騎士爵領立志編2ー12


 月の明かりが優しく辺りを照らしている。

周囲ではクリフと猟犬部隊ハウンドドッグの隊員が怪我の治療をおこない、急ぎ砦に戻る準備を整えている。


 俺もクリフに右の手足に添え木をあて固定してもらっている所だ。ヒビが入っているらしく折れ無かったのは不幸中の幸いと言えるだろう。


 手当てが終わりクリフは立ち上がりこちらを見た。


「ユウリ殿そういえば先程の居合い見事な物でした。宜しければコツなど聞いても?」


 これはどう答えるのが正解なんだ。誤魔化そうにもクリフの加護で嘘を吐けば不信感を持たれるだろうし煙に巻けるとも思えない。 

 

「クリフ殿すみませんが秘密という事で勘弁して貰えないかな?」


 正直に明かせないことを言うとクリフはきょとんとした顔をした後笑い始めた。


「ハハハッ、すみませんでした。言えないという事を教えて頂いただけでも十分です。ではユウリ殿、砦へ戻りますか?私の予想では公国は国境を超えない筈ですが確実ではありませんので」


 クリフは手を差し出してくる、それを左手で掴み立ち上がらせて貰うと周りで猟犬部隊ハウンドドッグが騎乗し始め声を掛けてきた。


 “ユウリ様よくあのシエナに勝てましたね”


 “いざとなったら俺が助けよう思ってましたよ!”


 “お前じゃシエナは倒せなかっただろ?良かったらうちの部隊に入りませんか?”


 “素晴らしい魔力操作だったぞ!”


 猟犬部隊ハウンドドッグの隊員に褒められ少し気恥ずかしくなる。

 

 クリフの馬に乗せてもらい砦への道を駆けて行く。月明かりを受けながら涼しい風が頬を撫でる。


「ユウリ殿、初めて人を斬った感覚は如何ですか?」


「分からない・・・が正直な所かな、辛くは無いし仇を討てたのは嬉しい気がする。でも何処か虚しさがあるんだ」


 自分でも形容出来ない色んな感情が混ざっている。


「そうですか・・・初めて人を殺すと積み上げてきた武力に酔う者、心を病み戦えなくなる者、気持ちに折り合いをつける者など様々です。」


 クリフの声が何かを思い出したかの様に強い口調になる。


 「今のような戦争の絶えない時は大の為に少を犠牲にしてでも自分の思う道を進めるのが貴族なのです。心を強く持って下さい」


 クリフの言っていることは何となく理解出来た。戦争がある以上負ければ全てを失う。死を数として捉えられる者が今の貴族として在るべき姿という事なのだろう。


 前を向いたまま頷く、クリフに見えたかは分からないがクリフの軽い笑いが聞こえた気がした。


 砦に着くとブレンダが門の前に立っていた。俺を見つけると駆け寄ってくる。


 「ユウリ様!お怪我は有りませんか?」


 心配を掛けないように固定して貰った腕を見せ少し動かし元気である事をアピールしておく。


「ほんの少しだけ怪我したけど問題は無いよ」


 ブレンダはそれを見て焦り始める。


「ユウリ様直ぐに馬から降りてください! 私が怪我の状態を確認します、その後村に帰りシズクに見てもらいましょう!」

 

「落ち着いて俺は大丈夫だから、まず国境の公国軍について報告を貰っていいか?」


 ブレンダが此処に居る事から戦闘は行われていないだろう事は分かるが何が起こっているのかが気になった。


「分かりました。その後怪我の具合を必ず見せていただきます」


 ブレンダは渋々と言った様子で説明を始めた。


「我々が国境に着くと公国のバルド将軍が少ない手勢で出迎えに来ていました。そしてそこには遺体となったペレス卿が横たわっていました」


 相手国との関係悪化を度外視すれば周辺国からは理解を得られるだろうな。

 

 「なるほどな、全ての責任をペレス卿に被せ自分達は領土を守ったと主張する訳か。悪いのはこちらの貴族だったと」


「その通りです。そして陛下に直接事情を説明したい旨を告げられ、王都に早馬を走らせ指示を仰いでいる所です」


 現状出来ることは何も無いかなどと思案していると浮遊感を感じた。クリフに馬上から持ち上げられブレンダに手渡された。


「ちょっとクリフ何をするんですか!」


 ブレンダにまるで物語のお姫様の様に抱えられたまま抗議する。


「ハハッ、この方が面白いかなと。では私達はジオ伯爵に報告に向かいます」


 ブレンダはクリフに向かって声をかける。


「ジオ伯爵は、王都からの返事を待つ間、伯爵領にバルド将軍と護衛を一時滞在させる様です。すれ違わぬよう伯爵領に行かれた方がいいかと」


 クリフは手を口元に当て考えている。


「ブレンダ殿ありがとう。ではミランダ様の所に先に向かい残りの猟犬部隊ハウンドドッグを回収した後向かってみます」


 クリフはかるく手を上げ馬を走らせると他の隊員も後に続いた。


  ブレンダに抱えられたままである事に恥ずかしさを覚え下ろしてくれる様に頼んだが怒っている様で聞く耳を持ってくれない。


 ふと月を見上げるとブレンダの顔が視界に入り月明かりに照らされる、その顔は凛々しくとても綺麗だった。


 全身の疲労感と安堵からか睡魔が襲ってくる。抗おうとするのだがブレンだが歩く事で一定のリズムで揺らされる心地よさと相待って意識が遠のいた。



 砦の部屋で目が覚めると窓から刺す様な日光が部屋を暖めている。今日はやけに暑く感じられ時計を見ると12時を過ぎている。


 上半身を起こすと右手と右足から軽い痛みを感じた。昨日より痛みがなく視線を向けると清潔な包帯で固定し直されていた。


 “コンコン” ドアがノックされた音が響く。


「どうぞ」と返事をすると「邪魔するよ」と母様が入ってきて後にブレンダ、それにシズクが続いて入ってきた。


「シズク? どうしてここに?」


 シズクに問いかけるとシズクはこちらの話など聞いていない様でベッドの隣に走って来た。


「ユウリ様大丈夫ですか!すぐに治しますね」


 イノリは目の端に涙を薄っすら浮かべながら俺の右手を取る。その時母様が「待った」とシズクを制止する。


「大怪我って聞いたから急いでシズクを連れてきたけど、アタシの見立てでは骨にヒビが入ってるくらいだね、なら加護は無しだ」


 シズクが振り返り母様をみる。


「何故ですか!ユウリ様はこんなに苦しんでいらっしゃるに!」

 

 母様は少し呆れた様にシズクとブレンダを見た後、肩を竦めた。


 「アンタ達少し過保護すぎるよ! 骨にヒビが入ったくらいなら加護は使わない方がいいって言われてるんだよ!何でも強くなるって噂だからね」


 母様の話を聞いて確か前世でもそんな話を聞いた気がするがあれは一時的に周りの骨より太くなるからで1〜2ヶ月もすれば変わらないって聞いたことがあるけど、異世界だから魔力が関係してるのだろうか?


 シズクは考え込んでいる。何か思いついたのか笑顔で母様を見ている。


「なら私が治るまで付きっきりで看病致します! ミランダ様少しお暇を頂きたいと思います」


 母様は顔を手で覆いため息を吐く。


「ユウリは家に帰るのにシズクが暇を貰ってどうするんだい、ブレンダからも何か言ってあげな」


 ブレンダはしゃがんで俺の手を持ったままのシズクに目線を合わせた。


「シズクそれはいい考えです、私は今回の事で痛感致しました。護衛としてついているはずの私を毎回指示をだして別行動するんですこれは一度休みを貰い監視しなくてはいけません」


 母様は無言で扉に向かって歩き呆れた様な顔で振り返った。


「ユウリ、アンタが自分で何とかしな !アタシはもう疲れたから先に準備してるよ、村に帰るよ!」


 母様はそう言ってドアから出ていった。


「さて二人とも休みの事は取り敢えず後にして荷物の準備を手伝ってくれるかい?」


 俺達は準備を整え砦の門前でオラフとチェスターを待っている。

足を怪我した事で砦から馬を出してもらい、今は母様の乗る馬の前に座ってる。


 オラフがとても上機嫌に馬車を走らせて来た。チェスターは荷台にのり早くも酒を飲んでいる。


「オラフどうかした?機嫌が良さそうですね?」


 オラフが上機嫌に手を振ってくる。


「ユウリ様! 伯爵が一昨日に申請してくれていたようでジンジャエールの砦への販売と私の砦での販売権を頂けました!」


 何だって!ジンジャエールの販売って事は村の貴重な現金収入が決まったって事じゃないか!


「母様これで小さいですが記念すべき村の産業第一号ですよ!その資金でリバーシも村で製造を目指しましょう!これはゆっくり出来ないですよ!」


 母様は俺の頭をぐしゃぐしゃっと乱暴に撫でた。


「良くやった、流石アタシの息子だよ!じゃあ、皆村に帰るよ!」


 母様を先頭に眩しい程の太陽を浴びる中、村に向かって馬を走らせた。


   

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