騎士爵領立志編2ー8
雲一つない空に暖かい日差しどこまでも青い水の上、また俺はそこに立っていた。
「またここか、誰かいないのか!」
デュークとマヤが攫われている事、補佐官殿が殺された事、整理しきれない怒り、泣き出したくなるような自分への失望、色んな感情が混ざり焦りが思考を支配する。
また足元の水に落ちて目覚めるんだろうか。足元を見ると自分のではない波紋が後ろから前に流れていく。
後ろに誰か居るのか?ゆっくりと後ろを振り返るとそこには補佐官殿が居た。
「ユウリ殿、綺麗な所ですね」
補佐官殿はそう言うと水の上を歩き始めた。
やはりここは夢の様だ、補佐官殿はシエナに・・・夢だとしてもせめて謝りたかった。
「補佐官殿申し訳ありませんでした、シエナが補佐官殿を狙ったのはシルワ村に行き・・・俺達の弱みを握るためだったんです」
罵倒して欲しかった。怒鳴って欲しかった。巻き込んでしまったことを咎めて欲しかった、だがそれは叶わない。
補佐官殿は優しく微笑んだ。
「ユウリ殿、リバーシしませんか?」
補佐官殿と水の上に座りリバーシをする。あの時と同じで補佐官殿は黒を俺は白を。
「やはり補佐官殿は弱いですね」
「意地悪ですね、最後でも手加減してくれないなんて」
補佐官殿は唇を突き出して拗ねている。
あれだけ感じていた焦りが消えているのに気づいた。補佐官殿はこちらを見てそれに気付いたのか微笑んでいる。
「ユウリ殿落ち着いたみたいですね、貴方はきっと今の立場よりもっと上に行く。私にはそう感じるんです、だから覚えておいて下さい」
補佐官殿はその青い瞳でこちらの目をまっすぐ見据えて語りかけてくる。
「上に立つ者が感情に任せて行動すれば必ず悲劇を生みます。必要な時まで仕舞っておく術を身につけて下さい、憎い相手でもそれを欠片も感じさせ無いそれが貴族です」
「ありがとう御座います」
俺は頭を下げた。形だけでは無く、心から感謝を示したかった。
「実はユウリ殿にお願いがあるのですが」
夢だとは分かっているのに本当に補佐官殿が居る気がする。
「何でしょうか?俺に出来る事なら」
「弟を頼めませんか?図々しいお願いだとは承知しているのですが身寄りが無いもので・・・」
「分かりました」
補佐官殿の目を見て迷わずそう言うと補佐官殿は安心したのか微笑んでいる。
何故即答出来たのか自分でも不思議だ、それは簡単なことではない。でも・・・だけど・・・叶えてあげたいと思った・・・償いたいのだろうか、それとも・・・
「そろそろ時間ですよ」と何処からか澄み切った女性の声が聞こえた。
補佐官殿が立ち上がり真剣な顔で告げる「そろそろ時間のようなのでユウリ殿に全てを託します。不意打ちでやられてしまいましたが私、本当は結構強いんですよ」
平民から伯爵の補佐官まで上り詰めたのだ弱いわけはないだろう。
「短い時間でしたが何故かユウリ殿の事は生意気な弟の様に思えて楽しかったですよ」
補佐官殿は手を出して握手を求めて来た。それに応え握手する。
「補佐官殿、俺も何故か楽しかったですよ、もう少し早く・・・いえ何でも有りません」
自分でも何が言いたかったのかよく分からなかった。数時間、少し話しただけなのに、だがもう少しだけでも・・・
補佐官殿は一瞬泣きそうな顔をした後、笑顔に戻る。
「ユウリ殿、エリーです。弟を頼みますね」
「分かったよ、エリー」
エリーの体から青い小さな光の球体が溢れ俺の中に流れてくる。
ーースキルの上昇を確認 刀剣術D+ 魔力操作D+これに伴い《
そしてエリーは進むべき方角が分かっているかのように水の上を歩いていく。波紋の間隔が広くなり、寂しさを感じ始めた時、エリーは振り返った。
「ユウリ殿もう一つお願いが有りました。私を殺した奴をぶん殴って下さい!」
エリーは拳を前に突き出す。
「ああ、必ず」
俺も拳を前に突き出す。
そしてエリーは青い光となり空気に溶けて行く。
足場が抜け落ちた様に支えを失い水の中に落ちていく。
ーーエリーの願いを受理しました、エリーの
意識が一気に覚醒する。
砦内の客室に運ばれたようだ。窓からは月の明かりが差し込んでいて時計の針は9時を指している。
「ユウリ様!」声の主を見るとドアが開いていて様子を見に来てくれたであろうブレンダが駆け寄ってきた。
ベッドから起きベルトを腰に巻き刀を固定する、いつもの動作を当たり前にこなしていく。あれ程までに感じていた焦りが無くなっている。怒りも後悔も今は無しだ。
「ブレンダ現在の状況は?」
ブレンダは何か言いたそうに口を開いたがそれを飲み込み報告を始める。
「現在砦は警戒状態に移行しており、出入り口を封鎖、外壁には砦内で訓練に参加していたシエナが変装している可能性の無いものを選出しております。ですが封鎖までに時間を要してしまった為、既に砦外にいる可能性が高いです」
ブレンダには無茶な指示をしてしまった。指揮系統が違うのだ、あの場合貴族である自分がそれを前面に出し指示を出すべきだった。それにブレンダは母様が護衛として同行させるだけの力がある、ブレンダに追ってもらうべきだった。
判断ミスばかりだな、だが後悔は後だ。
「マヤとデュークの居場所は掴めた?」
ブレンダは一度目を閉じた後一瞬、悲しげな表情をした。
「まだ掴めていません、ユウリ様が倒れたすぐ後、自室にてターナー男爵とペレス騎士爵を即時拘束、厨房で侵入者による殺人が起きた事執務室へ賊が侵入した事以外知らされておりません」
ターナー卿とペレス卿は外部との接触は制限されてるわけかマヤとデュークが男爵領に居るならばこれで時間は稼げたはずだ。後は二人が拉致された事でチェスターが暴走しないかが心配だ。
「チェスターの様子はどう?」
「チェスターはターナー男爵領に向かっております」
一人で飛び出したのか?無謀過ぎる。
思わず顔を顰めてしまうとブレンダが察してくれた様で補足を入れてくれる。
「事件発生時、砦外に居た部隊で捜索隊を編成、そこにチェスターも加わっております。チェスターを伯爵の賓客という事にし、その関係者が拉致されたとして捜索隊という名目でターナー男爵領の強制捜査を実行しております。」
男爵領との距離を考えると報告が来るのは明日の朝になる可能性が高いか。
「オラフは何処に居るかわかる?」
ブレンダに案内してもらい食堂で待機していたオラフにクリフについて知っている事を全て聞いた。
オラフは最初「それは・・・」と言い淀んでいたがどうしても必要である事を話すと意を決して話してくれた。
クリフについてオラフに知っている事を聞き考えていた疑問が強くなる。
「ターナー男爵に会いたいんだけど場所は分かる?」
「はい、ジオ伯爵からユウリ様が望んだら連れてくる様にと」
「じゃあ行こうか」とブレンダと共に二人が拘束された部屋の前まで行く、何故か警備の兵士が居ない事を不思議に思っていると一人の兵士が後ろから走ってくる。それをブレンダが間に立ち制止した。
「この部屋は現在立ち入りが制限されています、何か御用でも?」
兵士は息を整え報告をと話し始める。
「第一厨房の保存庫から料理長の死体が発見されました、医務官の話では死体の状態から見て死後一ヶ月以上は経過していると」
成程やはりチェスターが厨房で見た女が料理長に成り代わっていたって事か。
ブレンダが「了解しました、こちらで報告を上げておきます」と言うと兵士は敬礼し巡回に戻りますと戻っていった。
「了解致しました。では私は警備に戻ります」
兵士は人手が足りて居ない所為か急いで戻って行く。
「さて中に入ろうか」
ドアをノックすると「入っていいぞ」と中からジオ伯爵が中から許可を出す。
ドアを開け「失礼します」と一礼し中に入る、中にはジオ伯爵に母様、ターナー卿、ペレス卿の四名が居た。その部屋は窓の無い部屋でドアの前には母様が立っており万が一の逃亡を防いでいるようだ。
中に入るとターナー卿が苛立ちをぶつけて来る
「何の用だ!
激昂しているターナー卿を見てペレス卿が焦りながら何とか宥めようとしている。
「ターナー様もう暫くの辛抱です、この様な横暴が罷り通るはずがございません! ここはじっと耐えるのです」
宥めているペレス卿をターナー卿が殴り飛ばした。
「ペレス! 調子に乗るなよ! キサマの領地など私がその気になればいつでも潰せるんだぞ!」
ペレス卿が殴られた衝撃と暴言にターナー卿を睨む、それを見てターナー卿は少し怯え一歩下がる。
「い、いいのかペレス! 私に手を出せば外されるぞ!」
ターナー卿がそう言うとペレス卿は「申し訳ありません」と頭を下げる。
ジオ伯爵が興味深そうにそのやり取りを見ている。
そしてこちらを見ると口を開いた。「ユウリ君そう言えば何か儂に用でも?」
「先程、兵士から厨房で料理長の死体が発見されたと報告がありました」
それを聞きターナー卿は慌て始めドアに向かい歩いて行く。
「私は領地に戻らせて頂く! ペレスお主の私兵を貸せ! 砦への滞在許可を取ってやっただろう私を送っていけ!」
ペレス卿が慌てて止めに入る。
「ターナー様! こんな夜に戻るなど危険です!賊といえども所詮、女が一人、踏み込んで来れる筈が有りません!」
ターナー卿は顔を赤くしてペレス卿を怒鳴りつける。
「
母様は反論せず壁にもたれ腕を組んでいる。だが余程苛立ったのか魔力が溢れ始めている、それを皆が感じとり室内は静寂を取り戻す。
ジオ伯爵のため息が室内に響いた。口元に手を当て悩んでいる。
「ターナー卿の言い分は分かるんじゃがそうですかと返すわけにものう」
ターナー卿は口元に笑みを浮かべ一歩伯爵に近づくと言い放つ。
「ジオ伯爵、貴方の顔を立てこのような仕打ちにも耐えていたがもう我慢なりませんぞ! これ以上なさるなら、宮廷貴族たる父上に連絡しますぞ? 余り横暴を続けられるなら王宮で良からぬ噂が広まるやもしれませんなぁ」
ジオ伯爵は頭をもう一度盛大なため息を付き頭を掻き始めた。
「ターナー卿ご自由に移動して貰ってかまわぬよ、じゃが何かあっても責任は取らぬのでそのつもりで頼む」
「ハッハッハ」ターナー卿の勝ち誇った様な盛大な笑い声が室内に響き、ドアを開ける。そして何かを思い出した様で母様に話し始める。
「そうだ、スカーレット卿、私の護衛として着いてこぬか?
舐め回す様なターナー卿の視線を感じ我慢できなくなったのか母様が腕組みを解きターナー男爵を見る。
拙い! そう思い母様を止めようと声を上げる。
「母様! 相手は腐っても男爵です!!」
ドンッ!! という鈍い音が部屋全体に響いた。
母様がターナー卿の顔近くの壁を殴りつけたのだ。壁に蜘蛛の巣を彷彿とさせる裂け目が入りその中央は黒く焦げている。
母様が男爵に当てなかった事は感謝したがこれは拙いと思い慌ててフォローに入る。
「ターナー男爵大丈夫ですか? 母様は・・・そう! 母様は虫を潰したんです、危ないところでしたねもう少しで刺される所でしたよ!」
苦し過ぎる言い訳だが押し通すしか無い!
そう思っていたがターナー卿は青褪めて居たかと思うと次の瞬間には激昂し始めた。
「無礼者が! もうよいわ! 温情を掛けてやろうとしたが貴様なぞ知らんペレス行くぞ!」
ターナー卿とペレス卿は部屋を後にした。
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