が七歳を迎えユウリ様とシズクを連れ三人で村の周りを散歩していた。


 私はミランダ様から訓練を受けて気が大きくなっていた。二人を連れて少し村から離れた所で魔物と出会ってしまった。それは見覚えがある魔物・・・ワイルドウルフだった。


 私は体が震え動かなくなりしゃがみ込んでしまう・・・凄く怖かった、その時ユウリ様が私の前に立ち「ブレンダ!シズクを連れて逃げろ!」と叫んだ。



 凄いなと思った。格好良いと思った。私もそうなりたいと思った。

 お母さんとユウリ様がダブって見え、その瞬間に何故か震えが止まった、私はワイルドウルフを倒す事ができた。

 帰り道でユウリ様は「魔物が一発でミンチだったね」と顔を引きつらせていた。


 すごく怒られたけど最後に「よく守ったね」と力強く頭を撫でられる。私は涙が止まらなかった、今度は守る事が出来た安堵からだったんだろう。ミランダ様は「しまった!言いすぎちまったかい?ごめんよ」と凄く困った顔をしていた。


 その顔を思い出しミランダ様を見ながら少し笑ってしまう。


「なんだい?急にアタシの顔に何かついてるかい?」


 不思議そうに自分の顔をミランダ様が触っている


「何もついていませんよ。ちょっと昔を思い出して」


 ミランダ様は優しく笑って「そうかい」と納得してくれた。


 屋敷の扉が開いき中から楽しそうな話し声が聞こえ声の主であるユウリ様とシズクが出てきて怪我が治ったからか機嫌が良さそうだ。

 

 「母様とブレンダは朝早くから訓練ですか?」


 ユウリ様とシズクはこの時間温泉宿を見に行くのだろう。


「はい、今ミランダ様に指導して頂いておりました」


「では母様、俺も温泉宿の確認をしたらお願いします!1時間程で戻りますので!」


ミランダ様が「もう怪我は良いのかい?」と尋ねるとユウリ様は「シズクが昨日こっそり直してくれましたので」と答え温泉宿に走って向かった。


 それをシズクは「内緒って言ったじゃ無いですか!」と膨れながら追いかけていく。



 私は今は亡き二人の母さんに誓う。絶対にもう家族は奪わせない。何があっても私が守ってみせると・・・

 

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