騎士爵領立志編2ー5


 ジオ伯爵は表情を変えずに続ける


「続きは執務室で話そう、すまぬがこのまま来てくれるか」


 ジオ伯爵に続き砦の中を歩く、砦の内部は道が石で舗装されており長雨でも物資の搬入に苦労は無さそうだ。まず目に付いたのは訓練中の兵士である。

全員が必死の形相で一糸乱れぬ動きで剣を振る。


 上官と思われる男が檄を飛ばす。


「ただ武器を振るな!!相手が居ると想定して常に今は何処を切っているのか想像して振れ!魔力の操作も怠るな武器に絶えず魔力を注ぎ続けろ!」


 兵士の誰しもが歯を食い縛り鬼気迫る表情をしている。

 数人の腕が上がらなくなって来ると上官は停止を命じる。


 「そこまで!!腕が上がらなくなった者が居るな、休ませてやろう。総員外周10周用意!・・・走れ!」


「「「 ハッ!  」」」


 短く覇気がある声が響いた。


 全力で魔力を使い素振りをしてから10キロダッシュはいくら魔力が有ってもちょっとハード過ぎないか?


 母様は俺が訓練の様子を興味深そうに見ているのを気づいたようで説明をしてくれる。


「ユウリ、この砦は国軍の特殊部隊への選抜も兼ねた訓練もしていてね、今の集団は選抜組の方だね、通常の駐屯兵はここまでやらないよ」


  なるほどと納得する。さっきのが通常訓練だと殆どの人間がついていけないだろう。


ざっと回りを見渡すと他にも内部の補強をしている工兵や、食品、色とりどりの服を売っている露天、露出の多い服で非番の兵士に声を掛けて回る女性、商売に勤しむ者も多く活気が凄い。


 砦の中央に在る一際大きな施設に入る。


 さてと、貴族が野盗と繋がっていると仮定するのなら話を聞き逃さない為にもイノリにサポートを頼むか。


 イノリ《起動アクティベート


 ーーマスター砦に着いたのですね。


 ああ、困ったことに貴族が手引きしているとなると加護を使用する必要も出るかもしれない、取り敢えずステータスの確認をしておきたい。


 ーー了解しました。では先ず現状のステータス確認を行なっておきましょう。


 ユウリ・スカーレット


 人間 12歳


 魔力 1250/1250


 刀剣術E+ 魔力操作E+ 祈りの加護(保有959P)


 イノリ、ポイントが大幅に増えてる気がするんだが数値は合ってるんだよな?


 ーー数値に異常はありません


 そんなに感謝される様なことはここ三ヶ月無かった様な気がするんだけど?


 ーー厳密には感謝だけでは有りません。其処を私からお話しすることは憚られます。


 恨みで貯まるとかは無いよな?だとすると怖すぎるぞ?


 ーー祈りの加護は恨みでポイントが増加する事はありません。それより婀娜橋姫あだはしひめの調子はいかがですか?


 イノリの言葉に腰に下げている刀を軽くふれる。


 最近は、橋姫に魔力を通すのもスムーズにできる様になってきたし、かなり馴染んでいるよ。


 ジオ伯爵に案内されながら砦内の中央に在る建物に入り階段を上がる。三階まで上がった所で正面奥にジオ伯爵の執務室が見えてくる


「ユウリ君、砦は退屈だったかのう?途中で魔力が濃くなった様な、いやもう一つ濃い魔力が中に有る様な感じがするんじゃが何か訓練でもしてるかのう?」


 何だって・・・イノリを起動するとそれが分かるのか!?

 イノリすまないがスリープモードで頼む。


 ーー了解しました。《停止インアクティベート


「ジオ伯爵、失礼しました」


「良いんじゃよ、少し気になっただけで別に咎めているわけではない、では入ってくれ。」


 ジオ伯爵に促され中に入る。中は窓が幾つかあり日当たりが良く明るい。内装はシンプルで机やソファなど必要なものが置いてあるだけで唯一、酒を大量に入れてある棚があるくらいだ。


 ジオ伯爵はソファーに座り対面に座るよう手で促してくる。

 母様とソファーに腰を下ろした後ジオ将軍が話し始める。


「さて先ほどの話なのだが簡単にこの辺りの地形について話しておこう」


 ジオ将軍は砦周辺の地図を広げる。


 「ここロブスト砦を起点として北西に有るのがスカーレット領シルワ村、南西にはリード騎士爵領、西に位置するのはペレス騎士爵領更にその西にはターナー男爵領そして儂のウォーカー伯爵領となっておる」

 

 地図なんて今世では初めて見たな。そういえば他の騎士爵家と交流を持った所を見たことが無いな。


「今回、野盗が出没している地域はターナー男爵領とペレス騎士爵領の間で確認出来ておる。討伐隊を三度差し向けておるのじゃが野盗はおろか奪われている大量の物質が何処に行っているのかも追えないでいる。そして野盗に糸使いと変装が得意な変幻の加護持ちが合流した可能性が高い」


 「アイツらまだ生きてたのかい!」


 母様の顔に怒りの色が滲む。


 そして確かにターナー男爵が野盗の手引きをしているのならば発見出来ないのも納得出来る。


「ジオ伯爵、仮にターナー男爵が手引きをしていたとして何の意味があるんです?」


「ターナー男爵は元々この砦の責任者だったのじゃが賄賂などの告発があってなそれで儂がここの責任者に任命されてな。ターナー男爵の父は宮廷貴族として黒い噂が絶えなかった、儂とは仲が悪くてなそれで砦の物資不足や各種改築の遅れを出し儂の失脚を狙っておる可能性が高い」


「アタシには理解出来ないんだがそれで足を引っ張ったとしても自分の領地で賊に好き勝手やらせてるって悪評が立ったら自分まで砦の事業から外されるかもしれない、そんな事が起これば収入が減っちまうよ?」


 なるほど母様には不利益を被ってでも誰かを落とすと言うことが理解出来ない様だ。


「母様、例えばジオ伯爵と母様で盗賊を討伐したとします。国からは金貨十枚が支給されました、これをジオ伯爵が自分は九枚で母様は一枚だと分けました。」


 母様は想像が出来た様で少し苛立ちを覚えているジオ伯爵は面白そうに話を聞いている。


「アタシは納得いかない分け方だね」


「納得できない時は母様が報酬を辞退すればジオ伯爵も辞退せざるおえないので両方報酬を0に出来ます。母様はどうなさいますか?」


 母様は真剣に悩んでいる。


「村は金が必要だ納得いかないが飲み込んで受け取るよ」


 「では金貨では無く大銀貨なら?」


 母様は何かに気づいた様でゆっくりと頷いている。


 「流石にそれなら報酬を辞退するね」


 「辞退した時の名声という物を抜きにすれば合理的に考えるのであれば例え1銅貨でも貰った方がいいのです。ですがプライドの高さや恨みの深さで変わるのが人間だという事です」


「面白い事考えるねぇアタシはそんなの考えたことすらなかったよ」


 ジオ伯爵は顎に手を当て興味深そうにこちらを見ている


「ユウリ君この話誰から聞いたんじゃ?それとも本で読んだのかい?覚えがある様な気がするんじゃが、年のせいか最近物忘れが激しくてな」

 

 この世界にも似たような話があるんだな、家にはハインツが趣味で集めている本が結構あるしその線で誤魔化しておくか。

 

「確か本で読んだ気がします。この話は最後通牒ゲームという名前だった気がしますが本の題名までは分かりかねます」


 ジオ伯爵の顔から一瞬笑みが消え瞳は獲物を見定めるような光を帯びる。背筋が自然と伸びる。


 まずい。これは誘導されたか?そんな本なんて無いんじゃ無いのか!?どうする、どう誤魔化す?・・・

   

 焦りが表情に出てしまっていたのかこちらを見ているジオ伯爵の笑みが戻る。


「そうじゃった!最後通牒げぇむであったな。やはり若者は記憶力がいいのう」


 引いてくれたのか?・・・話しやすい雰囲気でついつい気楽に話してしまったがこの人は貴族世界で長年生き抜いてきた人なのだ、注意しないと。失言しない様気を張るとジオ伯爵に

は気づいたのか少し困ったように頬を掻く。そして母様に話を振る。


「そうじゃ、ミランダ殿一つお願いがあるのじゃが」


「何でしょう?アタシが得意なのは敵を叩き切るかブン殴るくらいですよ?」


 そう言って母様は顔の前で力強く拳を握る。

 唐突な脳筋発言につい口を挟んでしまう。


「母様流石にそれは貴族として如何な物かと」


 「ハッハッハ」ジオ伯爵がやり取りを見て笑い始める

 場の空気が変わった気がする。俺もつい肩の力が抜けていった、そして母様は俺の頭を撫でた。


「安心しなユウリ、ジオ伯爵は味方だ。信頼に足る人だよ」


 ・・・敵わないな、母様は全て分かっていてあの発言をしたのか。


 ジオ伯爵は一頻りひとしきり笑うと穏やかな笑みを浮かべ話し始める。


「ユウリ君すまんな貴族のさがみたいなもんでのう。で本題なんだがミランダ殿、ユウリ君が十五になった時に我がウォーカー家の従士見習いに出してみぬか?」


 母様は一瞬驚いた顔をする。


「ジオ伯爵申し訳無いが実はユウリは学院を受ける予定なのです」


「学院とな?じゃが騎士爵家では受験も免除されぬから費用も掛かる。何より人脈を作るのであれば従士見習いとして我が家で学び同じ東部貴族と濃く縁を結んだ方がいいのではないか?」


 母様が俺に自分で説明しな!とでもいう様にこちらを見て顎で合図する。


「実はウォード侯爵家のエドワード殿に学院を勧められ資金の援助も受けているのです」


ジオ伯爵が眉を顰める。王国西部の有力貴族が東部に手を出していると思い不快感を感じたのだろう。


「どの様ないきさつで援助を受けたんじゃ?差し支え無ければ聞きたいんじゃが?」


 変に不信感を持たれると東部で孤立する。なるべく丁寧に誤解を生まない様にしないと。


「ウォード卿が王国査察官として村を訪れる時に偶然フォースベアが住人をを襲いましてその時に私がフォースベアの一頭を討伐した事で学院に来ないかと、そして金貨十枚とこの刀を頂きました」


 刀を腰から外しジオ伯爵に差し出す。

 

伯爵が刀を受け取ると一瞬、刀から魔力が発せられた気がした。ジオ伯爵は少し驚いた顔をした後直ぐに刀を返す。


「良き刀じゃな、それにお主によく懐いておる。刀をウォード卿に返せと言うのも野暮じゃな、もしユウリ君が儂の所で学んで見たくなったらいつでも連絡を寄越してくれ。援助を受けた分と刀の分も儂からウォード卿に渡しておく。勿論全て返済不要じゃ」

 

 その申し出に少し惹かれる。学院で刀を学びたいが伯爵領からなら村にも顔を出しやすい・・・

 悩んでいる事を見透かしたかの様にジオ伯爵が少し嬉しそうに口を開く。


「まだ時はあるんじゃ、ゆっくり決めておくれ、決して後悔させない事は誓おう」

 (エドワードか、国王の懐刀と言われる男が東部国境まで出向くか、怪しいのう。出来ればユウリ君はこちらで取り込んでおいた方が良いじゃろうな。)


 コンコン 扉をノックする音が響いた。


 「入っていいぞ」伯爵がそう言うと扉が開きダークブロンドの髪を後で纏めた女性兵士が入って来たそして一礼し報告を始める


 「食堂でスカーレット卿からの差し入れが無くなり在庫は無いのかと問い合わせが来ております。もう一点スカーレット領を経由した輸送隊の面々が新たな遊具を購入して来たようでそれが大層面白くそちらも出来ましたら取り寄せて頂きたく」


 それを聞きジオ伯爵は母様を見て確認をする。


「ミランダ殿まだ手配出来るじゃろうか?可能であればこちらから人を出して村まで取りに行かせるが?」


 母様は少し驚いた顔をした後口元が少し緩み自慢げに口を開く。


「あれはユウリが作った物でね。どうだい?まだ手配出来るかい?」


 受け入れられた!輸送までして貰えるなら在庫を出し切った方がいいな。


「ジンジャエールであれば侍女のシズクに頼めば仕上げをして瓶に詰めてくれるはずです。リバーシやトランプといった遊具はオラフに後で確認してみます」


「ではジンジャエールとやらを今から手配してもらってよいか?」


 立ち上がり一礼をする。今にもニヤケてしまいそうな頬に力を入れて我慢する。


「ありがとう御座います。ではこれより状況確認と手配を進めてまいります」


 「うむ」とジオ伯爵は頷く。それを見て報告に来た兵士の方と部屋を後にした。


 

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