騎士爵領立志編2ー7
ペンダントの中の写真を見た時から徐々に足から力が抜けていく。顔を確認しなくてはそう思い歩こうとするが、足が前に進まない。歩き方を忘れてしまったかの様に一歩踏み出す事すらできない。
嫌だ、辛い、見たくない、逃げたい、叫びたい、色んな感情が頭をぐるぐると廻るだがある考えが頭を過ぎる。
そうだ! 補佐官殿とはさっき階段で会ったじゃないか。ペンダントを着けて無かっただけだ。偶々同じ髪色で偶々・・・目の前で人が死んでいるのに知り合いじゃなければ別人が死んだならばと願ってしまう。
そうだ彼女の筈が無いそう思うと足に力が戻り歩みを進め髪で隠れてしまっている顔を確認する。
そこには「
目の前の死体が彼女だと分かった時、あれだけ混乱していた頭が冷静になっていくのが分かる。
「
あの女は何処にいった、確か伯爵に会いに・・・
魔力を巡らせ全力で厨房を駆け出す。その時、食堂の騒ぎを聞きつけた雑踏の中に何事かと回りを見渡すブレンダを見つけた。
「ブレンダ!補佐官殿が殺された!至急砦の封鎖と人を集め伯爵の執務室に!」
そう叫ぶとブレンダはこくりと頷き直ぐに行動を開始した。
階段を駆け上がりつつイノリを起動する
イノリ《
イノリ!補佐官殿が殺された。犯人は伯爵を狙っている!
ーー了解致しました。〈保有974P〉何時でも使用出来ます
ポイントが増えている。この中に補佐官殿の感謝も含まれているのだろう。そう思うと無性に腹が立った。
部屋に立ち寄り刀を持ち、急ぎ三階に駆け上がると警備の兵が血を流し口の端には泡を吹いて倒れていた。
一瞬駆け寄るべきか迷ったがブレンダが直ぐに増援を連れて来てくれる筈だと思い、執務室に直進する。
執務室に続く赤の絨毯がやけに長く感じる。
イノリ!魔力操作をD +まで上げてくれ!
ーー《
剣刀術に二段階の補正 補正後D+
魔力操作に二段階の補正 補正後D+
《
ーーマスターC -への補正は追加で300Pが必要です。ご注意下さい
魔力操作の上昇によりいつも以上の魔力を一気に体に巡らせスピードがぐんっと上がる。魔力量は変わっていないためガス欠に注意が必要だ。
そして魔力で強化された速度のまま執務室の扉を蹴破る。
「敵襲!!」
簡潔にそれだけを叫ぶ、理解してくれると信じて。
叫びながら中を見ると伯爵は見当たらず、代わりに母様がソファーに座り、補佐官らしき女がお茶をテーブルに置く所だった。
女は持ってきたティーカップから手を離し、袖の中に忍ばせていたナイフを取り出し母様を突き刺そうと手を伸ばす。
母様は気付き何とかナイフに向かって手の平を突き出した。
良かった気づいたそう思った時、女の笑みが深くなるのが目に入った。その時倒れていた兵士が口から泡を吹いていた映像が頭をよぎった。
毒だ!と思ったが声を発するより先にナイフが母様の手に吸い込まれていった。
支えを失ったティーカップが地面に落ち紅茶が絨毯を染める、そこに母様の血が落ちて来る事は無く。母様の呟く様な声が響いた。
「その勝ち誇った顔は毒かい?惜しかったねぇ」
母様はそう言い放ち突き出した手を女に伸ばす。女の手に握られたナイフは高温で熱され赤く光り曲がっている。女はそれに気付き「チッ」っと舌打ちし後ろに飛んだ。
肉の焦げる匂いがする。女の右肩が焦げ、焼け無かった周りの布は血液で赤く染まっている。焼かれた為か出血は少ない。
母様は手を振り手に付いた血糊の様な肉片を絨毯に撒き散らし女に話しかけた。
「久しぶりだねシエナ、随分と若作りしてんじゃないか」
シエナと呼ばれた女は新たなナイフを取り出し。半身になり戦闘態勢をとる。
「シエナ、大人しく捕まって知ってる事を全部吐きな、それとも、もう片方の肩も削いでやろうか?」母様はそう言いゆっくりとシエナに歩いていく。
シエナはそれを聞き下唇を噛み目が周囲を探り始めた。
(私ではこの化け物に勝てない、どうする?)
俺は咄嗟に刀を抜き扉の在った場所を通さぬよう立ちはだかる。この部屋から外に出るための扉の前には俺が、窓の前には母様が居るこれで何処にも出られる筈がない。
シエナは忌々しそうにこちらを見る
(このガキ少しは出来る。)
シエナは母様に向き直り口を開く。
「マヤとデューク、死んでもいいの?」
その発言に母様の足が止まる。
「どういう意味だい?」
シエナは希望を見出し笑顔を浮かべる。
「言葉通りの意味さ、昨日シルワ村にお邪魔してちょっと攫って来たのさ、温泉だっけ?あれも堪能させてもらったよ」
母様は判断に困っているようで眉を顰める。
「母様多分本当です。この女は昨夜から今日の朝まで村に滞在していた筈です」
母様がそれを聞きソファに座った。
「要求は何だい?」
シエナは嬉しそうにナイフを袖に仕舞った。
「先ずはこの部屋から私が逃げるのを追ってこない事だね」
それを聞くと母様は「分かった行きな!」と忌々しそうに言い放った。
シエナはニヤニヤと笑いながらこちらに歩いて来る。
通して良いのかこのまま行かせたとしてマヤとデュークは帰ってくるのか?本当に生きているのか・・・
歯を食い縛り刀を鞘に納める。
シエナは俺の前まで来ると少し屈んで補佐官殿の顔と声で言い放った。
「
それを聞き何かが切れる音がした。
「イノリ!」
無意識に叫んでしまう。そしてその意味を汲んでイノリが加護を使用する。
ーー《
追加300P使用 合計500P
剣刀術に一段階の追加補正 補正後Cー
魔力操作に一段階の追加補正 補正後Cー
《
無防備に晒されているシエナの首に加護によって強化された刃が振るわれる。焦るシエナは上体を逸らし何とか避けようとするが刀の速度の方が速い。
シエナの首に刃が触れたその時、刀が止まった。
振り切れ無かった。無意識に体が刀を止め補佐官殿の顔をした女を斬ることが出来なかった。
マヤとデュークが捕まっているんだこれで良かったんだ。
自分にそう言い聞かせて刀を納める。
シエナは首から薄っすらと血を流している首を触れ血のついた手を見て呆然としている。
(このガキ、まさかこの歳でCランク並に強いのか!?)
その時、廊下から走ってくる複数の足音が聞こえる。
シエナはその足音で我に返り俺を見下ろすと怒りで顔が歪む。
「このクソ餓鬼が!!」そう叫び鳩尾を蹴り抜いた。
その衝撃に体が廊下に飛ばされ意識が朦朧とする。
飛ばされた俺の体を誰かが受け止めてくれ耳元で声がする。
「ユウリ様大丈ですか!?」どうやらブレンダが増援を連れて来てくれたようだ。
意識が落ちる瞬間、最後に見たのは窓ガラスを破って飛び出すシエナの姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます