騎士爵領立志編2ー6


 執務室を後にした俺はダークブロンドの髪の兵士のお姉さんと話しながら食堂に向かった。馬の食事の時間も有り直ぐには出られないらしいのでゆっくりして良さそうだ。


 お姉さんは平民の出ながらも伯爵の補佐官にまでなった人の様で在庫があればリバーシを買って今度街に居るまだ小さい弟に持っていってあげたいと首から下げていたロケットペンダントに入った弟の写真を見せてくれた。


 嬉しい限りである俺が発明したわけでは無いので少しの罪悪感はあるが自分が好きな物を褒められるのは純粋に嬉しさが勝る。


 まずはオラフを探して瓶を輸送隊に引き渡さないと。

 食堂は広く二百人は余裕をもって入れそうだ。奥には厨房があり好きな物を注文をし料理を受け取って好きな席に着くようだ。まるで前世のフードコートだな。

 

 食堂ではシルワ村を経由した輸送隊の面々が購入したゲームを砦の兵士達と遊び騒いでいた。よくよく見ているとその中にはリバーシで連勝しているらしきブレンダを見つけた。


「そうだ補佐官殿、一度リバーシで勝負しましょう。見ていただけで遊べては無いんでしょう?」


 補佐官殿は落ち着かない様子で手を合わせ指を動かしている。

 

「え・・宜しいんでしょうか?」


 俺は無言で頷くとブレンダに声を掛け一戦だけリバーシを貸してもらった。

 

 俺は白で補佐官殿は黒、勝負は一方的な展開だった、盤面は全てが白で塗られている。


「ユウリ殿少しは手加減して下さいよ!」


 補佐官殿が悔しがっている。勝負の世界は厳しいのである。


「リベンジはいつでも受けつけていますよ」


 そう言うと補佐官殿は少し口を尖らせ拗ねた様だ。


「次は全部黒く塗って見せます!」


 楽しんでくれたようだ。顧客獲得に違いない。補佐官殿が練習すればその部下にも広がるはずだ。

 

「さて、時間は有るとはいえ、そろそろ準備を済ませましょうか」


 椅子から立ち上がると後ろで眺めていたブレンダに話しかける。


「ブレンダ、オラフが何処にいるか分かる?」


 話しかけるとブレンダは何故か補佐官殿の前に立つ


「貴女は誰ですか?私はユウリ様の護衛です」


 ブレンダは少し威圧的に補佐官殿に詰め寄る


 ブレンダさん?!補佐官殿に喧嘩を売るのは・・・何と言って止めるか考えていると補佐官殿が口を開く


「初めまして私はジオ伯爵の補佐官をしています。ジンジャエールをスカーレット領から追加で輸送する為、ユウリ殿とオラフ殿を探している所です」


 ブレンダはそれを聞き威圧感が消えた。


「失礼しました。オラフなら厨房で食材の種類を調査をすると、後チェスターが飲んだくれて暇していたのでオラフの護衛をしてもらっています。」


 チェスター相変わらず飲んだくれてるのか。チェスターは従士の一人で鳶色の短髪に淡黄色の瞳、背も高く筋肉質な体をしている。


「ありがとう、行ってみるよ」


「では私も同行致します」


 そう言ったブレンダの後にはリバーシで負けたのであろうリベンジ待ちの列らしきものが出来ていた。


 「こっちはいいから交流も兼ねて相手してあげて」


 そう後を指差すとブレンダはそちらを振り返り「分かりました」と席に着いた。


 「では補佐官殿参りましょうか」と促し厨房に向かう。


 厨房は料理人の数も多く広々としている、厨房の奥の扉は開いており中にはもう一つ厨房が見える。

 

 厨房前にオラフとチェスターそれにスキンヘッドの大男がいた。大男はコックコートを着ており聞いていた料理長の特徴と一致する。


「オラフ、チェスターどうかしたのですか?」


 チェスターがこちらを振り向くと上機嫌で話しかけてくる。


「おお!若、お久しぶりですどうも酔ってこの前、料理長に迷惑かけちまったみたいで詫びを入れにきた所なんですが、やっぱこの前、奥の調理場で見たのは女だった気がするんだよなー」


 それを聞き料理長は眉を顰め大きなため息を吐く。


「はぁー俺しか居なかったって言ってるだろ!巡回してた兵士だって俺とあんたしか居なかったって言ってただろ!しつこいぞ」


 チェスターは少し顔が赤く、アルコールの匂いがする。

 酔って絡んでるってところか。


「料理長、スカーレット家嫡男ユウリ・スカーレットと申します。我が家の従士が申し訳ない事をした」


 

 軽く頭を下げると料理長は少し焦ったように首を振る。


 「ユウリ様が謝られることでは・・・もう結構ですので」


 騎士爵と言えども貴族に頭を下げられ、困った様子の料理長を見てこれ以上は謝っても困らせるだけかと思いこの話を切り上げた。


「オラフ、ジンジャエールを追加で村に取りに行ってくれることになって瓶を輸送隊に渡す準備をして欲しいのと他に必要な物が有れば紙にまとめて欲しい、後リバーシを一つ頼む」


 オラフは口元に手を当て頭の中で準備の工程を立て始める。

オラフの言葉を待って居ると補佐官殿がこちらを見ていて目が合うと嬉しそうに微笑んだ。


 オラフは「直ぐに準備致します!」と小走りで駆けて行った。


 一通り話が終わるとチェスターが言いづらそうに話しかけて来た。


「そういえば若、デュークとマヤは元気ですかい?」


 ああ、二人が元気か聞きたくてもじもじしてたのか。


「元気ですよ。二人には実験用の畑を任せっぱなしで感謝しています」


 それを聞くとチェスターは「そうですかい」と恥ずかしそうに頭を掻いていた。


 料理長が微かな笑みを浮かべてチェスターに寄っていく。


「チェスターさんもしかしてお子さんがいるのかい?」


 そう聞かれチェスターは嬉しそうに服の内ポケットから写真を取り出し料理長に見せた。


「もう三年も前の写真なんだけどよ。こっちがデュークでこっちがマヤってんだ。カミさんに似て二人とも可愛くってよ、俺に似なくて一安心だぜ」


 料理長は微笑みを崩さずチェスターの見せる写真をじっと見ていた。


 遠目にオラフが戻ってきたのが見えた。これは早めに止めておくか。このままだと料理長を酒場に誘いそうな勢いだ。


「チェスター二人とも髪も目も貴方譲りでとても似ていますよ。では、オラフを手伝って瓶を輸送隊の馬車に乗せて来て下さい」


 オラフはまた小走りで駆けて行き、チェスターは写真を大事そうに仕舞うと食堂を出て行った。


 料理長は上機嫌で厨房の料理人達に「これから新作の料理を徹夜で作るから邪魔しないように!」と念押しした後こちらを振り向いた。


「補佐官、ちょっと奥の厨房まで来てくれるかい!頼みたい事がある」


 それだけ言うと料理長は奥の扉から自身の厨房に入っていった。


 補佐官殿が首に掛けているロケットペンダントを、目を瞑り握りしめていた。まるでその瞬間は家族を思いだしこの場所では無い何処かにいる様にリラックスして見える。少しの時間が経ち目を開きこちらを見る


「ユウリ殿、リバーシありがとう御座います!砦では土産を準備することが難しかったのでとても助かります」


補佐官殿は笑顔を浮かべ軽い足取りで厨房に向かった。


 真っ直ぐにお礼を述べられ何ともいえ無い気恥ずかしさを感じる。積み込みを手伝いに行き1時間程で準備は整った。

クリフの隊が再度輸送を担当してくれる様だ。

夏の日光を浴びていると日中少し動いただけで軽く汗が出てくる。

 

 輸送隊の兵士が額に汗を浮かべながらこちらに走って来た。


「失礼しますユウリ様ですね?補佐官を見ませんでしたでしょうか?」


 そういえば厨房で別れてから見て無いな。兵士が肩で息をしているのを見て自分が探してくることを提案する。


「心当たりがあるので見て来ますよ。すれ違っては二度手間なので馬車で待っていて下さい」


 そう告げると兵士は「ありがとう御座います」と建物で日陰になっている場所に腰を下ろした。


 厨房に向かうと丁度補佐官殿が奥の厨房から出てきたので手を振るとこちらに気づいた様で近づいて来てくれる。


「補佐官殿、積み込みが終わりましたよ。そういえば料理長の頼みは何だったんです?」


 こんなに長いとは余程大事な用件だったのだろうかとふと気になり聞いてみる。

 

 補佐官殿は軽く屈み目線を合わせてきた。シャツの首元のボタンを外しておりアクセサリーなど視線を遮る物がない首元は鎖骨が見え少しドキリとした。


「水の味が違うかもしれないから、樽二つ分ほど水を汲んできて欲しいとの事でした。ではユウリ様、私は樽の手配もありますのでこれで失礼します」


 補佐官殿はそう告げると足早に歩いていく。

 何故か歩き方まで色気が出ている気がする。そんな事を考えながら見送っているといつの間にか後ろにブレンダが立っていた。


「ユウリ様お気をつけ下さいあの様なふしだらな輩は信用出来ません」


 何故か微妙に気まずさを感じ足早にチェスターとオラフに合流した。

 その日は久しぶりにチェスターに合った事もあり夜は母様も合流しリバーシやトランプで遊び夜更かしをした。


 翌日目覚めるとカーテンからは光が差し込み、部屋の時計は11時を指していた。


 寝過ぎたな、そろそろ輸送隊が戻っているころか。


 着替えが終わり日課の祈りを捧げ、部屋を出るとオラフが居た。


「ユウリ様、丁度良かった頼まれたリバーシです。補佐官殿にプレゼントするんでしょう?補佐官殿なら下の階に居ましたよ、ユウリ様も隅に置けませんね!」


 オラフは口元に笑みを浮かべながらリバーシを渡してきた。


「オラフ誤解です、これは弟さんへプレゼントしたいとの事で」


 話し終わる前に手を前に出しオラフが遮ってくる。


「分かっております!商人は信用が命、このオラフ死んでもシズクちゃんとブレンダ殿には話しません。墓場まで持っていく所存です!」


 オラフは言いたいことを全て言い切ったのか上機嫌で階段を降りていった。


 何故かどっと疲れたな、取り敢えずリバーシを補佐官殿に渡して昼食。階段を下って行くと、下から補佐官殿が上がってきた。昨日最後に見た時と同様で首元のボタンを外し鎖骨が綺麗に見えている。


 何考えてるんだこれじゃあエロ親父じゃないか。


「補佐官殿これを」


 そう言ってリバーシを渡そうとすると首を傾げられた。


「ユウリ様、プレゼントは嬉しいのですが、私はその様な遊びは余り興味がありませんので。ではジオ伯爵に報告が有りますのでこれで」


 ・・・あれ?昨日は喜んでたよな?・・・オラフに渡して売ってもらうか・・・


 食堂に行くとオラフは食事を注文している所の様で厨房の前にいる。

 厨房といえば昨日、ペンダントも見せてくれて弟に渡すって言ってたのは何だったんだ?

 ペンダント・・・何かが引っ掛かる、階段ですれ違った時ペンダントしてたっけ?


「うわぁあああああああ!!!」


 厨房の奥から男の悲鳴が聞こえた。


 声のした方に駆けよると厨房の奥にある扉の前に料理人が腰を抜かしたのか座り込み奥を指さしている。


 急いで奥の厨房に入る。


 中は赤黒く乾燥し始めた血液が床のタイルを染めている・・・


 その中央に見知った女性によく似たダークブロンドの髪の人間が横たわっている・・・


 後頭部しか見えず、こちら側からでは顔を見る事は出来ない。


 心臓の鼓動が速くなる・・・

 喉が渇き・・・呼吸が速くなる・・・

 肺が上手く酸素を取り込めない・・・


 意を決して少し歩みを進める・・・すると首から下げているロケットペンダントが手で握られ天井を向いているのが見え始める。


 もう一歩進む、中には写真が見える・・・縁は赤黒い血に染められてしまっているが、中の人物は一切の汚れも無く笑っている。それは補佐官殿が見せてくれた弟の写真であった。


 手から力が抜ける・・・持っていたリバーシが床に落ち石が血で赤黒く染められたタイルの上を散らばる・・・


 その様はまるで黒いリバーシ板に見えた


 


 

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