騎士爵領立志編2ー11


 心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

人数は少なく突発的な戦闘であるがこれは戦争だ。身体に魔力を巡らせるが上手く動かない気がする。


 焦りを感じていると肩に手を置かれる。クリフが真剣な表情でこちらを見透かすような瞳を向けてくる


「ユウリ殿、戦場で緊張するのは当然の事です。集団戦には独自の空気があり呑まれれば死にます、先ずは深呼吸しましょう」


「今、そんな事している暇は!」


「大丈夫です、周りで戦う仲間を私を信じて下さい」


 置かれている手が上下し優しく肩が叩かれる。

 深呼吸を一つしてみると身体の感覚が戻ってくる。周りは戦闘の音で騒がしくなるが自然と心が落ち着いていく。


「そう、それで良いのです。初陣でそれが出来るのであれば大した物です」


 世界が広がった様に感じる、先程は見えていなかった周りの状況がよく見える。


 前線では半数が剣を使い敵兵を足止めしている。二〜三人に囲まれつつも足捌きを駆使し上手く距離をとり剣で捌いている。


 俺の近くでは猟犬ハウンドドッグの半数が弓を使い相手の数を減らしていく。弓を構え矢をつがえると水が流れる様に自然に矢に魔力が伝達していき直ぐに放たれる。

 

 この世界では体から離れた魔力は徐々に霧散していく、剣などの体と武器の一部が触れていればそこまで飛躍的に増える事は無いが矢など完全に手から離れてしまう物は霧散していく速度が早い。この為弓は速射する事が一番とされ矢をつがえた所から魔力を込め放つまでを早くする事で数を射る事が出来る。


 矢に短時間でかなりの魔力を込めているようで魔力操作のレベルの高さが伺える。魔力を込められた矢は霧散していく中でも殺傷能力を保持し敵兵の胸当てを貫く。


 思わず声を出してしまう。

 

「凄いな、矢に魔力を流してから射るまでの時間による魔力ロスがほぼ存在しない。それなのにあの威力・・・」


「魔力操作のレベルが高い者が弓の修練を積んでいますからね。では私も梅雨払いをするとしましょうか、シエナまでの道は作りますよ」


 クリフはレイピアを抜き前線に出ていく。


 迷いなく敵兵に飛び込みレイピアを突き出す。一切の力みが見えない身体が日常の動作をしているかの如く自然に動いている。

 

 敵兵はレイピアを避け攻撃に転じようとしたのか左足を引き体を半身にし剣を振りかぶる。だがその体は突き出されたレイピアに真横から肋骨の隙間を差し貫かれた。


 敵兵の防具は胸当ての為、側面にレイピアを阻む物は何も無い。レイピアが引き抜かれると複数の臓器を損傷したのだろう。服は血で染まり口からは血が溢れ膝から崩れ落ちていく。


 敵兵は地に伏せ「何故・・・だ・・・」と呟きながら徐々目から光が失われていく。


 どういう事だ?レイピアを突き出された時に敵兵はその直線上に体を置きに行った様に見えた・・・


 新たな敵兵がクリフの側面から突っ込んで来る、クリフは敵兵を眺めているだけで避けようとしない。

 敵兵は無防備なクリフを斬り伏せる未来を想像し口元に笑みを浮かべる。だが上段から斬り下ろした剣はクリフの真横に振るわれ地面に剣先が触れる。


 クリフを見る敵兵の顔に恐怖の色が浮かぶ。クリフはその兵士の体にレイピアを突き刺さし更に前進する。

 

「公国の兵士崩れはこんな物なんですか?確かにこんなに使い物にならないなら野盗になるしか無いですねぇ」


 敵を挑発し注意を自分に向けさせる、憤慨し自信を持つ兵からクリフに挑んでいく敵兵から死体になっていく。


 あれは加護の力なのか?嘘を見破る以外にも戦闘に応用できるって事か、虚実か・・・汎用性の高い加護の様だ・・・


 クリフは戦場に有りながら一切の緊張が見られない、味方の死角を作らぬよう立ち回り数を減らしていく。


 猟犬部隊ハウンドドッグの面々も危なげなく次々と敵を屠っていく。


 レイピアから血を滴らせながらクリフがこちらを振り向く。


「ユウリ殿!シエナまでの道が空きましたよ」


 俺は体に魔力を巡らせ加護を使う。


 イノリ《起動アクティベート


 イノリ、能力をC+まで上げてくれ!全力で行く。


 ーー《願いの形フォームオブウィッシュ》400P使用

   剣刀術に二段階の補正 補正後C+

   魔力操作に二段階の補正 補正後C+

  《反映リフレクト》効果時間10分です。


 感じた事の無い感覚を掴む、魔力を動かせる最大限まで身体に巡らせ駆ける。


 シエナは此方に気付くと短剣を取り出し半身になり構えを取る。

 

 武器のリーチはこちらが有利、取り回しは向こうの方が早い。自分の間合いギリギリで戦うのみ。

 

 刀の柄に右手を置き左手は鞘を持つ、居合の構えを取り自身の間合いにシエナを入れる為一歩踏み込む。するとシエナは一歩下がる、右に踏み込めば左に下がる。


 間合いは完全に読まれている、なら下がるのは焦れてこちらが大きく踏み込むのを待っているから。


 シエナがニヤニヤと口元に笑みを浮かべている。


「ユウリ様、ビビってるんですかぁ?かっこ悪いなぁ」


 エリーの顔と声で煽ってくる。ならば乗ってやるか、エリーとの約束も果たさないといけないしな。


 一歩踏み込み自分の間合いにシエナを入れる、シエナは下がろうとするが更に一歩踏み込み刀に手を掛ける。


 それを見たシエナが下がらず自分から一歩進み短剣の間合いに入った。


「バカなガキだねぇ、こんな挑発に掛かるなんて!あの女と同じ所に送ってやるよ!」


 シエナは短剣を下げ顎を狙い突き上げてくる。

 それを更に右手側に踏み込む事で交わしシエナと交差する。瞬間に側面から右手を魔力で限界まで強化しシエナを殴り飛ばした。


 土埃を纏いながらシエナが転がる。

此方を睨みつけ下唇を噛み締める。怒りの余り唇から血が滴る。


「刀を使わないだと、アタシを舐めてるのか!クソガキがあぁぁあ」


 シエナの叫びが辺り一面に響く。


「舐めてなんか無いさ、エリーと約束したんだよ、お前をブン殴るってな!」


 拳を握る。一瞬夢の中の世界が脳裏を過ぎる。


 これで一つ果たせた、次は斬る。


 再び居合の構えを取る、刀に魔力を注ぎながらシエナの動きを注視する。


 シエナは怒りに震えながら立ち上がると体を纏う魔力が増えていく。それに伴い顔の形が変わっていき顔の半分が火傷を負った女の顔に変わった。


「それが、お前の本当の顔か?」


「許さない、コロス」


 答えは帰って来ない。シエナの全身を覆う魔力が濃度を増す。月明かりに照らされた短剣はその危険性を自ら訴える様に薄っすらと光って見える。


 シエナが短剣を手に踏み込んで来た。

先程迄とは一線を画す速度が出でおり短剣に込められている魔力もまるで違う。


 何だこの速さは!避け切れ無いっ。


 刀を抜き防御に全霊を傾けるが切り傷が増えて行く。シエナの間合いから何とか距離を取る。


「ハァハァ、、どうなってるんだ」

 

「クソガキが! どうなってるんだじゃねぇんだよ! いつも加護に割いていた魔力を戦闘に使ってるだけなんだよ!これが元々の力の差なんだ!」


 ーーマスター魔力残量が低下しています。残り120


 ブーストを頼む。


 ーー《強化ブースト》100P 魔力+1000 魔力1120

マスター能力をB−まで上げましょう。


 身体が持たないんじゃ無かったのか?今でさえ全身に痛みがで始めている。


 ーー 今のままではシエナに勝つ事は出来ません。一太刀だけです、それで決めてください。


 分かったやってくれ・・・


 ーー《願いの形フォームオブウィッシュ

   追加1000P使用 合計1400P

   刀剣術に一段階の追加補正 補正後B−

   魔力操作に一段階の追加補正 補正後B−

  《反映リフレクト》。効果時間2分上昇、残り7分です。


 

 クリフはユウリとシエナの闘いを眺めていた。

(ユウリ君の実力が読めないな、村では弱そうに見えたんだが実際はCランクでも上位の強さどうなってるんだ?)


 後ろから男が近づいてくる。

 

「手助けしますか?シエナはBランクにています、早めに処理すべきかと」

 猟犬部隊ハウンドドッグの隊員が敵の殲滅を終えた様だ。


「いやまだだ。ユウリ君の何かが変わった気がする。もう少し見てみよう、いざとなったら加護で介入する」

 


 ユウリは拳を握ったり開いたりして加護により上がった魔力操作を試している。

 魔力の移動にタイムラグが全く無い。

 魔力操作のランクはどうなってるんだ?CとBでは二倍以上操作できる量が違うぞ。


 シエナが勝ち誇ったような笑みを浮かべ近づいてくる。

 

「クソガキお前の首を切り落として、あの化け物に送ってやるよ」


 考えるのは後だ引きつけて一刀で斬り伏せる・・・

 

 シエナが魔力を最大まで巡らせ今迄の中で最高の速度で踏み込んで来た。これで決める気なのだろう。


 シエナはこちらの間合いに踏み込みそれでも余裕の笑みを浮かべ短剣を突き出してきた。


 俺は居合いの構えを取りそれを迎え撃つ、シエナの踏み込みに自分の踏み込みを合わせる。

 全力で魔力を身体と刀に巡らせると刀の魔石が淡い光を放つ。

 ピキッという音が足から鳴るが気にも止めず全力で刀を抜き放った。


 まるで稲妻が走った様な斬撃が放たれた。


 「え・・・」シエナが驚きから声をあげる。

 

シエナが腰から肩に掛けて斬り裂かれ鮮血を撒き散らす。


 自分でも何が起きたか理解出来なかった。今までとは全てが違う。斬った感触すら感じ無い程の速さの一撃。


 シエナは膝から地面に崩れ落ち、手を付く事で何とか体を支えている。


「クソガキ何をした・・・ゴホッ」


 シエナを見下ろし止めを指す為残りの魔力を体に巡らせる。


「シエナこれで終わりだ・・・」


 右手に激痛が走るが刀を持ち上げる。


 シエナはこちらを見上げた。その時シエナの顔はエリーの顔に変化した。そしてエリーの声で命乞いを始める。


助けて・・・苦しいよ」


 俺は無表情のまま刀を鞘に納める。


 その様子を見てシエナは希望を見出したのか出血で青白くなっている顔に少しの笑みを浮かべる。


 居合いの構えを取る。


 シエナがそれを見て忌々しそうにこちらを睨む「クソガキが・・・」とシエナは小さく消えそうな声で呟いた。


「シエナ知ってるか?エリーは俺を殿って呼ぶんだよ!」


 刃がシエナの首を跳ね飛ばした。先程の様な斬撃は放てなかったがその一刀はとても美しかった。


 シエナの体は地面に横たわり首からは血が溢れ出している。


 ーーマスター身体の負担を考え加護の停止を推奨致します。


 痛っ、全身が激しく痛む、特に右手と右足は結構ヤバイな・・ありがとうイノリ《停止インアクティベート》。


 クリフは先程の光景を思い出し驚きの余り言葉を失う。


(何だあれは!最後の一振りもBランク相当の物だったが、向かってくるシエナを切った斬撃、あれはいったい・・・)

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