騎士爵領立志編 2ー4


 朝日が昇り始め少しの明るさを取り戻しつつある頃。


 村を発ち東に行軍する一団がある。その一団の表情は明るく口々に昨日の事を,語っていた。「サウナってやつは凄いな!」「私、お肌がツルツルになった気がするのよね。」

「サウナの後の水風呂試してみたか!?」と皆上機嫌である。


 スカーレット家からは俺の他に母様、ブレンダ、そしてオラフに同行して貰っている。オラフには砦で振るまうジンジャエールを馬車に積んで貰い、オラフの砦での行商の許可を貰う為同行して貰っている。


 俺達も馬で来ても良かったのだがもし野盗がこちら側まで足を伸ばしていた場合、馬がない方が襲われやすい。どうせならここで叩き切って数を減らしたいと母様が言い出し徒歩となった。

 

 輸送隊の隊長であるクリフも上機嫌である。


「まさかあれ程の風呂がこの東部の端に存在しようとは、それに私は買えませんでしたが珍しい物も売っていた様で休暇の折にはまた是非寄らせて頂きたい。」


 クリフさんも楽しんでくれた様で何よりである。リピーター兼宣伝要員として存分におもてなししなければ。


「次回からは一泊大銀貨二枚となります。クリフならサービスしますよ?それに次回までにオラフなら商品の補充も滞りなく行ってくれる筈ですので、ですよねオラフ?」


 我が村の税収の為にも話を振ったのだがオラフは緊張しているのか表情が硬い。


「はい、必ずや!」


「オラフどうしました?緊張しています?」


 そう聞くとオラフはクリフさんを一目見る、その時に母様がオラフの横に行き口を開いた。


「ユウリ、あんまりオラフを虐めるんじゃ無いよ!普通は軍の大尉殿って言ったら緊張するもんなんだよ!」


 母様がそう言って何かをオラフに小声で囁くとオラフは胸を撫で下ろした。


 そこから砦までの間はクリフからの質問攻めであった。何故あの泡が出る水が体に良いと思ったのか、何故あの様な様々な遊びを思いついたのかと言った具合だ。


「何となくそうだと知っているからと、偶然何かの本で読んだ気がする」と言っておいた。


 クリフは何故か驚きの表情で「スカーレット家にはその様な本が・・・?ど・・・の知識だ嘘・・・ない」後半は聞き取れなかったが小声で自分の世界に入ってしまった。


 この世界はハインツみたいに自分の世界に入る人が多いのか?


 そんな事を考えているとブレンダが横から声をかけて来た。


「ユウリ様、ロブスト砦が見えてまいりました」


 ブレンダに促され前方を確認すると小高い丘の上に建造物が見えてきた。


「ロブスト砦の説明を簡単にしますね。砦は外壁の改修は完了しており長径三百メートル、短径二百メートルの砦としては大型の物になっております。中には行商人が寝泊まり出来る臨時の宿があり、中央には巨大な建物が建っており一階には兵士の寝所と食堂、二階には国の関係者や上級士官の為の部屋が、三階は司令部となっております」


 ブレンダの説明を聞きながら砦を見上げる。

 近くなってくるとその凄さが分かる門は馬車が三台は同時に通れるで有ろう程大きく門の前方には有事の際には下ろせるのであろう鉄の柵の下部が少しだけ見えている。


 門に近付くと一人の老年の騎士が門の前で背丈ほどある大剣を振っていた。門番らしき兵士達は緊張した面持ちをしている。


 これは砦の上役の方かな?などと思っていると騎士はこちらに気付き片手を上げながらこちらへ歩いてくる。


「ミランダ殿久しぶりじゃな」


 それを聞き母様を筆頭に全員が胸に片手を当て頭をさげ上位の貴族に対する礼をとる、そして母様が口を開いた。


「ジオ伯爵お久しぶりです。ご壮健そうで何よりです」


「うむ、そちもな、皆楽にしていいぞ!」


 その言葉を聞き全員が敬礼を辞め楽にする。


「その子供はお主の子か?」


 ジオ伯爵が此方を向きながら母様に尋ねる。


「はい、アタシの息子のユウリです。挨拶を」


「スカーレット家嫡男、ユウリ・スカーレットです。お目に掛かれて光栄です伯爵」


 「うむ」とジオ伯爵は満足そうに頷く


「王国東部方面軍司令官、ジオ・ウォーカーじゃ皆宜しく頼む、ミランダ殿と御子息以外は先に行くと良い」


 ジオ・ウォーカー伯爵は三年前に砦の責任者として着任し、戦争中は長らく前線を支え続けた武家の名門である。


 クリフ達は一礼すると先に進んでいく。


「ジオ伯爵、土産として飲み物を兵士の皆さんに振るまいたいのですが宜しいでしょうか?」


 ジオ伯爵は面白い物を見る様にこちらを一目見て「あの馬車か?」と聞きながら近づいていく。


「毒味をしましょうか?」


 コップをオラフから受け取りジンジャエールの入っている瓶を一つ開ける、その時ジオ伯爵がコップを取りジンジャエールを掬い飲み干した。


「これは美味いな!一瓶貰ってもいいか?」


「勿論で御座います。ただこの口の中で弾ける感覚は瓶の密閉がまだ完璧ではない為どうしても時間と共に抜けてしまいます。今は魔石で冷やしてあり抜けるのが遅くなっていますのでご注意下さい」


 ジオ伯爵は驚いた表情をしてこちらを見ている。


「ミランダ殿本当にヌシの子供か?ワシはこの年まで生きてきて一番驚いたかもしれん」


「ジジイ、失礼だね!どっからどう見てもアタシに似てるじゃないか!頭の良さもアタシ譲りだよ!」


 母様!?相手は伯爵ですよ!


「ハッハッハ!懐かしいなその呼び方、まるであの当時に戻った様だわい!さて、毒味は済ませた!兵達の昼食に出してやってくれ、ワシの分は部屋に運ぶよう中で言伝を頼む、後で謝礼は払おう。」


 オラフとブレンダは食堂に向かい馬車を走らせる。


 母様が少し恥ずかしそうに頭を掻きながら口を開いた


 「伯爵、相変わらずですね。アタシなんかに気安く話させていると周りがうるさくなりますよ?」


「何を言うか、あの死戦を共に超えた者以上に優先する事など無いわい」


 二人は昔馴染みだった分けか首が飛ぶかと思った。


 砦から新たな貴族らしき人間が二人出て来る。


「ジオ殿!ここにいらっしゃいましたか探しましたぞ、討伐軍の編成について軍議を開きましょうぞ!」


「おお、二人ともすまぬな旧友の出迎えに来ていてのう、こちらミランダ殿こちらターナー卿とペレス卿だ」


ターナー卿と呼ばれた男は中年で髪はブラウンの癖毛、小太りで日頃から訓練をしていないであろう体は弛んでいた。そしてその後ろには従者の様に付き従う赤毛のペレス卿がいる


 「おお、ジオ殿そうでしたかジオ殿がわざわざお出迎えとは何処の家の方でしょう?不勉強なため貴女の様なお美しい方のお名前を知らない事、恥ずかしく思います、私めはターナーとお気軽にお呼びください。こちらはペレス、新興の騎士爵いわゆる擬い物まがいもの私が貴族とは何たるかを日々教えてあげているのです。」


 ターナー卿はまるで演劇の役者の様に身振りを交えて話している。


 凄いなペラペラとよくあれだけ話せるものだ。


 母様が一歩前にでる。少し苛立っているのがわかる。


「アタシはミランダ・スカーレット、アンタの言う擬い物まがいものの騎士爵家だよ」


 そう聞いてターナー卿は不快そうな顔をした。


「ジオ伯爵ともあろうお人がこんな者を迎えに、嘆かわしい擬い物が増えてかなわん!!不愉快だ、戻るぞペレス」


「はい、ターナー様」


 こちらに一礼すると、まるで従者の様にペレス卿はターナー卿の後を追った。


 ジオ伯爵が肩を竦める。


「すまんな、十三年経っても未だに新興貴族だの何だのにこだわる輩が多くてのう、そしてあの男が今回の野盗騒ぎの容疑者でもある」

 

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